第十六話 優(しくする)先(着の)順位(は決めている)
「ハグハグハグハグッ――」
その少女は、モフモフであった――。
着ているローブで見えている範囲は顔や手ぐらいだが、顔はそうでも無くとも手なんかはまるでポンちゃんみたいなフサフサな茶色の体毛で覆われている。
グレー系の髪の毛の間からピョコンと生えている耳も特徴的だ。そして何より、フサフサの尻尾が揺れに揺れている。
獣人または半獣半人……それは、人の特徴を持った獣派と、獣の特徴を持った人派とで議論の争いが絶えない種族である。両種族の良い部分を得た獣人という種族の持つ力は強大だが、過去を見れば、獣でも人でも無いとされ虐げられてきた種族である。
現代においてはそんな事もなく、妖精族や魔族よりも人族からすれば近い存在となっている。我が家の従業員にだって何人か在籍している程だ。
耳が良かったり鼻が利いたり、力が強かったり……『変身』せずとも何かに秀でている獣人は、戦闘面ではかなり優秀な存在として母上も認めている。
そして……何よりも良いのが、そのモフモフ具合。最高である。
(沢山食べてるぅ~獣人さんが料理を沢山食べてるぅ~もう、それだけで癒されるぅ~フゥゥゥゥ!)
リベは俺の背中から離れて食堂のおばちゃんに料理の注文をしに行った。トファリは座れそうな場所をキョロキョロと探してる。ただ俺は、モフモフに夢中になっていた。
昔から動物が好きだった。それはシンプルに可愛いからだし、癒されるからだ。だから、異世界に来てから初めて獣人さんを見た時は、驚きと同時に世界に感謝をしたのを覚えている。
(ポンちゃんやパピーの手触りも最高だけど、獣人さんもまた別の手触りで最高なんだよなぁ~~。それにあの子……可愛らしい顔してるし~美味しそうに食べ物を食べてるしぃ~)
動物と違う獣人さんならではの、人寄りの行動も良いし、個性豊かなのも面白い。俺は、人の女性や子供よりも動物や獣人さんにめちゃくちゃ甘い男である。
「シューゴ……おい、シューゴ!」
「――ハッ!? な、なんだよトファリ、大声なんか出して……はしたないぞ?」
「アンタがボーッとしてるからでしょうよ! ほら、あっちの席に行くわよ」
「お、おぅ……」
獣人さんからは離れた席だが、遠巻きに眺める獣人さんもまた一興。
丸くパッチリした目や茶系の肌だけを見ると熊の獣人さんかと思うのだが、生えている髪の毛がグレーで耳が三角なのを見ると狼の獣人さんにも思える。尻尾も白っぽかったし……気になる。
「トファリ……様」
「人の居るところでぎこちなくなるなら、トファリで良いわよ」
「おぅ。あのさ、質問があるんだけど……」
「何? 食べたい物? この時間だし今はスイーツかしらねぇ~」
「全然違う。あのさ、狼と熊の中間みたいな動物とか魔獣とかって知ってるか?」
「え? うーん……」
トファリが記憶のページを捲っている間に、和菓子セットをテーブルに用意しておく。
「中間というか……巨大熊並みの強さと魔狼並みの速さを兼ね備えた伝説みたいな生き物の話ならどこかで聞いた気がするけどぉ……どこだったかしら」
「巨大熊と魔狼って……それ、半分伝説みたいな怪物だろ?」
「そうそう! 昔ギルドで聞いたのよ! 大昔の話だけど資料もあるらしいから真実ではあるわ」
もう一度、獣人さんの方を見てみる。やはり、熊なのか狼なのかを判断するのは難しい。
ただ、女の子っぽいのに大食いではあるみたいだ。もしかしたら可愛い顔に騙されているだけで男なのかもしれない。
「――あっ」
その時、視界の端で知らない女の子が倒れそうになっているのを捉えた。食堂のおばちゃんから料理を受け取り、反転したタイミングで足を縺れさせたのだろう……運ぼうとしていた料理が今まさに放り出されてしまいそうになっていた。
(――――っ。くっ、判断が……俺のバリアなら女の子くらいは)
気付いてから反応して、バリアを発動させるまでのタイムラグで女の子は助けられそうだが料理までは無理そうだ。
俺が衆人環視の中でバリアの発動を少し躊躇ったばかりに……。
女の子が地面に倒れ込むより先に俺のバリアで……そう能力を発動させようと思った瞬間――瞬き一つの合間に、女の子が救われていた。
「――――ほいっ……と、っと。ねぇねぇ、大丈夫? 大丈夫?」
「え? あ、あれ……あ、ありがとう」
「どういたしましてっ! ごはんも無事だよ? 食べ物を落とすと悲しいもんね! ね!」
人懐っこそうな笑顔を向けられた女の子も、自然と笑っていた。同じ空間に居ても気付いて無い人は何も気付かない程に一瞬の出来事だった。
転びそうになっていた女の子を、離れた席で食事していた筈の獣人さんが助けたという話。ついでに料理も無事で、完璧に助けていた。
「トファリ。見えたか?」
「ん……私の目じゃ、追いきれなかったわね」
「そっか。じゃあ……間違いなく強いな」
「えぇ。速さは力が強いだけの人より厄介だものね……ふふっ、魔力で速く動けば追い付けるかしら」
バトルジャンキーであるトファリが獲物を見付けたみたいな顔を浮かべている。
女の子を助けた後の獣人さんの動きをしばらく見ていると、鼻をスンスンと動かして何かの匂いを辿る様な行動をし始めた。鼻を利かせて何を探しているのかは分からないが、その行為自体はなんだかポンちゃんにそっくりでとても微笑ましく思える。
「すんすん……こっち? すんすん……あっち? 嗅いだ事の無い美味しそうな匂いがするぅ~」
「…………。(こっちに近付いて来てないか?)」
ポンちゃん程の精度は無いのか、フラフラ歩いているけれど確実に俺とトファリの座っている席に近付いて来ている。
「ねぇ、あの子……こっちに来てない?」
「来てるな。……というか、来たな」
「わぁ! ねぇねぇ、これなぁ~に? 食べ物だよね? だよね! 見たこと無い食べ物だぁ……良いなっ良いなぁ~」
「あ、うん……良かったら、おひとつどうぞ。羊羹って言って甘いお菓子だよ」
「良いの! えへへ~嬉しいなっ! ではでは……はむっ……んんぅ!?」
羊羹の一切れを摘まんで口に放り込む獣人さん。喜ぶ姿も撫で回したくなる程に可愛らしい。
そして俺はまた一人、和菓子……延いては餡子の魅力に引き込んでしまったらしい。
「お、お、おいしぃ~~~~っ! こんなに甘いの始めて食べたっ! 凄いね、凄いね! やっぱり人の国に来て良かった!」
「そこまで喜んでくれるとは。キミは食べることが好きなの?」
「うん! ルーはね、いろんな食べ物が知りたくて……でも村では変な子扱いされちゃって……えへへ、飛び出しちゃったの。でもでも、この国には美味しい食べ物沢山あるから、来て良かった」
「あら、それはこの国の一人として嬉しい言葉だわ」
王女であるトファリが満更でも無い顔をしている。ずっとこの国に居る俺やトファリなんかは、別の国や別の種族がどんな生活をしているのかあまり詳しくは知らない。
こういう交流が出来るのも学園の良さだし、少しくらいはトファリにもそういう目的があったのかもしれない。自分がこの国を外敵から守る時にモンスターの生態や他国の文化を知っておいた方が役に立つから、と。
「ルーさん、で良いのかしら?」
「うん! ルーはね、バルーチェだけど、ルーで良いよ」
「分かったわ。なら、私のコトもトファリと」
「俺はシューゴだ」
「トファリ……シューゴ……えへへ~」
「可愛いわね」
「可愛いな」
珍しく、トファリと意見が完全に合致した。
トファリには花を愛でるみたいな可愛いモノに対する心が無いと思っていたが、ちゃんと持っていたらしい。
「ルー、良かったらこっちで一緒に食べない? 貴女が良かったらだけど」
「うん! ごはんはみんなで一緒の方が美味しいもんねっ!」
「ヤバい……俺の魔法が大盤振る舞いしそうになっているッ」
俺の魔力とルーの胃袋、どちらが勝つか試したい訳じゃないけどルーがお腹いっぱいと言うまで食べさせたくなってきた。
食べ物の為に住み処を出るなんて普通ではない。つまりは、それだけ食べ物に対して命を捧げているというコトになる。
(俺の知る限りの料理を食べさせたい! ……でも、飽きられた時のコトが不安になるっ)
ルーが自分の座っていた席に置いてきた料理を取って戻ってくるまで、その葛藤に苛まれ続けた。
「……妾が、親分よな?」
学食の料理を手にしたリベが何とも言えない顔でこちらを見ていたのに気付いて、なんとか我を取り戻せたが……今度は何とも言えない空気感に包まれた――。