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第5話 心の欠片『油淋鶏』

お待たせ致しましたー

 界隈へ足を向け、いつものようにゆっくりと楽庵(らくあん)に行く。


 こじんまりとした佇まいは何年経っても変わらずここにある。


 美兎(みう)は引き戸を開ければ、中からほんわりと出汁のいい香りがしてきた。



「こんばんは〜」

「いらっしゃいませ、美兎さん」

「い、いらっしゃいませ!!」



 恋人であり、猫人の火坑(かきょう)以外にもうひとり。楽庵には従業員が増えたのだ。



「こんばんは、火坑さん。珠洲(すず)ちゃん!」



 五年前から、救助をきっかけに友達になった百目鬼(どうめき)の珠洲。つい二年前に、ドラックストアの仕事を辞めて火坑に弟子入りしたのだ。それまでは客として通っていたが……火坑の料理人としての腕に惚れ込み、一から学ぶために弟子入りしたいと志願したのだ。


 恋とかそう言うことではなく、あくまで仕事人として。とは言っても、家庭料理程度しか出来なかった珠洲なので、昼間はあやかしの調理学校で講義などを。夜半や早朝などは火坑の下で修行している。


 友達付き合いとしてそこそこ長く一緒にいたので、美兎も珠洲の真剣な思いは……むしろ応援したくなった。調理については、まだまだ補助だが……最近になって、楽庵名物のスッポン雑炊の手伝いは任されているようだ。



「今日も寒いですからね? ささ、おしぼりを」

「どうぞ、美兎ちゃん」

「わー、ありがとう」



 秋が深まってきたので、熱いおしぼりが嬉しい季節となってきた。手を清めた後には、先付けと今日のお酒を頼み……スッポンスープが出来上がる前に、心の欠片を出すことにした。



「では」



 ぽんぽんと火坑の肉球のない手で、美兎の開いた両手を叩き……出てきた欠片は、本日は美兎でも見たことがある鳥もも肉の塊だった。



「おっきい!」

「そうですね……。美兎さん、しっかり食べたいですか?」

「今日もぺこぺこです!」

「! 元気で良いことです。油淋鶏と山賊焼ならどちらが良いでしょう?」

「う、うー……悩みます。じゃ、油淋鶏で!!」

「かしこまりました。珠洲、ネギを刻んで」

「はい」



 客の時は敬称をつけていたが、弟子として受け入れた今は彼女を呼び捨てにしている。ちょっとだけ羨ましいとも思ったが、美兎は恋人として……将来の奥さんの場所は決まっているから、火坑の全部を羨ましく思うのはおこがましい気がした。


 待っている間に、守護からしばらく離れた……けど、義姉として、友人として付き合いが続いている座敷童子の真穂(まほ)の新刊を読むことにした。


 真穂は、去年兄の海峰斗(みほと)と結婚したので……しばらく騒ぎが凄かったが、今は海峰斗もトップスタイリストとして認められているので、売れっ子作家な真穂ともお似合いだと雑誌のインタビューなどでよく言われる程だ。


 油の跳ねる音、ネギを刻む心地よい包丁の音をBGMにすると……読書も自然と進み、二十ページ程度読み終えた頃には、スッポンスープと共に油淋鶏定食なるものが出来上がっていた。



「お待たせ致しました」

「いただきます」



 この料理を糧に、日々頑張れるのは人間として後それくらいか。


 美兎もそろそろ、その時期が近いと最近感じるようになったのだ。

次回はまた明日〜

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