さがしもの
コトコトとシチューの煮える音を聞きながら、ムクはこたつに入っている。こたつの天板に肘をついて、足元のあたたかさをうっすらと感じながら、家の外の寒さを想像している。
どこかの空を飛んでいる雪だるまは、きっと首にマフラーを巻いている。どうして首にマフラーを巻くのだろう。寒いなら、身体中にぐるぐるに巻けばいいのに。
「お母さん?」
「なに、ムク?」
あらかた料理に目処がついて、エプロンを外しながら、ムクの母親がリビングの方を向く。
「みんなどうして首にマフラーを巻くの?」
「寒いからだよ」
「なんで首なの?」
「首には身体の大事な線が通ってるから。あたためてあげないと」
「全身ぐるぐる巻きにすればいいんじゃないの?」
「そうしたら、何もできなくなっちゃうでしょ。ぐるぐるじゃあ、どこにも行けないよ。」
「それは、雪だるまも一緒?」
雪だるま?と母親は笑う。少しムクに近づこうとしたが、真剣な顔をしているので、距離を保った。
「一緒だよ。でも、雪だるまさんは雪だから、ムクよりは寒さに強いかもね」
そうか、だから雪の降る寒い日でも、あつあつの鍋を持って大切な人のところや、喜んでくれる人のところへシチューを届けるんだ。ムクはいっそう寒い気がして、手を引っ込めてこたつに胸まで入った。
「だから、服を着なくても平気なのかな?」
「そうかもね。ムク。もうご飯できたから食べよう。今晩はクリームシチューだよ。あれ、好きじゃなかった?」
好きじゃないわけではなかったが、こたつから出たくないので、ムクはじっとしていた。
「しょうがないね。じゃあそっちで食べよう。今日だけね。すごく寒いから特別に」
母親はランチョンマットをこたつに敷いて、料理を運ぶ。
ムクは、手伝う気はあるので、上半身を起こして母親の運ぶ料理を並べた。
「これも、僕が学校に行ってる間に、雪だるまが持ってきてくれたの?」
「違うよ。お母さんが作ったの」
「どういう時に雪だるまはお家に来てくれるの?」
うーん、と母親はムクを見つめながら考える。きっと、テレビか何かで見たシーンから想像しているのだろうと気付いた。そういえば、最近コマーシャルでそういうものを見た気がする。
「1年で1番寒い日に、とっても困っている人のところに来てくれるんじゃないかな」
「お母さんは会ったことあるの?」
「…あるよぉ」
ムクに顔を近付けて、自慢するように言った。
「お母さんはその時困ってたの?」
「困ってたねぇ。大事な大事なお父さんとの結婚指輪をなくしてね。どこでなくしたかもわからなくて、どうしたらいいかわからないで落ち込んでたの。そうしていたら、コンコンって玄関をノックする音が聞こえて、開けてみると雪だるまさんが指輪を持って来てくれていたの」
「へー。鍋だけじゃないんだ」
困っていることか。今の僕には特に困ったことは思いつかないなと、ムクは思う。
会ってみたいけど、困ってもない僕のところに来てくれたんじゃあ、お母さんのように困った人が困ったままになってしまう。
「ムクも大変だから、そのうち雪だるまさんが来てくれるかもしれないね」
「どうだろう。僕はそんなに困ってないから」
そう言いながら、スプーンを持っていない左手で、太ももから膝にかけてさすった。
「僕より困ってる人はたくさんいるもんね。もっと動かしにくかったり、ない人だって、いっぱいいるんだから」
「ムクは強いし、優しいんだね」
母親に褒められて、ムクは照れた。両頬がほんのりと赤くなった。
「ムク、今いちばん何が欲しい?」
「欲しいもの?そうだなあ。ミキ君が持ってる、習字セット僕も欲しいけどなあ。でも、僕は僕で自分の持ってるし。ないかもしれない」
「ムク?」
母親は食事の手をとめて、向かいに座るムクの手をとった。そして、花びらを包み込むようにして、繊細に、両手であたためた。
「ちょっと聞いてくれる?」
「なんでも聞くよ」
「つらいときはつらいって言っていいんだよ。欲しいものがあれば欲しいって言っていいんだよ」
「むずかしいなあ。だって、もともとお母さんがムクより大変だったり、貧乏だったり、どうしようもなくてもなんとか頑張ってる人がたくさんいるって、教えてくれたんだよ」
そうだね、とムクの手を包む母親の手は少し強くなる。「」
「でもそうだなあ。たしかに最近よくわからなくなるんだ。僕はほんとはどうしたいんだろうって」
ムクは母親の手を解いてシチューを食べ切った。美味しかったよと付け加えた。
「そうやって考えるとやっぱり、普通の足がいいんだ。普通の足になりたいんだ。それが1番なの」
「うん」
「でも、それは諦めるとして、その次に何が欲しいのか考えればいいのかな?」
母親の目からは涙が出ていて、でも、顔を伏せていたので長い髪に隠れてムクには見えなかった。
「そうだね。ほんとに賢いね、ムクは」
「ほんとに賢いなら、テストで100点とれるはずだと思うんだけど」
「ううん。ムクはほんとに賢い。でもね、足のことは、言っていいんだよ。もしかしたら、どうにもならないかもしれないけど。どうにかなるかもしれないし。どうにもならないとしても、言いたいこと言っていいんだよ」
「よくわからないや」
ムクは笑った。でも、少し考えてみようと思った。