COMPOSER AND LYRICIST
読んで戴けたら倖せです。
「ねえ、ちょっと聴いてくれないかなあ」
スマホの向こう側で一葉が興奮気味に言う。
オレはベッドに這いつくばりながら、ぼやけた頭を必死に起こそうとしている。
「ズッち、今何時? 」
ズッちと言うのは一葉の愛称だ。
「あー、一時半
寝てたの?
シグちゃんは相変わらずお子ちゃまだなあ」
「うっさいわ!
年寄り扱いされるなら、オレはお子ちゃまで充分だ
で、なに?
また、名曲でもできた? 」
「おお、よく解ったねえ」
「いい加減、慣らされるわ! 」
「ねえ、今からそっち行っていい? 」
「解った.......
鍵開けとくから、来たら起こして」
「ええーーーっ!?
寝て待つのお!?
ちゃんと起きてよお
でないと、この前みたいに大音量イヤホンの刑、執行しちゃうんだからね」
「オレ、難聴悪くなりそうだ........」
オレはスマホを握り締めたまま枕に突っ伏した。
けたたましい玄関のチャイムの音で、オレはベッドから這い出した。
よれよれ歩いて玄関のドアを開くと、一葉が中指を立てて立っていた。
「何が鍵開けておくだよお」
一葉は眉間に皺を寄せた。
「ごめーん......」
オレは腹を掻きながら大あくびをした。
「あ~あ、だらしない顔
絶対ファンには見せられない顔だね」
「昨日徹夜だったんだよ」
「何してたの? 」
「詩集読んでた」
「誰の? 」
「ボードレール」
「収穫はあった? 」
「訳解んなかった」
「ダメじゃん」
そんな会話をしながら、オレが座るソファーの隣に一葉は座った。
「でさあ、でさあ.......」
一葉は無造作にソファーの横に立て掛けてあったアコギを手に取ってチューニングを合わせ弾き始めた。
一葉のギターは五年前から、比べものにならないくらい上手くなっている。
時々、こんなインディーズバンドで燻っていていいんだろうか、と思う。
一葉が奏でた新曲は確かに名曲だった。
一葉はミディアムテンポで弾いていたが、オレはもっとアップテンポでもいいと思った。
半音をふんだんに使った、自然な流れに逆らったようなメロディーライン。
少しエリック・サティを思わせた。
これをギャンギャンのギターに乗せたら面白そうだと思ったら、一葉も同じ意見だった。
「歌詞なんだけどさあ.........」
「ちょっと待って、オレまだ頭寝てる
コーヒーくらいゆっくり飲ませて」
オレはキッチンに行ってお湯を沸かし始めた。
不本意だが、いま一葉のテンションを一番あげる話題としてオレは一葉を見ずに言った。
「一葉の彼女、凄い美人だな..........」
オレはじっとガスコンロの青い炎を見詰めながら、一葉の照れる声なんかを期待して待った。
だが、いつまで待っても一葉は何も言う気配すら無かった。
どうせ曲について考え込んで夢中になっているのだろう。
オレはカップにインスタントの粉を入れようと、序でに一葉の様子を何気なく振り返り見た。
一葉はオレを無表情でじっと見ていた。
「どうか、した?」
オレが言うと一葉はハッとしたように笑顔を作って言った。
「砂糖は二杯、牛乳入れてね」
「何を今更......
いつもそうしてるでしょうに」
一葉は、へへっと笑ってギターを爪弾き始めた。
オレが一葉の前にカフェオレを置くと、一葉はギターを置き、ギタリストらしい男にしては細くて長い指でカップを包むように飲み始めた。
オレはタバコに火を点けながら言った。
「歌詞なんだけど、この曲にオレが持ったイメージは情熱かな」
「情熱?
こんな冷めたメロディーラインなのに? 」
一葉は目を丸くした。
「ちょっと、サティっぽいからさ
知ってる?
サティのジムノペディってディオニソス(ギリシャ神話にでて来る酒の神)に捧げる男の裸踊りの曲なんだ」
「ふーん」
一葉は円らな瞳をオレに向け、カップを口にしたまま声を籠らせて相槌を打った。
「ジェラシーでもいいんだけど、激しいイメージの歌詞を付けたいな」
「つまり意外性をぶちこみたいんだ? 」
「そう」
「それは面白そうだね
俺は単純に恋愛が冷めてく感じをイメージしてたけど、そっちの方がインパクトありそうだ」
「恋愛が冷めてく感じかあ
共感は、そっちの方が持たれやすいだろうな」
「いや、意外性で行こう! 」
一葉の目には力が籠っていた。
決まりだな......。
オレはノートパソコンを開いて歌詞を打ち込み始めた。
オレの隣で一葉はギターを弾いている。
多分、いま一葉の頭の中はこの曲のアレンジが巡っているだろう。
オレはこうして一葉と曲を形にして行く作業が愛おしい。
この想いは永遠に報われる事はないだろう。
それでも、こうして一つの世界を一葉と二人だけで共有できるのは何にも変えがたい倖福だった。
この時間が在ればオレは一葉の倖せを願う事ができる。
一葉の傍に居られるなら.........。
不意に肩が重くなり、一葉の束ねた髪から零れた長い前髪がオレの頬をくすぐった。
見ると一葉はオレに凭れて眠り込んでいた。
こんなにもオレに気を許してくれる一葉.........。
長い睫毛が影を落とし、真っ直ぐな鼻筋の下に硬く結ぶ口唇。
嘘だ.............。
こんなにも一葉が欲しい。
このまま強く抱き締める事で一葉の恋情を得る事ができるなら、何を犠牲にしても惜しいとは思わない。
狂いそうなほど一葉を愛してる。
本当に狂いそうなほど............。
オレの片方の目から感情が高まって堕ちて行く.........。
オレは眉間を指でおさえて上を向いた。
一葉............。
本当に気が狂ってしまえば少しは楽なんだろうか..........。
読んで戴き有り難うございます。
この作品を活字中毒の娘に読んで貰った際に、これ用語とか説明入れた方がいいかなと訊いたら娘から、みんなググるよ、と言われて、そうだよなあ今の人スマホやPC扱うのに長けてるもんなあ、と思ったのですが、はたと今日、でも私ならググるやり方解らないけど、面倒くさがって調べないよなあ、と思ったんですよ。
で、解りずらそうな用語に簡単な説明入れる事にしました。
雰囲気出すのに勢いでよく解らんのに使ってる用語もあるので、はっきり言って役に立たないかもですが、生暖かい目で見守ってやって下さい。
と、説明を入れた処、この作品を読んで下さったお気に入り様から、それは興を削がれるし知識自慢みたいだとご指摘戴いたので、結局説明は削除することにしました。




