第2話 楽庵の思い出
お待たせ致しましたー
美兎と真穂に連れて来られたのは……灯矢には見覚えのある店だった。
大きな建物の一番下にあるのに、一番狭そうな感じだったが、どこか落ち着けるような雰囲気だった。真穂が扉を開けると、ふんわりと中からいい匂いがしてきた。
「いらっしゃいませ。……おや?」
中に居たのは、猫の頭を持つあやかしだった。ついさっき会った化粧をした男性とは違い、怖くは感じなかった。
にっこりと灯矢に微笑んでもくれたし、灯矢はつい口元が緩んで笑い返した。
「こ……こんばんは」
挨拶すると、さらににこにこと彼は微笑んだ。
「こんばんは。お久しぶりですねえ? 前はお母さんとご一緒でしたが」
「火坑さん! この子知っているんですか!?」
「ええ。だいたい二年くらい前でしょうか? 常連の雨女さんとご一緒に。……今日はどうかされたんですか?」
「こいつ、界隈で迷子になってたのよ」
「おや」
おぼろげではあるが、灯矢もなんとなく思い出してきた。母の灯里に手を引かれながら、とてもとても美味しい料理を出す店に来た事を。あれは、たしか猫が印象的だったので、作ってくれたのはこの猫と人間のようなあやかしかもしれない。
席に座るように言われたが、灯矢の背丈では椅子に座ってもテーブルに少し顔を出す程度だった。それを見て、火坑が別の椅子を持ってきてくれたお陰で美兎達程ではないが、テーブルからしっかりと顔を出せた。
「……お……にい、さん。お母さん……知ってるんですか?」
母を知っているのなら、今日もここに来たのだろうか。すぐに質問をすると、火坑はまたにっこりと笑顔になってくれた。
「ええ。今日はいらっしゃっていませんが、この店を贔屓にしてくださっています」
「……来て、ないの?」
「すみません。ですが、心当たりはあるので、少々お待ちを」
と言って、火坑は小さな四角い板で何か話していた。灯矢も少し見覚えがあった気がしたが、何かまでは思い出せない。
それよりも、母との思い出があるこの店のことが知りたかった。黒くてカッコいい瓶が壁にある棚の一番上に並んでいて、真ん中の段には色々な食器が置かれていた。ところどころ、金色が使われているのが綺麗だ。
触ってみたいが、高価なものだとしたら金のない灯矢に弁償出来るわけがない。と、そこで、灯矢は思い出した。何も持たずに出てきたので、灯矢には金を持っているわけがない。
「あの……」
きゅるぅうううう
火坑に別の質問をしようとしたら、お腹からめちゃくちゃ大きな音がした。
その大きな音に、火坑もだが美兎や真穂まで目を丸くしたのだった。
「僕、お腹空いてるの?」
美兎に聞かれると、灯矢は少し恥ずかしくなったが小さく頷いた。
おやつくらいに、伯父に饅頭をもらった以降何も口にしていない。ずっと母を追いかけてきたのだから、もう夕飯時になっているのなら自然とお腹が空いてしまったのだろう。
「なるほど。……お母さんと連絡が取れましたよ? こちらに来るまでご飯でも食べて行かれませんか?」
「けど……お金」
「でしたら、坊ちゃんからは『心の欠片』をいただけませんか?」
「こころの……かけら?」
なんのことだろうと思っていると、火坑から両手を出すように言われたので手を差し出す。すると、火坑は猫の手ではない毛の覆われた手で、灯矢の手を軽く叩いた。
途端、灯矢の手の中が真っ白に光った。
光が少しずつ何かを形作り、終わりをむかえると、灯矢の手の中にはクマのぬいぐるみがあったのだ。
「ふむ。こちらですか」
心の欠片と言うのはよくわからないが、これがお金になるのだろうか。あの死んでしまった、灯矢の元の両親が与えてくれたのと同じ、クマのぬいぐるみが。
だが、火坑がぬいぐるみを軽く叩くとそれは消えてしまった。その代わりに。
「う、わ!?」
「わぁ!!」
「あら、活きのいい穴子じゃない?」
出てきたのは、生きているヌルヌルとした蛇みたいな黒い何か。
すぐに火坑が捕まえてくれたが、真穂が口にした穴子と言う生き物には聞き覚えがあった。たしか、この店で口にした料理な気がしたのだ。
「おにーさん……それ、お金になるの?」
だけど、今一度確認を取りたかった。紙とも硬貨とも違うものが、お金になるのかと言うことを。
灯矢が聞くと、火坑はにっこり笑ってくれた。
「はい。こちらでお代は十分過ぎるくらいに。……坊ちゃんは……たしか灯矢君でしたね?」
「うん」
「でしたら、もううちのお客様です。お母さんにもこちらに来るようなので、待っていましょう?」
「うん!」
母にも会えるし、ご飯も食べられるのなら……その提案に乗ろうと灯矢は強く頷いた。
GW企画はこれにて終了
次回更新は土曜日〜
毎日更新企画はまた夏休みにでも




