第1話 社会人二年目の苦労
お待たせ致しましたー
名古屋中区にある栄駅から程近いところにある錦町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三とも呼ばれている夜の町。
東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。
そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。
あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。
小料理屋『楽庵』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。
社会人となって、二年目の春。
広告代理店のまだまだ新人デザイナー見習いである湖沼美兎は……少々疲れていた。己もまだ新人ではあるが、新人社員が数名雇用されたので……必然的に、二年目の社員に幹事などを任され、歓迎会や研修で忙しかったのだ。
彼氏である火坑の店がある界隈にも行けないでいた。居酒屋の料理も悪くはないが、やはり名古屋の味付けでも優しい味わいの猫人の料理が恋しい。
今日こそは、今日こそは……と舞い込んでくる仕事の数と新人への指導をしていたら、いつも定時で上がれない。夜半まで火坑の店は営業しているが、ついつい終電ギリギリまで居着いてしまう。その度に、彼のマンションで厄介になるのは避けたい。恋人同士ではあっても、彼はあやかし故に人間の美兎と体をすぐには結べないのだ。
結べば、美兎は今の姿のままでさらに不老長寿となってしまう。だから、彼とは一線を越えた関係にはなっていない。うら若きと言い難い年齢ではあるが、まだ二十代半ば近い美兎はまだまだ人間を捨てられないでいる。それを火坑もわかっているので越えられていない。
なので、口づけ以上の気持ちが沸かないようにと……出来るだけ、お泊まりは避けているのだ。非常にわがままなことではあるが。
「……疲れた」
深夜十一時過ぎ。
今日も残業してしまったので、美兎はさっさと天白区にある自宅に帰ろうとしたら。己の守護であり、兄の恋人でもある座敷童子の真穂が界隈に近い場所で、影から出てきた。
「美兎、今日は真穂んとこで泊まって」
「? どうしたの?」
「疲れ過ぎなのよ。ちょっとしたBARにも連れてってあげるから」
「BAR?」
楽庵でもなく、宅飲みでもない。
しかし、魅力的なお誘いだったので美兎は頷いてから真穂の後をついていった。
楽庵とは反対方向。
真穂の縁戚が営む喫茶店とは違う並び。
少し奥まったところに……『BAR・wish』と言うレトロっぽい材質で出来た看板が見えた。
「来たわよ〜?」
真穂が扉を開ければ、中から誰かが飛び出してきた。
「いらっしゃい! いらっしゃい、真穂様ぁん!?」
声からして男性だとは思うが。美兎の目には、狐耳の、いかにも『オネエ』か『ゲイ』と分類されそうな男性が美女バージョンの真穂に思いっきり抱きつきに来たのだ。
次回はまた明日〜




