勇者
「お前、どうやって勇者になるんだよ?」
なまくら剣に前に立つ強者たる男が話しかける。
「…」
「勇者ってのは、人間がなるもんだ」
「…」
「何か言えよ、また寝てんのか?」
「仕事中に寝てる訳ないよ!君とは話をしたくないだけさ」
なまくら剣はやっと答えた。
「何だよ、不真面目だな」
男は鼻で笑った。
「…ボクの前に立たないでくれよ、お客さんが来たらボクが見えないだろ」
「客なんてこねーよ、お前いくらで売られてるか知ってんのか?」
「…」
「またダンマリか」
「言っただろ!君みたいな…君みたいな、なまけた…勇者でいられるのに勇者でいない、最低な奴と話なんてしたくないだけさ!」
「ずいぶんな言い様だな。それじゃぁお前は、自分がした事の責任も取れない無責任なクソガキだな」
「な、なんて事を言うんだ!クソガキだなんて言葉、実際に聞いた事なんてないよ!」
「うるせーな、そうだろうが。お前が焼いた俺の服、どう弁償するつもりなんだよ?」
「あ、あれは…君がボクを突然持つから…!」
「俺は客だぞ?試し持ちして何が悪い」
「う…」
「俺はお前を購入しようか検討して、持ってみたんだ。そしたらいきなり炎を吐き出しやがって」
「ボクは…」
捨て値部屋の扉が開く音がした。
「お客様、そちらの剣をお気に召されましたか?」
店員の女がとびっきりの笑顔で男に近づいた。
「いや、ほっといてくれ」
「…かしこまりました」
店員の女は不自然な程の笑顔のままで部屋から出て行った。
「ひどい言い方だね」
なまくら剣は男に向かって言い放つ。
「だまれ」
男は無精髭を撫でる素振りで下を向いて答えた。
「勇者のくせに女性に優しくないなんて」
「元、だ。そもそも何なんだお前のその勝手な勇者イメージは」
「だって大体の勇者はそんな感じでしょ?正義の味方だ!」
「…おめでたい頭だな」
「ボクを作った魂呼さんは、勇者の話を沢山してくれたんだ!この大陸の勇者も、北の大陸の勇者も、世界中の勇者はみんな素晴らしい人だったよ!」
「コンコさん…?誰だそれは…作者はテムロエヌドバラシャーテじゃねえのか」
「魂呼さんは人の名前じゃないよ!」
「へえ、そうか」
「…。うん。だから君みたいな人が勇者なんて信じられないんだ」
「余計なお世話だ。そもそも勇者はなりたくてなる訳じゃねぇ、勝手にそう呼ばれるんだよ」
「悪者を倒したらでしょ?」
「そうだ、とびっきりの悪者をな」
「やっぱり勇者は凄いな!君も性格は悪いけど、強かったんだよね?どんな悪者を倒したのさ!」
「…お前は自然に人を馬鹿にするやつだな…」
「ごほん!」
二人の会話の間に、わざとらしい咳払いが加わった。
店員の女が、捨て値部屋の入り口に立っている。
「お客様、そろそろ閉店のお時間でございます…」
「…」
男は店員を認識すると、黙って部屋を出ようとした。
「あっお客様、明日、トッピビ広場で行われるフリーマーケットに当店も出店予定でございまして、そちらの剣も含めて掘り出し物をメインに出品いたします。よろしければいらして下さい」
すれ違いながら早口で店員は言ったが、男は聞こえていないかのように去っていた。
チリンチリンチリンー…。
客が店を出て行った鈴の音が店に響いた。