第十四話 レイラン先生
数時間前にも1話投稿してますー
――お昼休みを挟んで午後。午前の退屈な座学の時間もまじめに過ごして、ようやくメインとなる学科別の授業。
学園の元々が騎士や魔法師育成の訓練校だった事をもあって、座学よりも武術や魔術の方に力を入れていると先生も午前中に言っていた。
魔術科は西側運動場に行く為、トファリとのお昼休みもそこそこに、俺は着替えて騎士科の東側運動場に来た。
「シューゴさん、我々は三組なのであっちだそうですよ~」
「あー……まぁ、一番力を入れるのは一組になるよね」
ミーニョさんが軽装でパタパタ浮きながら、運動場の中心から遠い端の方に集合する事を教えてくれる。指を向けている方には既にクラスメイトもチラホラと集まっていて、担当の先生らしき騎士団が身に付ける様な鎧を着た女性が立っていた。
平均的な人族の女性よりも一回り以上小さい妖精族のミーニョさんが、武器を振り回す姿はあまり想像つかない。槍ならちょっとだけ、ファンタジーミツバチ感か出るかもしれないが。
「それにしてもこの服はごわごわしてますね~。あたち用に羽の部分を開けてくれたのは助かりますが」
「ま、汚れても良い服って感じで作ったんじゃない?」
長ズボンと長袖の学園から支給された運動着。何かの動物の皮が素材なのか、丈夫そうだがやや硬い。デザインはシンプルで拘った飾り付けなんかも無い。
確かに新品の運動場はごわごわしていて、使い続ければ柔らかくなるのかもしれないが、その時はつまり、破れるまでのカウントダウンというコトだろう。
「くははははっ!」
遠くから……中心に居る一組の方から聞き覚えのある声で誰かが高笑いしていた。ミーニョさんも振り返って、不思議そうにその声の主を見ている。
「何か面白いコトでもあったんですね~?」
「さぁ? 鬼族特有の、戦闘に対する楽しさが出ちゃったんじゃない」
「おや、お知り合いでしたか?」
「昨日ちょっとね。トファリ姫と戦ってたんだけど……ミーニョさんは知らないの?」
「知らないですね~。あたちは下宿先のお手伝いをしなければならなかったので~」
下宿先……確か、遠くから来た人の中にはやや費用のお高い寮には入らず、学校と関わりのある施設やお店に格安で住む契約を結んでいると学校案内で読んだ覚えがある。
格安の代わりに仕事をするのが条件……ミーニョさんはその制度で通っているのか。もう、リベの高笑いよりもこっちの方が気になってくる。
「何のお店屋さん?」
「あたちは人族の魔女さんが営む薬屋に住まわせて貰っていまして~、学園長にオススメされたのです~」
「なるほど。魔女ってたしか、かなりの腕前じゃないとそう呼ばれない称号みたいなものだったはず。手伝うコトを前提にするなら、学園長はミーニョさんの魔法の腕を信じて紹介したのかもね」
「えへへ~照れますね~」
ちっちゃな手で顔を覆うミーニョさん。なんかもう、一つ一つの仕草が可愛い。
結局、他のクラスメイトはまだ貴族との関わり方が難しいのか話し掛けてくれはしない。そんな中で、普通に接してくれるミーニョさんはありがたい存在だ。
「三組はこっちだ、来た者から整列して静かに待機」
「はいっ!」
厳しめの口調に、脳裏に居る母上がチラついて思わず大きめに返事をしてしまった。
「良い返事だ。よし……先に来ている奴には伝えておくが、私は学園からの依頼で騎士科の生徒を何年も見てきている。みんなも分かっている通り、一組から順に騎士として強い奴の順となっている。だが、それは純粋に入学時における武器の扱いの上手さに過ぎない。三組だろうが強くなる奴は強くなる! 出遅れていると判断されたお前等だが、強くなれる。私が強くする! もちろん授業は厳しいが、なぁに……死にはしないさ」
騎士だからなのか、軍のやり方が染み付いているからなのか、とにかくやると決めたらやるタイプの人間というのが分かった。厳しいというなら、本当に厳しくなるのだろう。
まだ、見た目も若いしきっと現役で……騎士といえば昔、トファリの誕生日パーティーで知り合ったムードンさんとウープさんを思い出す。十年近く前に知り合って、いろんな現場で会う事もあったけど……ここ数年は会えていなかった。元気にしていると良いけど。
「厳そうですが、優しそうな先生ですね~」
「まぁ、良い先生だとは思うよ。目付きからしてかなり厳しそうだけど。あれだ、トファリ姫と一緒で強過ぎて婚期を逃すタイプ」
コソコソと、ミーニョさんと担当になる美人騎士について憶測だけで語っていく。
そうこうしている内に、全員が集まり午後の授業が始まった。
「よし、まずは自己紹介からだな。私はレイラン。現役の騎士である。みんなに武器の扱い方から戦い方まで厳しく指南していくつもりだ。遊びでは無い事だけ、理解するように!」
次は生徒側の自己紹介タイム。順に名前と使ってみたい武器を先生に伝えていく。レイラン先生の後ろには木製の大小様々ないろいろな武器が取り揃えてあった。
剣や槍は基本であり、人気だろう。数に制限があるかもしれない。
「次の者!」
「はい! シューゴです! 剣は扱った事がありますが、いろいろと試してみたいです!」
「うむ。一つを極めるのも良いし、手広く扱えるのも場合によっては自分の命を救うかもしれないからな。了解した、座ってよし」
俺の基本戦術はバリアによる不意打ちだ。突進してくる相手の前にバリアを張って自滅させたり、どうしようも無い悪党であれば……惨いけれどバリアで首を断ち切る事も可能だ。
おそらく俺の心理的な部分で、生きている人に対して直接バリアで攻撃するコトに抵抗があるからか、その時だけはバリアの強度が格段に落ちてしまう。
だから、攻撃に使おうとすると弱い相手でないと使えない技になってしまう。
バリアでの不意打ちと格闘術、少しの剣術とそれを全て補う危機察知能力が俺が戦う為に出来る全ての技だ。
「あたちは、魔法が得意なので~それを活かせればと思います~」
「魔法を用いた技も先人達が沢山編み出している。非力でも体が小さくともそれが相手を油断させる一つの技だ。頑張ると良い。座ってよし!」
「はいです~」
一人一人に励ましの声を掛けて行くレイラン先生。ちゃんと考えてくれる、やはり頼れる先生らしい。
「さて、自己紹介は終わったな。じゃあ、さっそく運動場を十周しようか」
「…………え?」
「ほら、ボサっとするなっ! 走れっ! それが基本だ! ほらほらぁ!! 言われたらすぐ動くッ!」
優しいと思ったのも束の間。初日から武器に触れるなんて考えが甘かった。甘いも何も無いのだが……。
厳しい基礎トレーニングから三組の初授業は始まった。
「そこの妖精族! 飛ぶな! 走れ!」
「うぅ~」
「隣の青い目の人間! 誰が婚期を逃しているだァ? 余裕そうだしお前だけ五周追加ァ!」
「うぇぇ、マジかよ……あれ、聞こえていたのかよ……。今になって言い出すのも卑怯じゃん……騎士じゃなく、鬼教官じゃん」
ランニングの後は武器を振る為の筋力トレーニング。確かに必要な事。戦闘で動き続ける為の体力と筋力……ただ、最初の優しそうな雰囲気とは真逆で名前も呼んで貰えないし、厳しさしか見せてこない。
アメとムチを通り越して、女性の怖さを体感させられている。俺を含めた男子生徒はレイラン先生の様変わりの混乱と恐怖感を味わっているだろう。
初日の授業から、考えの甘さを捨てさせられた気がした。
◇◇