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07.十歳の誕生日【後編】




 ――その後、招待客がちらほらと集まり始め、パーティーの開始時刻となった。

 私がベルトランにエスコートされ会場入りすると、辺りが軽くざわっとするのを感じる。

 緊張に息を呑みつつもゆっくりと進めば、視界の端でマクシミリアン殿下がこちらに向けて手を振るのが見えた。


(殿下、何をしてらっしゃるのですか……)


 軽く脱力感を覚えつつ、招待客の前に用意した舞台の壇上へと立つ。即座にメイドが先端に拡声の魔術が込められた石を嵌めた短い杖――なんだかマイクみたいね、っていうかマイクだこれ――を渡してくる。

 ついついテステス、とかあー、とか言いたくなるのを堪えつつマイクを口元に当て、招待客への挨拶を述べる。


『ご機嫌よう、皆様。本日はわたくし、フランシーヌ=エルヴィスの誕生日パーティーへとお越しくださり、誠にありがとうございます。精一杯の持て成しをご用意致しましたので、どうぞごゆっくり楽しんで行ってくださいませ』


 スカートの端を摘まんで優雅に壇上から降りる。すぐに招待客が私の前へと並び、祝いの言葉を述べていく。

 それに真顔で「ありがとうございます」と礼を言う令嬢……なかなかにシュールじゃないかなぁ、と頭の隅で考えつつも客人を捌いて行く。

 この国は貴族が多いので、招待客だけで百を越えている。終わりが見えない客の列に息切れがしてきた頃、漸く全ての挨拶が終わった。

 これで終わりではない。主催として、ファーストダンスを勤めるのも重要な役目である。傍らの婚約者に目を遣ると、即座に私へと跪いて恭しく右手を差し出してくる。


「フランシーヌ、僕に貴女の最初のダンスの相手という光栄を賜りたい」

「ええ、喜んで」


 差し出された手を取り、ダンスホールの中心へと進み出る。

 運動は苦手だが、貴族女性として恥ずかしくない程度のレッスンは積んでいる。それでも人前で踊るのは初めてなので、緊張する。ベルトランと向き合い、彼の手が私の腰に回りホールドされたところで、音楽が流れ始めた。

 ゆったりとした曲調の中で、教わったステップを脳内で必死に思い返していると、ふわり、とベルトランに手を引かれた。


(あっ……)


 何だろう、身体がとても自然に動く。何も考えなくても、ベルトランのリードに身を預けるだけで踊ることが出来る。すごい、なんだか自分がダンスの名手にでもなったような気分だ。

 音楽に合わせて身体が軽やかに動く。こんな経験初めてだ。運動は苦手で、ダンスのレッスンも苦しかったのだけど、今初めて、楽しいと感じている。


「……すごいですね、ベルンのリード……何だか身体が軽いです」

「それは光栄だね、フラン……ねぇ、楽しい?」

「はい……こんなに楽しく踊れるのは初めてです」


 ベルトランは僅か十一歳だと言うのに、こんなに軽やかに上手に踊れるものなのか。私にしょっちゅうちょっかいをかけに来る割には、こんなダンスの練習時間や勉強時間、いつ取ってたんだろう。

 やっぱり精神年齢はともかく、実年齢一歳の差は大きいのかな、とリードされつつ考え込む。と、ベルトランが私に囁いて来た。


「……フランったら、僕と踊ってるのに考え事? 今は僕を見て、僕だけのことを考えて欲しいな」

「……っ! ちょ、もう、ベルン……」


 ダンスの最中になんて恥ずかしいことを言ってくるのだ、この男は。本当に十一歳か? と思わず睨むと、彼は朗らかな笑みを見せる。


「あはは、ごめんごめん。でも……今は僕のことだけ見ていて欲しいのは、本当」


 ベルトランが小さく首を傾げると、一房だけ緑に染まった彼の髪がさらりと揺れ、長く伸びた青い髪が風になびく。黄金の瞳が私だけを映し、優しい色を湛え嬉しげに細められる。


「見てますよ、いつも」


 ベルトランが婚約者だからではなく。こんな常に仏頂面の女のどこが良いのかと常々思ってるけども、彼と生涯を共にしたいと願う程度には、私とてベルトランのことを思ってるのだ。


「……本当に? 勉強のことよりも?」

「それは黙秘します」

「もー、フランったらぁ」


 苦笑しつつも曲に合わせてベルトランがターンする。それにぴったりと着いていきながら、私はじっと彼を見る。

 だって私にも分からないのだ。勉強をしていても、ふと気が付くとこれはこの間ベルトランに習ったことだなとか、今日はまだベルトランは来ないのかとか、そんなことを考えていたりする。元々勉強は大好きだが、彼と一緒に学ぶとより集中が続いたりするのだ。

 だから分からなくなってしまった。果たして勉強よりも彼が好きなのかどうか。


「……まぁ、いいさ。そのうち、勉強よりも僕が好きって言わせてみせる」

「あら、私の笑顔を見るという目標もまだなのに、新たな目標を設置して良いのですか?」


 私がベルトランの前で笑った記憶はないので当然のようにそう言ったのだが……彼はまじまじと私の顔を見詰め、それから意味ありげに口の端をにやりと持ち上げた。


「……それはどうかな?」

「えっ?」


 何だろう、その意味深な言葉は。それではまるで彼の前で私が笑ったことがあるみたいではないか。誓って言うがそんな記憶はない。だからこれはきっとハッタリに違いないというのに、なんだか落ち着かないような気持ちにさせられる。


「そっ、そんなこと言って、私を動揺させようとしても無駄なんですからね」

「そうだね、うん、そういうことにしておこうか」


 何だか軽くあしらわれた気がする。いや、これはハッタリなんだから何も気にすることはないのだ。うん。

 生前からの鉄面皮を剥がせるものなら剥がせばいいと、つんと顔を背ける。きっと出来ないに違いないのだから。


「……フラン、僕を見て」

「仕方ありませんね」


 ダンスのパートナーから目を逸らすのも、あまり良くないのだろう。ならばとベルトランの顔を再度見上げ、私は思わず絶句した。


「なっ、なんっ……」


 何て甘い顔で私を見るのだろう。私と踊ることが出来て嬉しいと、全霊で訴えるような蕩けるような笑み。一体何で、どうしてこんな顔を私に向けるのか。止めて欲しい、苦しくなる。

 だって私には、同じ顔を向けることなんて出来やしないのだから。


「……君が来年、僕と同じ学校に入学するのを、楽しみにしてる」

「はい……」


 その囁きと同時に曲が終わり、私とベルトランは手を繋いで招待客に一礼した。すると周囲から大きな拍手が沸き起こり、後は踊るなり食事や談笑を楽しむなり、といった時間になる。

 それでは一度休憩を入れようかな、とホールから離れようとしたところで、今度は黒の礼服が私の前に現れた。


「フランシーヌ嬢、次は俺と是非とも一曲お願いしたい」

「ええ、光栄ですわマクシミリアン殿下。喜んで」


 一国の王子からの誘いを断る選択肢など無論ある筈もない。しずしずとその手を取り、丁度流れ始めた曲に合わせてステップを踏む。

 それにしても緊張する。粗相の無いようにしなければと思っていたが、殿下のリードも相当に巧みであった。流石に王子となるとこんなこともそつなくこなせるのだろう。

 正確で無駄のないステップに身を委ねながら考えていると、マクシミリアン殿下がふと苦笑するような声を漏らした。


「……やはり、ベルトランのようには行かないか」

「いえ、殿下のリードも大変お上手ですよ」


 そう返すと殿下は小さく噴き出した。


「ふふ、それは光栄なことだな。何、俺にはサフランがいるから、何も案ずることはない」

「サフラン、と言いますと」

「俺の竜だ。美しいだろう? いずれ、伴侶にと望んでいる」

「殿下を乗せてきたあの竜ですか……」


 友となった竜は、いつしか伴侶になる可能性がある。魔力が高ければ高いほど、その可能性は上がるそうだ。殿下の魔力は相当に高い。次の王は彼だと囁かれるほどに。

 そして王族が竜を伴侶にする、その意味と言えば……。


「殿下は、王になるのですね」

「ああ、だがしかし、俺はサフランも愛している。そうでなくは、やつも応えてはくれないからな」


 王になりたいから竜を伴侶にするのではなく、竜を心の底から愛したものでなければ、王にはなれない。計算ずくで共に生きてくれるような生き物ではない彼らの気高さに、憧れる。


「殿下ならばきっと、善き王になれるかと」

「そうだと良いがな……サフランもまだまだ、その気は無いようだ」

「いつか、想いが通じると良いですね」


 そう告げたところで曲が終わり、今度こそと休憩に入るとすぐにベルトランがやって来た。


「殿下と何を話してたんだい?」

「殿下とサフランの惚気話、ですかね」


 ドラゴンには性別はないので、こちらが男だろうが女だろうが子を産むのに支障はない。野生で番となる竜も、どちらがどうでも卵を産むそうだ。なんとも神秘的な生き物である、ドラゴンというのは。


「なるほどね、僕もたまに聞かされる」

「ベルンも、でしたか」


 給仕からジュースを受け取り、会場の端へ。ふと気が付けば、来年入学する貴族の子女が殿下のダンスのパートナーになろうと群がっているのが見えた。


「……あれは、殿下を狙ってるのでしょうか」

「いいやぁ、多分単純にお近づきになりたいんじゃないかな? 初めての社交場で、舞い上がってる子も多いだろうし」

「なるほど」


 次期王と噂されている王族にアピールするのは逆に失策である。竜との恋路を邪魔したとして、処分されることだってあり得るのだから。そういうものを含まないのだとしても、王族とダンスが出来た、というのはやはり嬉しいのだろうなと、冷たいジュースで喉を潤しながら一人で納得する。

 視線の先ではマクシミリアン殿下が、次々とやってくる令嬢相手に涼しげな顔でダンスに応じていた。


「私には出来そうにありませんね」

「まぁ、無理にする必要もないし」


 などと言ってたら、また別の貴族の子女がこちらへとやってくる。聞けば来年こそ入学であるものの、まだ誕生日を迎えていないため、踊ることが出来ないとのことだった。

 なるほど、それで私達と話をしようとこちらに来たのだな。


「あの、先程のベルトラン様とのダンス、とても素敵でした……凄く息もぴったりで、流石婚約者同士だなって……」

「ありがとうございます。そう見えていたなら、嬉しく思いますわ」

「そのお召し物もとても素敵……そのティアラ、虹色鋼でいらっしゃいますでしょう? ドラゴテイルの職人の……滅多に見られない細工物ですので、つい見とれてしまいましたわ」

「え、ええとこれ……ベルトラン様からの誕生日プレゼントですのよ。お褒めくださり光栄ですわ」

「まぁ、ベルトラン様からの!」

「素晴らしいですわ、愛を感じますわ」


 とたんにきゃあきゃあと令嬢達から歓声が上がる。なんだか恥ずかしいなと少し照れてしまう。


「フランシーヌ様がうらやましいですわ。あたくしにも、素敵な婚約者が現れないかしら……」

「ええ、やはり憧れてしまいますわね、お二人を見ていると……」


 最近知ったのだが、幼いと言ってよい時分から婚約を結んだ私達は、貴族の間でかなり話題になっていたらしい。そして今日が誕生日としてパーティーを開いたことから、その話題の令嬢を何としてでも見ようとこうして集まったようだ。

 道理でやたらと出席率が良いわけだと、ちょっとだけ遠い目になった。


「あたくし達、来年、フランシーヌ様と同じ授業を受けるの楽しみにしてますわね」

「ええ、ごきげんよう」


 令嬢達が去っていくと今度は、令息達から挨拶を受けたりダンスに誘われたり。……ベルトランや殿下程、上手い子達はいなかった。

 大人の招待客とも話をしたりした。概ね十歳とは思えない程に落ち着いていると誉められたが、精神年齢で言えばもう四十に手が届く頃なので、さもありなん、という感じだ。ただ、肉体年齢に精神が引っ張られているのか、以前よりも思考が子どもっぽい気はしている。

 余興として呼んだ大道芸人達がステージで見世物を披露するのは、それなりに盛り上がってくれた。

 そうこうしているうちに夜が更け始め、招待客も帰り始める。概ね満足された様子で、笑顔を向けてくれる人が殆どだった。

 やがて全ての招待客が帰り、静かになった庭を前に私は漸く一息吐いた。


「……ふぅ」

「お疲れ様フラン。パーティー、大成功だったね」

「ええ、ありがとうございます。ですが、色々とお父様やお母様、実際に動いてくれた使用人達のおかげですよ」

「変なところで謙虚だねフランは。こういう時は胸を張って良いのに」


 ベルトランがさりげない仕草で私を室内へと案内し、ソファーを進めて紅茶を持たせる。ううん、なんという身のこなし、と思わずまじまじ見てしまった。


「これでフランも社交デビュー、か」

「……そうですね」


 この世界では、十歳の誕生日パーティーを区切りとして社交デビューとなる。魔法の行使やドラゴンを友とするなど、出来ることが増える代わりに責任も増える。

 正直言って人付き合いは苦手なので、相当に気が重い。愛想笑い一つ出来ない女に社交が勤まるのか、というのも果てしなく疑問である。

 今まではパーティーの類いはベルトランの誕生日パーティー以外は出なかったのだが、これからはそうも行かないだろう。少し、不安だ。


「そんな不安にならなくても良いよ。僕が付いてる。安心して、フラン」

「ベルン……そう言ってもらえると、心強いですね」


 私の隣に腰掛けたベルトランが、私の手をそっと握ってくれる。励まされたような気持ちで、ぐっと楽になった。

 そんなことをしてると、お母様とお父様が連れ立って室内へと入ってくる。


「あらあら、すっかり仲良しね二人とも」

「ああ、これなら将来も安泰だな」


 ニコニコと嬉しそうに笑う二人を前に、急に恥ずかしくなってくる。そっと握られてる手を振り払おうとしたのだが、ベルトランがそれを許さなかった。


「ええ、任せてください。必ずフランと共に、この公爵家を立派に継いでみせますから」

「頼もしいお婿さんだわ。ねっ、フラン」

「そ、そうですね……本当に、そう思いますわ、ええ……」


 親バカ二人の笑顔を前に、私はそう言って頷くのが精一杯であった。まぁ、彼らが嬉しそうなら良いかと、そっと肩の力を抜く。

 こうして、私の誕生日の夜は更けていくのであった。

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