知ってるようで知らない
『すぐ戻ります』のメッセージを置いたまま、店員の女は戻って来ない。
「どこにいっちゃったんだ…。これじゃあ、ボクを買いたい人が現れても買う事が出来ないじゃないか…」
なまくら剣は空を見た。
青く、どこまでも広い。
誰かに買われれば、この青空をいつも見る事が出来る。部屋の片隅にある窓から見るのでは無くて、この体に陽の光を浴びる事が出来るのだ。
「ボクのご主人様…」
なまくら剣は呟いた。
「あっれー?おかしいなー。この辺から感じるんだけどなー」
聞き覚えのある声がなまくら剣の耳に届いた。忘れるはずも無い、『ボク』をこの世に呼んだ人だ。
「魂呼さん!?こんな所に来てくれるなんて、一体どうしたっていうの?もしかしてボクの様子を見に来てくれたの!?」
なまくら剣は喜び声を張り上げた。
なまくら剣に映るのは、まだ若い女だ。髪を頭のてっぺんにまとめ上げ、その表情は凛々しい。
体つきは女なのに、醸し出すのは男のそれだ。
「にしても、姿が見あたらないってまた、どういうことだ??」
若い女はダラー武器店の前で立ち尽くしている。
「ダラー武器店か…しょぼいな…だけど可能性があるのはここくらいだし…」
その手に広げたフリーマーケットのお知らせにあるマップを見ながらいう。
「魂呼さん!魂呼さん!ボクはここだよ!目の前に居るじゃ無いか!」
しかし若い女は聞こえていない様で、マップを見ながら考え事をしている様だった。
「魂呼さん…。ボクが見えて無いの…?」
「ボロい武器しか無いなあ。このオレ様が呼んだ魂がこんな武器に宿るはずがないしなぁ…」
「…」
若い女は一本一本、並べられた武器を手に取って行く。
「もう少しだ、あと二本でボクを取ってくれる…。持ってさえくれれば、きっと気づいてくれる!」
なまくら剣は緊張と恐怖で視界がぼやけた。ただ若い女が近づいてくるのだけを意識している。
「これは…」
若い女はとうとう隣の剣を取った。
「値段の割にいい剣だな、鍛え直せばまだまだいけるぜ。じいちゃんに鍛えてもらおうかな。…店員がいないな、少し待つか…」
「次だ…、さあ、魂呼さん、ボクを手に取って!」
しかし若い女は隣の剣を持ち眺めたまま、なかなか置こうとしない。
「魂呼さん、まさかお隣さんをボクだと思って!?違うよ!ボクはこっちだよ!魂呼さん!」
「…しかし腹減ったなー、その辺で腹ごしらえでもするか?この剣は…ま、誰も買わないだろ。後でまた来るか」
「待って!どこに行くの!魂呼さん!魂呼さーん!!…な、なんで…」
なまくら剣は悲しみでいっぱいになり、涙が溢れて来た。
「ボクの事、忘れちゃったんだ、魂呼さん…」
「ウォン!」
なまくら剣の前に、いつの間にか真っ白い長毛の大きな犬が座っている。
「君は、魂呼さんの…」
なまくら剣には見覚えがあった。いつも魂呼さんの横にいた犬だ。
「君が吠えるなんて初めて聞いたよ。もしかして、見えているのかい?ボクが…」
「ウォン!」
なまくら剣は犬の視線を感じる気がしたが、犬の目は毛で隠れていてよくわからない。
「もしボクの事がわかるなら、魂呼さんにボクの事を教えて欲しい。頼むよ」
「ウォン!」




