第四話 諦めは早い方が良い
ケースタス王国の王都ではここ数日、トファリ第二王女の誕生会に向けて祭りの様な賑わいを見せていた。
各地から大商会等の要人が来ていたり、もちろん国の貴族達も集まっていて、経済が回りに回っていた。
一番忙しく儲かっているのは貴族御用達のお店だろう。護衛業を営んでいるライト家も総出で働いている。
「あらあら、ようこそおいでくださいましたレイズ様」
「……様なんてよしてくださいメイ王妃」
そんな中、当日の夕方に行われるメインイベントを前に、俺と母上はいち早く会場へと足を運んでいた。
王城からすこし離れた王族の為の豪華絢爛な会場。母上は下見を兼ねて、俺は護衛する王女様に会いに来ていた。
そしてバッタリ……護衛を引き連れた王妃様と出会った。俺が今ここに居る事の元凶とも言える人だ。
(この人は別の人が守るから……オッケーだな)
ほぼ間違いなく賊は現れると両親から言われていて、俺が取るべき行動も指示されている。賊は貴族を誰か一人でも拐えたら勝ちになるこの状況で、俺は死んでも王女様を守らなければならない。
会場の裏口は家族が守ってくれるから心配はしていないが……他家や騎士団や魔法師団の内情については分からない。だからなのか、自分以外は信じるなと言われている。
「そちらの子がレイズ様の……あらあら! 瞳がレイズ様と一緒だわっ。お名前は何と言うのかしら?」
見た目が若い。中身はもっと若いこの国の王妃様。
娘の誕生日だから舞い上がっているのかもしれないが、確か三〇は越えているはずだ。
本当に母上を尊敬しているのか、元々貴族では無い相手に『様』を付けるのは普通に考えるとありえないコトだと思う。
「はい。ライト家が次男シューゴ・イル・ライトと申します。王妃におかれましてはご機嫌麗しゅう存じ上げ申しますれば……」
「堅いッ!」
「――オブふッ!?」
危機察知が表示されようと、反応速度を越えられたらどうしようも無い。
もっとリラックスした状態ならまだしも、初対面の王妃様の御前。不敬即殺の中で片膝立ちの姿勢で緊張しながら挨拶している時の不意打ちを防ぐのは難しいものがある……。
「アハハッ……せっかく挨拶してくれていたのに酷いわよレイズ様? 今日は娘をよろしくね、シューゴ君?」
「イテテ……はい! ライト家の名に恥じぬ働きをお約束致します!」
もっと派手な衣装で扇子とか持って毒々しいイメージをしていたから、身に付けている装飾品は高価なのだろうが真逆な王妃様にちょっと驚く。
母上も意外な一面を見せている。朝から戦闘用の服にローブを羽織っていつでも戦える状緊張態になっているのに、王妃様の前だけでは少しリラックスしている。勝手な憶測だが、二人は結構仲良しなのかもしれない。
「私が案内するわ。トファリももう会場で待機しているのよ? 暇そうだからシューゴ君がお相手してあげてくれないかしら?」
「私は護衛であり、対象者と……」
「メイ様の言うことを聞かンかッ!」
「――アウチッ!?」
自分の子供達を遊ばせて親達だけでカフェタイムを楽しむみたいな流れを阻止するつもりが、暴力で防がれる。地位と力の暴力である。
対象者と事前に打ち合わせしておくのは大切な事で当然の事だが、王妃様の雰囲気からはただ遊べと言っている感じが伝わってくる。
正直に言うと……あまり会いたい相手では無い。この日の為に行ってきた母上との訓練の中で、第二王女トファリ様の話をよく聞いたからだ。
あの、人の才能を見抜く母上が『才能だけで言えば英雄たる器』と今までに聞いた事の無い評価をしたのだ。
兄カイトや弟ドール、転生者の俺ですら英雄とまでは言われなかった。
つまり、もしかすると……俺以外の転生者かもしれない。そんな不安が心の何処かにモヤモヤっと存在していた。
(別に問題は無いが……だとしたら何か気まずいんだよなぁ)
学校じゃ全然話さないのに塾が同じで、その上で特に話さないくらいの気まずい感覚。問題無いけど共通点だけがちょっとあるだけの人と二人っきりは微妙に気まずい。
「あの子、同世代のお友達が居ないから……良かったらシューゴ君がお友達になってくれたら嬉しいわ~」
「……善処します」
「そうそう。あの子の魔力が暴走しない様にだけ気を付けてね? レイズ様の子だから怪我とかはしないだろうけど……」
俺が会いたく無い理由その二がまさにそれだ。これまた母上曰く、トファリ王女は英雄の器としての才能を扱えていないらしい。
肉体的問題なのか精神的問題なのかは知らないが、俺はいつ爆発するか分からない爆弾を守らなければならないらしい。
王妃様の案内で、トファリ王女が待機している部屋にやって来た。入口には二人の兵士が居て、王妃を見るなり頭を下げた。
「レイズ様とシューゴ君よ。レイズ様の顔は知っているわね? シューゴ君の顔は今覚えてちょうだい? ……それであの子は?」
「ハッ! 部屋で静かに待機されています」
「そう。じゃあ、シューゴ君を通してくださるかしら」
「かしこまりました」
母上と王妃は? という表情で二人を見るが、ただ背中を押されるばかりだ。
ドアが開かれそこにグイグイ押し込まれて行く。足に力を入れてささやかな抵抗などしたのが無駄で……結局は抱えられ放り投げられた。
そしてバタンとドアが閉められる始末だ。
「ってぇ~……」
王室御用達というだけあって、控え室ですら調度品で揃えられている。普通に暮らしていける広さもある。
そんな中でポツンと一人、机に向かって読書に耽っている少女な居た。一瞬、少女というには整いすぎている顔に呼吸を忘れた。
宿屋のユキちゃんのあどけない笑顔を思い出せなかったら危ないところだった。雰囲気に飲み込まれそうな程、彼女には人を惹き付ける魅力があった。
炎のような深紅の瞳や綺麗な長い金髪に、大人びた雰囲気を感じ取ってしまった。同じ五歳の筈なのに、下手すると俺よりも大人びた雰囲気がある。
だが――相手は王女様だ。俺はただの男爵家の次男。そもそもの立場の違いを履き違えてはならない。礼儀を欠けば死……なんてリスクだよ、まったく。
「お初にお目に掛かります。本日護衛を担当させて頂きます、シューゴ・イル・ライトと申します」
「……ライト? ですって?」
空気が揺らぐ。良くない雰囲気に。王女様の言葉に並々ならぬ怒気が込められている。危険察知が作動する程ではないが、静かなる怒りを醸し出している。
「――ハッ」
「もしやと思うけれど、あなた……あのレイズの子では無いでしょうね?」
「……左様でございます」
「……ッ。あの女が私に才能があるなんて言ったせいで、私がどんな扱いを受けているかッ! したくも無い特訓をさせられて!」
そうか……そうか。とりあえずこの人が転生者じゃないというのは何となく分かった。
全員がそうとは言わないが、転生者ならきっと俺と同じくまずは力の使い方をマスターしようと思うはずだからである。それがこの子は……母上の一言のせいでしたくもない特訓をさせられているらしい。
(楽しくないコトを続けるのは……確かに苦しいよな)
本人の意思と関係なく授かってしまった大きな才能。可哀想と言ってしまえばそれまでだが、それではこの子が潰れてしまう気がする。
確かに、走り込みや筋トレなんかはツラい。けれど、魔法の特訓は今のところ楽しいコトばかりだ。火や水なんかの普通の魔法才能が無い俺でも楽しいのに、それでもツラいというのは……。
「もしや、極端に獲物を殺す攻撃魔法ばかり教わっているのではありませんか?」
「……ッ。動物は殺していないけど、そうよ。戦え戦えと周りがッ! 私に才能なんか無い! 魔力を暴走させるだけ……勝手に期待して勝手に冷める大人も嫌い! あなたの母親も嫌い!」
一つ、深呼吸を入れる。母上のコトを言われて危うく思うがままを口に出すところだった。
彼女には確かに同情するが、生まれる場所や親、環境は選べないどころか神の気紛れだ。諦めなんて、早い方が良い。
「失礼を承知で言わせて頂きます。まず、王女という立場で生まれてしまった以上、この国の為に戦うのは当たり前です。それは貴女様の責務です。何かと戦うのは当然で、それは私も大人の方と同じ意見でございます」
「……あなたも、他の大人と同じなのね」
「えぇ、まぁ……。しかし、魔法において言うのでしたらもっと自由であるべきかと」
「自由……? 意味が分からないわ。火も風も水も土も雷も氷も闇も光も……結局は全て、何かを殺す為でしょう?」
何か、本当にこの子が可哀想になってきた。
魔力を空にする程捻出して、飲み物を冷やす為に氷をなんとか一個出していた俺がアホみたいじゃないか。ユキちゃんのスカートを捲ろうと風魔法を使おうとしたり、眠れない夜にしょうもない魔法を使って気絶して眠ってい俺がアホみたいじゃないか。
でも、ハッキリと言える――この王女様よりは魔法を使いこなしている、と。
攻撃魔法は絶対に使えた方が良い。魔物を倒す時にはやはり魔法は最高の手段となる。威圧や牽制にもなる。けれど、それにしか魔法を使えない奴はこの王女様みたいな精神がすり減って……きっとひねくれてしまう。
だからさっさと諦めた方が良い――大人の期待に応えなきゃいけないと思う自分自身を。
「魔法はもっと自由でございます。今から私が唯一使える魔法をご覧に入れましょう」