第三話 能力的にはこの家にピッタリだけども……
「……父、上?」
「あぁ、すまない。少々問題が起きた。座ってくれ」
「……はい」
革製の椅子に腰を下ろす。あの冷静沈着な父上が言葉だけとはいえ、取り乱すのは珍しいことだ。
つまりは死ぬ可能性がある依頼かもしれないというのがチラチラと見え隠れしている。
「ふむ……来月、この国の第二王女であるトファリ姫の五歳の誕生会が行われるのは知ってるな?」
「いえ、存じませんでした。トレーニングばかりで……」
「そうか。お前の五歳の誕生会の時は親交のある貴族の方々にお越しいただいただろ? それを国単位と考えて欲しい」
「なるほど……各領地を治める貴族の方がご子息を王女様に見せに来る、と」
同世代の王女様のお誕生日。同じく同世代の子を持つ貴族の親はこぞって顔見せにやって来るのだろう。将来の事を考えて。
流石に爵位に差のある貴族は本腰ではなく、顔や何かしらの特技が王女の琴線にでも触れれば儲けもの……ぐらいの感じで来る。
つまりは、かなりの人が集まる。腹に一物を抱えた大人と、人によっては初めての社交界デビューとなる幼い子供達が。
「うむ。つまり、それだけ狙われるという事だ。年に一度の貴族達が集う時よりもパーティーであるが故に隙も増える。我が家は総出で会場の裏側の警備に当たる事となった」
「……他は騎士団や魔法師団、他家の警備ですか?」
「そうなる。外の警備は万全とは言えだ……会場内に何かを企む者が居たり、侵入者が入り込んでしまった場合は……状況は敵に有利だ。一人でも拐われたらな」
どこの貴族でも、跡取りというのは家の生命線だ。
生まれで大きなアドバンテージがあるこの世界では、貴族で在るのと一般市民とでは差が大きく、家の存続を優先させて日々を過ごしている。
没落してしまうと先祖にも顔向けも出来ないし。
目的の為に手段を間違い、悪事に手を染めている貴族もおそらくは居るだろう。父上も客は選んでいるらしいのだが、家の事を考えて圧力に屈する選択をしていると聞く。
厄介な事にそういう輩の方が、世渡りが上手いのはどこの世界でも同じなのかもしれない。
「ふぅ……。では父上、私の役目は何でしょうか。会場内の警備でしょうか? それとも、外での警備でしょうか?」
「――姫の、護衛だ」
「…………あはは、父上。冗談がお上手ですね」
「ゴメン」
「……死ねと? 不敬であると思われれば打ち首にされるかもしれないですし、仮に姫に傷一つでも付いたなら確実に死刑になる依頼を私に? まだ宿屋のユキちゃんに告白もしていないのに?」
「王妃が強くて格好良い母さんに憧れてるから……うむ。私もさっき母さんにサラッと言われたのだ、分かってくれシューゴよ」
「母上ぇぇぇぇえええええええぇええええぇぇえぇぇッ!!」
俺の絶叫は、屋敷中に轟いたらしい。仲の良い我が家に仕えてくれている料理長に後でそう聞いた。
◇◇
詳しい事は母さんに聞く様にと父上から言われ、そのままの足で母上の居る部屋へとやって来た。両親の寝室ではあるが、今は父上と二人っきりという訳でもないから遠慮せずに部屋のドアを叩いた。
「シューゴ、何叫んでんだい! 入りな、説教だよっ!」
母上の声に、日頃の厳しいトレーニングのせいもあってか体が少し震える。
だが、言うべき事は言わなければならない。正解でも不正解だとしても、自分のやりたいままにやらなければ死んで後悔しか残らないのだから。
『いや、部屋を叩く前に居場所を特定した僕の頭を撫でるべきだと思うなぁー』
「……それはそうだな。ポンちゃん、ありがとうな」
ポンちゃんの頭を撫でながらドアを開けて、母上の前に立つ。夕食前でまだ指導から戻ってきたばかりの母上は、貴族らしからぬ軽装を着たままだ。
元高ランクの冒険者である母上は、その美しさと強さで冒険から程遠い場所に居る貴族のご令嬢や貴婦人の面々から人気があるらしい。
お茶会にもよくお呼ばれしているらしく、人脈だけで言うなら父上より貴族をしているかもしれない。
「シューゴ、まずは私を綺麗にしな」
「あ、はい。……ほいっ!」
自分にも掛けた、一瞬の内に汚れを消し去りサッパリ出来る魔法。
当初は、女神様に頂いた魔法というよりも超能力と言うべきスキルの数々は内緒にしているつもりだったのに、人の才能を見抜けるというチートな母上にバレてから、面倒臭がりな母上の為に毎日やらされていた。
特にデメリットは無いから良いのだが……。
「それで、何を叫んでいたんだい?」
俺と同じブルーの瞳と茶色の髪。指導している時は怖いけど、普段はそんなに怖くは無い。ちょっと震えるけども。
それでも、全部俺達の事を想って育ててくれているというのが分かるから父上同様に母上も好きだ。
まぁ、それはそれとして問題は先程の初任務の件だ。
「母上、どうして初任務が王女の護衛などと言うおかしな事になったのでしょうか。そもそも俺は参列者側だと思うのですが……それに、王族の護衛はそれこそ実力も経験もあるお抱えの人物が居るはずだと思います」
「そうだな。実力だけで言えば……お前はまだ能力を出しきってもCランク冒険者程度だろう。五歳では異常だが私の子だからな。それに……個人の持つ特別な才能は時として実力以上の物がある。シューゴ、アレをやりな」
母上に言われるまま、俺は手を前に伸ばして準備をする。
すると――脳内に危険を報せる音が鳴り、視界には危険を報せるる場所が印された。
(右かッ!)
女神様に頂いた特殊能力の三つ目『危険察知』。看板に気付けずに死んだ俺に与えてくださった能力。
母上が正面に立ち、拳を握り締めて今にも振り下ろそうとしている。けれど、危険と示された場所は右。
となると、正面の拳はフェイクであり、本当に防がなければならないのは右からの攻撃だ。
正面に意識を残しつつ、俺は――自分の右側に『バリア』を張った。
女神様から授かった特殊能力の四つ目『バリア』。透明で、使用者である俺、もしくは魔力を視認できる魔法に長けた者以外にはどこに張ってあるのか分からない仕様になっている。対物対魔におけるほぼ絶対的防御――これも死んだ時の原因に由来する能力なのだろう。
『暗号』『危機察知』『バリア』そして唯一まともに使える『食魔法』この四つが今の俺が扱える自分の武器になる。体術や剣術はまだ発展途上というレベルだ。
「分かったかい?」
「はぁ……」
母上の拳は、俺の右側に張ったバリアに止められていた。正面からは何も来ない。
母上は魔法で正面の拳を、空間をねじ曲げて右に移動したのだ。エグい技である。
「この技のタネが分かっていたとしても、Cランク冒険者で止められる者は居ないだろうね。それに、そのバリアとかいう透明の壁……私の拳を受けて損害ゼロだ。硬すぎる」
「いや、でも……体調が悪ければポンちゃんでも破りますよ?」
ほぼ絶対。されど絶対じゃない。体調の悪い日はポンちゃんの普通の歩きすら阻害出来ない能力だ。
「常に万全であれ。体調が悪くても万全を発揮しろ。それが護衛と教えているだろうがっ! 失敗は死! 分かるね!?」
「――はいっ! ……じゃないですよ母上。話が脱線してます。俺が姫様の護衛は荷が重すぎます」
「ふふっ、王妃のお願いは断れないでしょ? 歳も近いし私の子だから期待されてるのよ。依頼の報酬は奮発するから頑張りなさい」
有無を言わせぬ……そもそも本当は、アレコレと言った所で何も変わりはしない。
才能を誇らしく想ってくれるのは嬉しいし、期待も本当はありがたいけれど……ちょっと母上からの期待が半端ない。転生者じゃなかったら潰れてる気がする。
誰かを護る事で生計を立てている以上、本当は依頼に文句を言ってはいけないのだが、愚痴に近い話をちゃんと聞いてくれる両親はかなり優しいと思う。
「はい……承知しました。トファリ王女の命は我が命に代えましても」
「よろしい。ではシューゴ、お前は明日から特別な訓練だ。まだ力の弱いお前が実践でどう立ち回れば良いのかを叩き込む」
「えっ……いや、ちょっと待ってください母上! 俺は来月までの短い命を宿屋のユキちゃんを惚れさせる為にですね……」
「あぁン!? ぬるいコト言ってんじゃないよっ! トファリ王女は必ず生かす、その為にもお前は最後の最後まで死ねないんだよっ! 遊んでいる暇は無いと思うんだね」
依頼で死ぬのならまだ分かる。けれど、トレーニングで死ぬのは納得が出来ない。
(やっぱり生まれる場所が違ったんじゃないですかね女神様……誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇ)
心の中で叫んだところで何も変わらない。特訓が嫌と声に出すとより厳しくなるだけだ。俺は小さく頷いてポンちゃんと一緒に部屋を静かに出るしか選択肢が無かった。
――そして、地獄の様な特訓を毎日こなし、トファリ第二王女のお誕生日を祝うパーティーの時がやって来た。
◇◇◇