第十三話 食べ物はふわっふわが美味い
「はっ……はっ……はっ……」
始業より二時間前の時間から、広い学園を一定のペースで走っている。母上に怒られるのはもちろん、体力というのはあった方が効率的だし、日々の努力があってこそ向上するものだからだ。
二周程度のつもりであったが、実際に走ってみると三周くらいが時間や体力的に考えると丁度良かった。
「……そろそろラストスパートだな」
小さい声でそう呟く。二周と半分を越えた残り半分、ランニング程度のペースからダッシュに切り替える。
他に走っている人は一人だけ。先程から目の前をずっと走っているトファリだけだ。俺に抜かされない且つ離れ過ぎない程度のペースで走り続けている。
天才が努力するんだから、どう楽をするかばかり考える貴族はそりゃ手が届かないと思う。
「――――ッシャァァッ!!」
ま、それはそれとして――足音を小さくしながら然り気無くトファリに近付いて、一気にスピードを上げて一気に抜き去っていく。
「――なっ!? ま、待ちなさいっ!」
もちろん待たない。抜き去った勢いのまま、全力疾走で最後の直線を走る。
トファリに追い掛けられると怪物に追われているみたいで、いつもより速く走れている気がしてくる。
「待ちなさぁーーーい!!」
「うあぁぁぁぁッ!」
身体強化でもされたら、あっさりと負けるだろう。だが、そこはトファリ姫。ズルして勝ってもスッキリしない事を分かっているから、普通に走って追い掛けてくる。それでも、ジリジリと差は縮まって来ているのだが……。
背中側からのとんでもない圧を感じるが、俺は走る。別に勝負なんて一言も言っていないが走る。走って、走って、走り抜けて、そして――。
「――――よっしゃあああああ!」
俺の体がひとつ分、先にゴール地点へと到達した。あくまで、昨日より速く走れた事へのガッツポーズであり、先に着いたコトへの喜びではない。勝負なんてしていないのだから。
「しゃぁあ! よしっ! よしっ!」
「くっ……卑怯よシューゴ」
「はて? 私は昨日の自分より速く走れたコトへの喜びを感じているだけですが……あっ、トファリ姫におかれましては……今日もトレーニングお疲れ様でございまーす」
「むっっっっっっかつく~~! てりゃあッ!!」
「バ~リア」
思ったより力を入れていなかったのか、硬いバリアを殴った反動で自分の拳を痛めていた。人は痛みを知って強くなるのだから、これもトファリの為になるはずだ。
「明日は私が勝つもん……」
「その、負けず嫌いも要因なんだよな」
「……? ふんだっ、お風呂に入るから寮に戻るわ」
「そっか。朝食はどうする?」
「後で取りに行く。軽い物でお願い……流石に部屋に入るのはマズイし、窓から受け取るわ」
「パピーに運んで貰おうか?」
「んー……自分で行く。自分の食事だもの」
そう言って、トファリは自分の部屋へと戻って行った。俺も自分の部屋へと戻って、自分の分とポンちゃん、パピー、トファリの分の朝食を用意しなければ。
指パッチンをして、一瞬の間に汗や汚れを体から消し去る。トファリにも教えてはいない、まだ母上や家族しか知らない俺の能力。
トファリに使ってあげなかった事に、特別な理由という理由は無い。ただ……うっかり忘れていただけだ。
(ま、能力は秘密にしてナンボと母上に教えられているし、聞かれても答えないがな。出来るから出来るだけで……原理とか、答えられないし)
部屋に戻り、ポンちゃんとパピーに朝食を作ってから俺も早めの朝食を摂る。スクランブルエッグにパンとコーンポタージュという洋風な朝食だ。
ちなみに、トファリにはトファリ用にこの世界における普通の朝食を用意している。パサパサのパンに豆、薄いスープ。
始業三〇分前になって、ようやく窓がコンコンと叩かれた。三階の窓に映るトファリの姿。改めて魔法のナンデモ感には可能性を感じずにはいられない。
「普通に飛んでるけど……ローブの下は大丈夫なんだよな?」
「バカッ……エッチ!」
「いや、心配してあげてるだけなのだけど?」
「ふふ、言ってみただけよ。下からでも覗けない用にしているから大丈夫」
「そっか。ほら、朝飯だ」
「……ちなみに、シューゴはどんなのを食べたの?」
「ふわっふわの卵料理とふわっふわのパン。そして、ふわっふわのコーンポタージュだ」
この世界の料理事情は簡単で、お金のある人は調味料をふんだんに使った料理を食べられ、お金の無い人は長期保存できる用にした食材を使って料理をする。貧富の格差が如実に出ているのが実は料理なのかもしれない。
「ふわっふわ……」
「もう、それは凄いふわっふわだ……」
「……ゴクッ。ね、ねぇ? 私にも……ね?」
「貴族以外との価値観がズレズレになるから止めといた方が良いぞ」
「そんなっ……ケチケチ、ケチシューゴ! あ、暴れるわよッ!?」
「もうそれ、ただの腹ペコモンスターじゃんか……ったく、今日だけだぞ」
トファリに渡した食器の上に、ふわっふわのスクランブルエッグを出してあげる。男でも女でも、美味しい料理を幸せそうに食べる姿は、見ている側もポカポカする程に微笑ましい。
だから……つい、お願いされると強く断りきれない事が多い。それに、俺が元居た世界の料理を美味しいと頬張ってくれるトファリは、ほんっっっっっのちょっとだけ可愛く見える。
「ありがと、シューゴ」
「ほら、帰った帰った。今日から授業も始まるんだし、周囲に合わせろよ?」
「ふふん! それくらい余裕よ! でも……手は抜かないわ、私である内はね!」
今日もどうやら英雄は英雄として居るらしい。去っていくトファリの背中に、自分の目的を忘れないで欲しいと強めに念じておいた。
俺も俺で、青春を楽しまないとせっかくの学園が勿体無いモノになってしまう。お姫様に振り回されてばかりなんて事になったら……嫁探しまで遠くなりそうだしな。
「よし、頑張り過ぎない程度に頑張りますか!」
『おぉ~! 僕も今日は沢山走るぞ~』
『まったく、シューゴもポンも優雅さに欠けるわね……』
時間的にはまだ少し余裕があるけど、教室へ向かう事にした。
着替えを済ませ、ポンちゃんと共に部屋を出る。パピーは窓から出掛けるそうだ。
部屋の鍵を管理人さんに預けて、寮を出た所でポンちゃんも『お散歩に行く』と、走り去った。
(さて、今世はちゃんと卒業と好きな子への告白が出来るだろか……)
前世での果たせなかったコトを思い出しながら、教室へ向けて歩き出した。