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06.十歳の誕生日【前編】




 ――ベルトランが学園に入学してから数ヶ月が経過した。

 入学前の彼の予告通り、光の日になる度に私の家に突撃してくるので、ほんの少しだけ覚えていた寂しさはすぐに消え失せた。

 むしろ鬱陶しいので朝から入り浸るのはやめていただきたい。

 おまけにドラゴンと友になったのだと自慢げに青い竜にのって来られたのを見て、これまた少々イラッとした。その前までは自分の執事のドラゴンに乗せてもらっていたくせに!


 十歳になり、学園に入学してから習う最も大きな事柄は、魔法の扱い方とドラゴンの乗り方である。自分と同じ属性で尚且つ魔力の質の合う、気が合うドラゴンを探しだし友となり、背にのることを了承してもらう。

 口で言うだけならば簡単だが、やってみるとこれが意外に難しい。なんせドラゴンは非常に気位が高く、気難しい生き物だ。いくら彼らがこちらに友好的であると言っても、そうほいほい背中に乗せてくれるほど気安くはないのだ。

 なのでまずはドラゴンと意思疎通が出来るようになる魔法を習う必要がある。それから友となってくれるドラゴンを探し、ゆっくりと時間をかけて仲を深め、背に乗ることを承諾してもらえるまでは、個人差もあるがだいたい一ヶ月から三ヶ月。長いと半年かかることも有るのだとか。どれだけ交渉が下手なんだろう、逆に興味深い。


 しかしベルトランは学園に入学して最初の光の日に、ドラゴンの背に乗って私に会いに来たのだ。まぁ確かに、ドラゴンと話が出来るようになる魔法は無属性だから最初に習う魔法ではあるのだけどでも、早すぎる……!

 絶句する私に、ベルトランは当然だろう、と言いたげに笑みを向けてくる。


「サフィーと僕は、僕が産まれた時からの友だからね。魔法を習ったその日のうちにサフィーに聞いて、サフィーがもちろん、と答えて終わり。あっという間だったよ」

「そうですか……ベルンが産まれた時からの……」


 なるほど、と納得する。貴族の、それも公爵家の庭となれば広く、竜が棲み着くことだって可能だ。そして言葉が通じないからと言って、友となれないと決め付けるのは確かに早計だっただろう。ある意味準備万端だったんだな、とベルンの友である青い竜――サフィーを見上げて思ったのだった。



 そんなことを思い返しつつも、私はこの日朝から大忙しだった。


「お嬢様、こちらにもプレゼントが届いてます」

「ええ、送り主を控えておいてちょうだい」

「お嬢様、こちら本日の出席者リストです」

「分かったわ、もう目を通してあるからアリアに渡しておいて」

「お嬢様、料理の準備、間もなく完了します」

「ええ、ありがとう。抜かりはないわね?」


 何故かと言えば、今日が私の十歳の誕生日だからである。

 竜心の月、十日。前世の基準で言うなら七月くらいに当たる。ただ、この世界に四季はないので夏だ、暑いということはまるでないのだけど。

 ここ、『ドラゴアース』にとって十歳の誕生日というのは大きな意味を持っている。魔力の暴走などによる事故もなく、無事にこの年齢まで生きてくれたと盛大に祝うのだ。特に貴族の子どもは魔力が強いので、暴走による死因が最も多い。

 その上王族ともなると、四属性を身に宿して産まれて来た時点でいつ爆発するかも分からない爆弾も同然である。下手に暴走でもしたら、周囲を更地にしかねない。

 よって、貴族は殊更に、無事に十歳となったこの日を祝うのだ。

 貴族の子どもが学園に入学するまで屋敷から殆ど出歩かないのもこの辺りが関係している。下手に子ども同士で交流を持たせて、感情を爆発させるようなことがあれば大変だ、という思いが有るのだろう。

 それを踏まえると、八歳と九歳でお見合いをした私とベルトランは例外ということになるのだろうか。だけど私もベルトランもそこいらの子どもよりは落ち着いているし、それで大丈夫だろうと踏んだのだと思う。


 閑話休題。


 ということで、十歳になった貴族の子どもは自分が主催となってパーティーを開く。国内でも親交の深い家を中心に、自分と同じ生まれ年の子どもがいる家を招待し、催しの内容や料理の手配などを取り仕切るのだ。親にサポートを受けながら。

 と、言うわけで祝われる立場の筈の私は朝からとても忙しくしていた。

 これは言わば将来への布石。ここで来年入学する同い年の貴族の子と顔を繋ぎ、入学した先でも付き合いをするための――!

 と必死になって最終チェックをする私の下に、コレットが待ちわびた報せを持ってくる。


「お嬢様、ベルトラン様の竜が見えました」

「すぐに迎えに行くわ!」


 もう来たのか、と胸を弾ませながら屋敷の外へと向かう。

 今日はガーデンパーティーでの立食形式だから、門のところで来賓を迎えるのだ。

 ドレスを翻しながら庭に出て、いつもベルトランが来る方角へと目を向け――私は、掛けている眼鏡がずり落ちるかと思った。


「ねぇ……ベルンの竜の他にもう一頭、見えるのだけど」

「見えますね……見事な黄金竜が……」

「ベルンの護衛に、あんな黄金竜の友となるような人、居なかったわよね……?」

「はい……と言うか、黄金竜を友とするような方は、公爵の護衛や執事という身分には収まらないかと……」


 見間違いだろうかと眼鏡を一度取り外し、かけ直してまたもそちらの方角を見る。……やはり何度見ても、黄金の竜は消えないようだ。

 光属性の竜と友となれるような人間なんて、そう多くはない。貴族でも金髪は珍しいのだ。となるとまさか……と顔から血の気が引いていく。そうでないと思いたかったが、なんというか、予感があった。

 近づくにつれ、ふわり、と広がる長く伸ばした金髪が目に入る。前髪の一部だけ染まった黒髪も。その下にある、赤と青のヘテロクロミアを嵌め込んだ、一部の隙もない美貌と黒の礼服。黄金の竜を当たり前のように乗りこなしながら、我が国が誇る第一王子、マクシミリアン殿下がエルヴィス公爵家の前へと降り立った。


「フラン? ねぇフラン、どうして婚約者である僕じゃなくて、殿下の方ばかり見てるのかな。大事な婚約者を放置すると、僕泣くよ?」

「……すいません、あまりに驚いたものでして」

「ははは、無理もないだろう。俺が来ることなど知らなかったのだからな。久しいな、フランシーヌ嬢。昨年、俺の誕生日パーティーに祝いを述べた時以来か」

「……覚えていていただき光栄です、マクシミリアン殿下。まさか私のようなもののためにご足労いただけるとは思わず、醜態を晒したこと、お詫び申し上げます」


 スカートの端を摘まみ、丁寧に頭を下げる。と、殿下は少しだけ笑ったようだった。


「我が友、ベルトランの婚約者の十歳の誕生日パーティーと聞けばな。せっかくだから祝ってやろうとこうして飛んで来た次第だ」


 正に文字通り、である。いくらうちが公爵家だからって、一国の王子が誕生日祝いにわざわざ来るなどまず有り得ない。何を考えてるんだこの王子、と言うか婚約者は。わざわざ来させたのかと、ベルトランを睨む。


「うん? いや、確かに今日がフランの誕生日って教えたのは僕だが、殿下を誘ってはいないよ。俺もパーティーに行くって言われて、驚いたのは僕も同じだからね」

「……何故、わざわざ殿下が?」


 王族が一貴族の誕生日祝いに来るなど、それこそ身内でなければ有り得ない。何となく警戒心を強める私に、殿下はふっと目を細めた。


「一桁の年齢で婚約を結ぶ貴族なぞ滅多に居ないからな。どうせなら顔を見てやろうかと思ったが……覚えてるぞ、その鉄面皮。俺に祝いを述べておいて、最後までにこりともしなかったのはお前位だったからな、印象的だった」

「……………………………………本当に覚えておいででしたか」


 絶対に社交辞令だと思っていたのだが。そしてそんな理由で見に来られる私は珍獣か何かだろうか。

 そんな私の動揺を正確に汲み取ったのか、殿下が可笑しそうに口の端を持ち上げる。


「俺の記憶力を甘く見るなよ。王族として、この国の貴族は全員頭に入っている」

「流石ですね、殿下」


『王者の国』と呼ばれるだけあって、ドラゴハートの貴族は大陸で一番多い。竜の数もとても多い。領地を持たない下級貴族も含めると、ざっと五百くらいだったか。他の国がだいたい百~二百前後と言えば、その多さも分かるだろうか。


「それにしてもお前は度胸があるな。俺を前にして、ここまで動揺を見せないとは」

「驚いてます、これでも」


 感情が表情に出にくいだけです、と澄ました態度を取る。私の侍女であるコレットは、隣で死にそうな顔をしてるが。


「そう言えばそうだったな。俺としてはお前のような女は興味深いが……」

「殿下、僕の婚約者を口説かないでもらえますか」


 と、ここでベルトランが割って入る。ほぼ確実にからかわれていただけだと私は思うのだけど。

 案の定殿下が口元でどことなく勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ほらやっぱり、と内心で呆れていると、誰かに聞いたのかのかお母様が屋敷の方から駆けてきた。


「あらあらマクシミリアン殿下、ようこそお出でくださいました。よろしければ是非、パーティーにご出席くださいな」

「良いのかエルヴィス公爵殿。俺は招待されてなどいないが」

「とんでもございませんわ。殿下をみすみす帰したとあれば我が公爵家の名折れ。ささ是非ともこちらへ。精一杯の持て成しをさせていただきますわ」

「ふむ、ではその申し出、ありがたく受けよう」


 お母様が殿下を連れ、屋敷へと案内する。その後ろ姿を見送りながら、私はベルトランへと小声で尋ねる。


「ベルン、いつの間に殿下と仲良くなっていたんですか」

「成績優秀なもの同士としてペアを組むことが多くなって気が付いたら」

「……ライバル、ということですか?」

「まぁ、そういう側面も無くはないけど、一番大きいのは話が合うから、だねやっぱり。会話が通じない相手を、僕も殿下も好きになることはないから」

「ああ、なるほど……」


 やっぱり、と言うべきだろうか。でも、他に友達って居ないのかなと思わず考え込んだ私の横で、ベルトランがどこか焦ったような声を出す。


「言っておくけど、友人は殿下だけじゃないからね? ここには来ていないだけで」

「あ、そうなんですね。ところで、いつまでもここに居るのも難ですし、控え室に行きましょうか」


 と漸く彼を誘う。彼らを乗せてきたドラゴンは基本的に放置である。帰る時まではそこら辺で自由にしているだろうし。


「そうだね、僕は婚約者として、フランをエスコートする必要があるし」

「はい、よろしくお願いします」


 頷いて彼を案内しようとしたが、その前に腕を引かれて耳元へと顔を寄せられる。


「その前に……誕生日おめでとう、フラン。本当は顔を見たその時に言いたかったんだけど、君が殿下にばかり気を取られているものだから、なかなか言い出せなかったんだ」

「あ、ありがとうございます」


 しまったそれは気まずい、と内心で冷や汗を掻いてると、ふっとベルトランが目を細めた。


「それからその白いドレスも素敵だね……よく似合ってる」

「は、はい……その、ベルンのその紺色の礼服も……とてもかっこいいですよ」


 十歳の誕生日に着るのは、白のドレスまたは礼服であるとの決まりがある。

 これは、この歳を一つの区切りとして新たに生まれ直し、真っ白な装いでそれを表明するのだとか。平民の子も、この日に着るのは白い服らしい。それだけ、この日を『ドラゴアース』の住民は大事にしてるのだ。

 私のドレスは白を基調としながらも、縁や胸元などには金の刺繍がなされ、サファイアのブローチとペリドットのイヤリングを装飾品としている。

 ベルトランの礼服は、詰め襟の形で色は紺を基調としている。肩には金モールの装飾と、飾りボタンはくるみ色で、手首のカフスにはブルートパーズを使用している。長く伸ばした髪をうなじの辺りで黒のリボンで一つに括っていた。

 さりげなく婚約者の色を纏う私に気が付いたのか、ベルトランが嬉しそうに目を細める。それから、執事が自然な動作で自分へと持たせた小箱をすっと私へと差し出してくる。


「これは、フランへの誕生日プレゼントだよ。どうかこれを身に付けて、僕にエスコートされてくれないかな」

「はい……えっと、開けますね」


 ベルトランからのプレゼント。今年は何だろうかとどきどきしながら箱を開ける。そうして開いた中にあったのは、繊細な細工が成された白銀のティアラだった。


「わぁ……とても素敵です、ありがとうございます、ベルン」


 下手に触れたら壊れてしまいそうで、恐る恐る持ち上げ、まじまじと見つめる。

 植物の蔦が複雑に絡み合い、花を咲かせ一つの絵画を描くそれは大変に見事な出来映えで、職人と芸術の国『ドラゴテイル』で作られたものだと言うのは一目で分かる。

 光を透かしながら七色に輝くそれの材質は間違いなく、『虹色鋼』だろう。金属の一種ではあるが加工が大変難しく、また大変に希少な代物でもある。どうかするとこれだけで屋敷の一件も買えてしまいそうだ。


「どう、気に入ってくれた?」

「あ、いえその……私にはもったいないのでは、と」


 震える私の手からベルトランがそっとティアラを取り上げ、頭の上へと乗せる。それに彼は実に満足そうに二度ほど頷いた。


「そんなことないよ、とても似合ってる。凄く綺麗だ、フラン」

「……そう、ですかね」


 か、顔が、近いんですけど! ちょっと待って欲しい、なんだか凄く恥ずかしい。顔が熱い。こういう事態にはまるで免疫がないので、離れて欲しい。切実に。今すぐに。

 た、たかが十一歳の男の子とは思えない。色気が有りすぎる……!

 あわあわする私を前に黄金の瞳が実に愉しそうに眇められ、それからすっと離れる。


「真っ赤なフランも可愛いけど、そろそろ怒られそうだから……案内してくれる? フラン」

「…………………………………………はい」


 私を一通りからかって満足したのか、一気に上機嫌になったベルトランを前に、私は言い知れぬ敗北感を覚えたのだった……。

長くなったので、分けます。

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