第十二話 魔力と妖気
「なーなー、さっきの……くれっ!」
「大福?」
「そう、大福だっ! 美味かったぞ! 妾、肉の次に好きかもしれない」
餡子の魅力が分かるとは、中々に見所のある鬼子さんだ。
だが、甘い物の摂りすぎは良くない。健康は正しい食生活から始まり正しい食生活に終わる。鬼族の生態について詳しくは無いがちゃんとした物を食べないと強くはなれない。
「大福は一日に一個まで。肉と野菜、魚、果物、ちゃんとバランス良く食べないと強くなれないぞ」
「ぐぬぬぬぬ……そうだ! 何を悩んでいるのだ妾は! 奪えば良い。人間からいくらでも奪えば良いのだ」
「いや、郷に入らば郷に従えという言葉があってな……ここは人の国。乱暴な鬼族の常識は通じないぞ?」
「いやじゃ! いやじゃ! 大福! 大福たーべーたーいーっ」
幼子の様に喚かれると、その内また人が集まって来るだろう。話し掛けたのが間違いだったとは言わないが、大福をあげたのは間違いだったかもしれない。
俺は食べたい時に食べる大福だが、他者に対しては制限するようにしている。ケチと罵られても制限する……対価を払ってくれるなら別だが。
(鬼族さんってことは……ミーニョさんと同じであまりお金を使わせるのは悪いか)
情けは人の為ならず――とはまた違うかもしれないが、ここで大福をあげることで、いつか何かしらの得が鬼子さんから返ってくるかもしれないし、それが実質〇円大福から化けるのなら安いものだ。
本来ならお金を要求する所だが、特別に後ろ手で見えない様に大福を産み出し鬼子さんに渡した。
「やたーっ。美味いのォ~なぜに大福はこんなに美味いのだ?」
「大福だからな」
「クハハッ! ……ン? どういう意味じゃ?」
味覚に合っただけだからなんて言っても冷めるだけだし、テキトーにあしらっておく。
「そう言えばまだ名乗って無かったな。俺はシューゴだ又は親分だ」
「妾はリベ。子分……じゃぬわぁい! 妾が親分なのダ!」
「冗談だよ。同じ学生だし、よろしくねリベさん」
「さん……? それは人族の敬称か? 要らぬぞ、妾はただのリベダ! ただのリベなのだからなッ! 良いか? ただのリベダ!」
凄い剣幕で詰め寄られる。怒られているのか責められているのか分からないが、とりあえず『さん』付けはよろしく無いらしい。
あからさまに嫌がる敬称、そして「ただの」という意味ありげな部分をやけに強調してくる事……リベもミーニョと同様にその国では偉い人なのかもしれない。俺も自覚は薄いが一応は貴族だから他国では素性を隠した方が良いというのは理解できる。
「分かった分かった、リベだな。俺の事もシューゴで構わないし、子分でも何でも好きに呼んで良いよ」
「うむむ……なら、大福!」
「大福はヤメテっ……なんか子犬みたいな名前だし」
「そうか? ならやっぱり子分だナ!」
本人はご満悦そうだし、別に子分と呼ばれようが実際に子分になった訳でも無いから好きにさせておく。大事なのは呼び方ではなく、その関係性なのだから。
ちゃんと、大福分の得は返して欲しいけれど……強いけど頭の弱そうなリベだから、あまり期待はせずに待っておく事にする。
気付けは夕日も傾いていた。まだ沈むまでに時間はあるけど、リベとの会話もそこそこに部屋へと戻る事にした。
『凄い妖気の子だったねー』
『そうね。でもまだ十全に扱えてはいないようだけど』
「ようき? 陽気? 何の話してるんだフタリとも?」
『ほら、さっきの子よ。若いのに良い妖気をしてたって話』
パピーが説明をしてくれるが、まずもって『ようき』というのが分からない。明るい人って意味の『陽気』という訳でもなさそうだ。
「ごめん、詳しく教えて貰える?」
『あのね、あのね、妖気はねシューゴの言う魔力ってやつに似てるの』
『そうそう。魔法を使う魔物も、人が魔力と呼んでいるだけで魔国や魔物なんかは妖気と呼んでるわ。魔力と妖気は似て非なるものよ』
魔力と妖気。人と魔のモノ。同じ言語を使っているが、当然として違う文化や生態系がある。
人は、人の決めた秤で全てを決めている。いわゆる価値観だ。俺達が勝手に妖精族や鬼族と呼んでいる者達も本当は別の呼び方があるのかもしれない。
「俺はまだまだ知らない事ばかりだな」
『当たり前でしょ。ふふっ、全てを知ろうだなんてエルフでも寿命が少なすぎるわ』
「それもそうか。せっかくだし、魔力と妖気の違いも教えてくれるか?」
『いいよー! その代わり毛並み整えてー』
ポンちゃんとパピーの身体を綺麗に整えながら、いろいろと詳しく教えてもらう。魔力とは太古の人魔戦争の際に、神から与えられた善なる者達の才能で、妖気は元々魔族と呼ばれていた者達の言うなれば『存在力の大きさ』そのものらしい。
つまり、『魔力』は生まれた時に定められた才能であるが『妖気』は生きている限り強まり続ける才能だ。
どおりで長く生きている魔物が強い訳だ。最初から強い訳ではなく、生きて生きて生きたからこそ妖気が育ち強くなっているのだ。
(それだけ聞くと、妖気を持つ魔族の方が良さそうだが……)
当然、メリットばかりでは無いそうだ。
向き不向きはあれど、魔力はいろんな魔法に変換するコトが可能で、それがメリットと言える。だが、妖気はその者の持つ能力を強化する特性があるだけらしい。例えば――火を放つ魔物が居たとして、時間を掛けて妖気が大きく増えたとしても出来る事は増えない。肉体強度が上がるのと、ただ単に火力が上がるだけ。
リベの耐久力は鬼族特有のものかと思っていたが、どうやら妖気が多いからという理由もあるらしい。一時的なら魔力で身体強化も可能だが、常に強くなる妖気の方がやはり便利そうに思える。とりあえず、謎が一つ解けてスッキリとした。
「じゃあ、ポンちゃんやパピーも魔力じゃなくて妖気になるのか……」
『まぁ、そうね。あのお姫様みたいにいろいろは出来ないわ。出来る事がより出来る様になるだけよ』
「いろいろ出来るのも凄いけど、極めるのも凄い事だからなぁ……」
一概にはどっちが良いとは言えない。それぞれに良い部分があるし。世界にはまだまだ知らないコトばかりで、たまにこういう未発見なモノに出会うとやっぱりワクワクしてしまう。
『シューゴ、いろんな種族と関わるといろいろ知れて面白いわよ?』
「それは……確かにそうかも」
『僕もね、よくね、いろんな子とお話してるよ! この前なんかはねぇ――』
第三者から見れば動物と話す痛い奴と思われるかもしれないかが、トレーニングする予定も忘れてフタリと楽しくお喋りをして夕方まで時間を過ごした。
夜になる前にトファリと待ち合わせの場所に向かって、晩御飯の配給という日課をこなしてすぐに部屋へと戻ってくる。
今までの環境とはガラッと変わる学校生活。明日の準備を終わらせて、今日は早めに休む事にした。
◇◇