第六話 まぁた、俺が犠牲ですか
「それで、そんなに慌ててどうしたのですか父上」
そう切り出したのは兄のカイト。十六歳になり一緒にトレーニングをする機会も減ってしまったが、その代わりに家を継ぐ為に父上と一緒に行動を共にして頑張っている。
兄上も知らない内容となると不測の事態が起こったという事になる。トファリ姫が関わっているのなら、ちょっとした不測の事態は想定内と見るべきなのだが……。
「……先程の貴族会議での出来事だ」
父上が話してくれたのは、年に一度開かれる貴族達の集会で起こった事。国のいろんな事を決める大事な場であるそこで、トファリ姫が宣言をしてしまったという話。
「どうしたシューゴ、顔色が良くないぞ?」
「父上ほどではございません……」
トファリ姫がそんな行動に出てしまった件について、思い当たる自分の言動があった。自分に対して何も悪くないと言い聞かせても、冷や汗が出てくる。
父上や母上がトファリ姫の大胆さについて咎められる事は無かったらしいが、教育係が母上なだけに国王陛下から小言を言われたらしい。
「直接的な問題はだな……我が家からも形だけでもトファリ様の婿に立候補せねばならないという事だ。裏で何かしていると疑われるとな……」
どこの貴族の親も、学園に入るというトファリ姫とお近づきになるチャンスを逃しはしないだろう。婿になれずとも、友好的な関係を作れさえすれば万々歳。それほどの影響力がトファリ姫にはある。
義務教育では無い学園だが、今年は入学生がかなりの数集まりそうだ。
「我が家はただでさえトファリ姫と近しいですからね……貴族相手に商売している以上、敵に回すのは……」
「そうだ。カイルはもう嫁いで来る子が決まっているし……ドールではまだ幼いから……」
そこで言葉を区切った父上。視線が俺に向けられている。兄も弟からも視線が向けられている。その瞬間、悟った――。
「ちょぉぉぉぉぉっと待って頂けますか父上ェ!」
嫌な予感がする。と言うか、目は口ほどにモノを言ってしまう。
「シューゴ、お前にはしばらく学園に通って貰う。異論は認められん」
「いや、しかし……家の仕事はどうするんですか!」
「心配するな。カイルもドールも居る……それに、陛下から内密にトファリ様に関する事で指示も受けているしな」
いや、裏で何かしてるじゃないですか父上。
「そう言えばシューゴ、お前学園に通ってみたいって言ってたよな?」
「兄上! それはそうですが、ドラゴンの世話をしたい訳じゃないんです!」
確かに学園には通いたい。通ってみたい。
もうこちらの世界に来て前の世界と同じ年齢になろうとしている。それほどまでこちらの世界に馴染んで、楽しんでいる訳なのだが、やはり……学校という場所に少しだけ未練があった。
ちゃんと学校を卒業したいという気持ちがある。だから通えるのは素直に嬉しいのだが……そこに厄介事を持ち込みたくは無い。平穏に、あくまで平穏に過ごして卒業したいというのが俺の願いだ。
「またお前は……。そもそも、父上もトファリ様と婚約を掴んでこいと命じている訳ではないのだ。どうしてお前はそこまで嫌がる」
「兄上、もし俺がトファリ姫を狙っている男の一人であると宿屋のユキちゃんに誤解されたらどうするんです?」
「お前、ずっと言ってるけど……ユキちゃんを嫁にしたら貴族のゴタゴタに巻き込むことになるんだぞ?」
「うっ……それは可哀想ですが……」
ユキちゃんは宿屋で一生懸命働いて、笑顔でお客さんを癒す最高の街娘だ。獲物を前にして悪魔の様に笑う女とは正反対に位置している。
ごく普通であるから最高のユキちゃんを不幸にはしたくない……なんというジレンマだ。
「そもそもですよ、兄上。あのドラゴン女に認められる男が同世代に居ますか? それに、どうせ結婚するなら妹のパフェリ姫の方がおしとやかで可愛げがあると思うのですが」
「確かに認められる奴が居るなら私も会ってみたいが……とにかく、だ。トファリ姫は人が良い故に、計略に弱い一面がある。毒を盛られたお菓子などをプレゼントされたら気付かずに食べてしまうだろう。それを防ぐ為にお前に行けと父上は言っているのだ」
「ドール……兄上が口達者になってしまったぞ」
「でもさ、でもさ、兄ちゃんならトファリ姫にも負けないんじゃない?」
「それは……」
確かに、今のところ負けていない。ただ、負けていないだけであって、いつの日か普通に負けると思う。勝てるイメージは微塵も浮かばない。
そもそも、むしゃくしゃすると我が家に来て暴れて帰る様な女を誰が嫁にしたいと思うのだろうか……貴族達はトファリ姫の強さだけ知っていて、内面を知らないから求婚してしまうんだろう。
「ドール……俺はね、綺麗な花を眺めて微笑むユキちゃんみたいな女の子を嫁にするんだ」
「トファリ姫も昔、炎の海を見て笑っていたよ?」
「……兄上、俺はですね、巨乳のユキちゃんを嫁にしたいんです」
「トファリ様も発育は良いと思うが?」
「コホン……父上、ちなみにトファリ姫に何かあった場合は……」
「極刑」
「うわぁぁぁぁぁぁっ、もう家出してやるぅぅぅぅぅ! 家出して宿屋のユ……」
急な首へのダメージに意識が遠くなっていく。その薄れていく意識の中で、母上の声が聞こえた。
「まったく。あんた達、王族を守る盾となるのが貴族の役目! 生きる意味! 分かってるね!?」
「も、もちろんです母上。必ずこの愚弟を王女の盾にしてみせます!」
「してみせますっ!」
「よろしい」
母上がそう言ってしまった以上、最初から逃げられない運命だったという事だろう。この家は好きだけど、理不尽が多過ぎると思う……。
◇◇
――それから少し時間が流れ、来るべき入学の日に向けて準備を進めていた。
入学試験は受験者の多さには驚いたものの、それほど難しいものでは無かった。筆記はほぼパーフェクトで乗り越え、実技もそれなりで突破して、最後の面談では寮はペット可なのかも聞けるくらいに落ち着いた対応が出来た。
合格通知も無事に届いたという事で、今日はペットを寮で飼う為の従属登録と制服の製作を依頼しに街へお出掛け。
『いやはや、シューゴが学生なんて不思議だねぇ』
「ポンちゃんもパピーも一緒に行けそうで良かったね」
『ウフフ。もう、寂しがり屋さんねシューゴは』
犬のポンちゃんと鳥のパピーを連れて、冒険者ギルドへと向かっている。
動物を使って狩りをする冒険者や魔物を調教する人は、少ないが居ない訳ではないらしい。冒険者免許とは別に資格が必要らしいからちょっとだけ審査が面倒だとか。
まぁ、俺のケースだと飼い主証明みたいなモノだから簡単な審査で通るとは思うけど。
「冒険者の護衛任務がウチとどう違うのかは気になるな」
『冒険者はその日その日で雇われてるだけだから、いざとなったら先に逃げるらしいわよ?』
「へぇ~さすがパピー、物知りだね。ウチはほら、失敗は家の名前に泥を塗る事になるからいざとなったら身代わりが大前提だからなぁ」
我が家が、貴族御用達の護衛としてやっていけてる理由がそこになる。信頼と実績で商売しているから敵を目の前にして依頼主を置いて逃げる教育は絶対にしない。
仕事内容は同じかもしれないが、決して安くは無い金を貰う分の仕事に対する真摯さは冒険者に負けないと思う。
「おっと……ここだな。ちょっと緊張する」
『ねぇねぇ、早く終わらせてお肉食べに行こうよ! さっき通った所のやつ!』
『まったくポンは……』
「あははっ……ま、次の予定もあるし早めに済ませちゃおうか」
立派な建物の冒険者ギルド。ガラの悪そうな人も見た目の良さそうな人も出入りしている冒険者ギルド。
建物の正面に立ち止まってから、屈強な見た目をした男の人や魔法師の装いをした女の人が俺を一瞥してから横を通り過ぎて行く。
(まぁ、身なりは悪くないし、チラチラ見られるか。気にしない気にしない……)
一歩踏み出してギルドへと入っていく。初めてやって来たギルドの中をついキョロキョロと見てしまう。
ポンちゃんもパピーと話しながら入ってきた俺に奇異の視線が集まるが、どうせあまり来ない場所だと割り切って、受付の方へと並びに向かった。
市役所みたいに窓口が幾つもあって、列になって順番待ちをしている。ただ、どの窓口でも対応は同じなのか、用件別になっているという訳でもなさそうだ。
ひとまず近くの列に並んで、順番が来るまでキョロキョロと周りを見ながら待った。
「次の方、どうぞ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「本日はどの様な御用でしょうか?」
「えっと……動物の従属登録をしに来ました。今度学園に入学するんですが、この子達も連れて行きたくって」
身体の大きくなったポンちゃんを机の高さまで持ち上げて、愛想の良い受付のお姉さんに姿を見せる。
「承りました。では簡単に説明させていただきます」
登録された動物と登録されていない動物との最大の違いは、安全性だ。
登録された動物は、身体の一部に従属している証明として飼い主だけが発動可能の拘束具を取り付ける決まりがある。
つまりはペットが暴れた際の防衛装置。それがあるからこそ、ペットと飼い主と他者とのいざこざを減らす事が出来る。
例えば、証しの無いペットが知らない誰かに傷付けられたとしても飼い主であるという証拠が無いから、逆に難癖を付けている加害者扱いされてしまいかねない。けれど、登録さえしていれば飼い主としてしっかりと復讐……怒れるという訳だ。
「――ですから、外に連れ歩く予定のある動物は簡単に済みますので一匹一羽一頭ごとに登録をお勧め致します。何か質問はありますか?」
「丁寧な説明ありがとうございます。特には……はい、大丈夫です」
「では早速、登録の方に移らせて頂きます。お客様の魔力と拘束具を同調させますので水晶に手を置いて少しで結構ですので魔力を流してください」
指示されるがままの行動を取る。水晶に手を置いている間に、お姉さんがどこかから二つの輪っかを取り出して、あれやこれやという間に俺の魔力と輪っかを同調させていった。
「はい、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
「その輪っかを着ければ良いんですか?」
「はい。身体の一部に着けてください。飼い主として登録されましたお客様が『従属の契り』と唱えて頂きますと輪っかのサイズが調節出来ますので」
試しにポンちゃんの前足に輪っかを通して呪文を唱えてみる。
「『従属の契り』……どうだいポンちゃん。痛くない?」
『おぉ~痛くないよ! でもなんか変な感じぃ……取れそうに無い~』
「嫌だったら普段は外すよ。パピーも足に着けるね?」
『確かに変な感じね……でも私達に上も下も無いでしょ?』
「もちろん! 俺達は友達で仲間で家族だ」
必要だから従属登録をしたが、パピーの言う通りで俺達に上も下も親も子も無い。一緒に育ってきた家族である。
いきなり動物と話し出す俺に可哀想な子を見る目を向けてたお姉さんにお礼を言った後、登録費を払ってすぐにギルドを去った。
外に出てからはまた街を散策しつつ、ポンちゃんが楽しみにしていた屋台で売られている肉料理を食べたり、いろんなお店に入ってみたりしながら最後の目的地である制服の採寸をしてくれる服飾店へやってきた。
「見覚えのある家紋の馬車だなぁ……」
服飾店はいろいろあるが、貴族御用達の店へ行けと母上から言われているから来てみたは良いが……タイミングを間違えたらしい。もっと早く来るか遅く来るのが正解だった。
『ねぇねぇ、あの子の匂いがする!』
『あの模様は……たしかトファリって子のよね?』
ポンちゃんもパピーも物覚えが良い。俺が行こうとした服屋の前に停まっている馬車は王家の印だ。
今回のアレコレの元凶。しばらく家に遊びに来てなかったから会うのは久し振りになる。学園に通えるメリットを帳消しにするお世話係という役目……文句の一つでも言ってやろうと店に近付いた――。