第2話『水出しアイスコーヒー』
そして、結局火坑に勧められるがままに……美兎の服をたくさん購入してしまうことになった。
お互いの両手が袋でいっぱいになるまで。手も繋げないくらいなので、一旦界隈にある火坑の部屋へ行って置きに行こうと言うことになった。久しぶりに火坑の部屋に行くが、今日もまた綺麗に整えられていた。
朝から晩まで仕事漬けな日々を送っているというのに、美兎とは大違い。改めて、食生活もだが掃除などももっと頻繁にしようと心に決めた。
「さて、コーヒーでも飲みますか?」
まだ響也の見た目でいる火坑は、涼しげな笑顔で美兎に喉が渇いていないか聞いてきた。頷けば、ホットコーヒーではなく冷蔵庫から麦茶ボトルに入れてある黒い液体を取り出した。
「それは……??」
「水出しのアイスコーヒーです」
「あ、コンビニとかでもペットボトルにありますね?」
「少し手間はかかりますが、口当たりがいいですからね? これを湯煎で軽く温めればホットにも出来ますよ」
「小鍋とかで温めればいいんじゃ?」
「それが、風味などが飛ぶのであまりおすすめ出来ないんですよ」
「へー?」
インスタントの粉でもお湯を直接注ぐなどはあるが、コーヒーを直火で温めてはいけないとは知らなかった。お菓子作りもほとんどしない美兎なので、コーヒーゼリーとかの作り方もよくは知らない。
とりあえず、そのままいただくことにした。茶請けには、rougeで買ったらしいガレットブルドンヌと言うクッキーのお菓子を火坑が出してくれた。
「バターたっぷりで、サクサクしていますし。とても美味しいですよ?」
「いただきます」
見た目は、少し厚めのクッキーに見える。表面は艶々で網目模様が特徴的だった。コーヒーをひと口含むと、やはり火坑が料理人だからかコンビニのとは比べものにならないくらいに……風味もだが雑味や苦味も適度に抑えられたアイスコーヒーの味がした。
その後に、お菓子を口にすれば。パイ生地ではないのに、クッキー生地に層があるようなほぐれ方と、サクサクした食感が楽しいクッキーだった。
火坑が言う通り、バターがたっぷりでコクも味わいも美兎の好みである。
「ふふ。いかがでしょう?」
「コーヒーもクッキーもとっても美味しいです! 凄いです……私、料理についてはほとんど素人ですから」
「以前いただいたクッキーも美味しかったですよ?」
「真穂ちゃんと作りましたし……ちょっと勉強しないとなあ」
また最近、コンビニや近場のスーパーのお惣菜などに頼りがちなので……決めていたはずなのに、自炊から遠ざかっている。あとは、楽庵に行くのも楽しみにしているので、つい頼ってしまう。それだけ……一年経った今でも火坑の料理が虜になってしまっている。
また息をひとつ吐くと、火坑から頭を軽く撫でられた。
「お仕事ももちろんですが……僕を頼ってください。料理程度ですが、僕がお力添え出来てもそれくらいなので」
「……火坑さん」
それくらいではないのに、美兎の仕事との優劣ではなく、内容はどうしたって共有出来ないから……と言う励ましなのだろう。
だから、美兎は謝罪ではなく感謝の言葉を紡いだ。




