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05.まだもう少しだけここに




 それからしばらくは、いつも通りの日々が続いた。

 両親からベルトランと喧嘩でもしたのかと聞かれたが、そういうんじゃないと返答した。

 気を遣ったのかベルトランは二日ほど姿を見せなかったが、次に顔を出した時は普段と同じように遊びに誘われたのでホッとした。ただ、お詫びも兼ねてその時は知恵比べなしで遊びに応じたらかなり驚かれたけど。

 その日はうちの庭に集う小型のドラゴンを交えての鬼ごっこをして遊んだ。この世界のドラゴンの大半、特に人里に降りてくるようなのは人間に友好的だ。だからこうして、人間の子どもの遊びにも付き合ってくれる。

 それからも、彼は変わることなく私の家に遊びに来た。知恵比べをし、共に本を読み、庭で遊び、時には私の方から彼の邸宅へと赴くこともあった。


 私は相も変わらず無表情のままであったけど……それでも、彼といるときは安らいだ気持ちになっていた。


(……ベルトランが彼に似ているのって)


 私に負けず劣らずの能力を持った、肉体年齢はさておいて、前世の年齢と合わせれば年下の男の子。それでいて、時折ひどく大人っぽく見える。そういったところであろうか。

 ……悪くない。うん、それはなんだかとても……悪くない。

 彼とは結局育むことはなかった淡い気持ちを、ベルトラン相手ならもっと確かなものに出来るだろうか。そんな風に感じ始めて、数ヶ月経った頃。


「……来月には、いよいよ初等部に入学か」

「そうですね……」


 青空の下でのお茶会だったが、ベルトランは少しばかり憂鬱そうな表情で紅茶を口に運んでいた。それは何故かと言えば、


「初等部で教わるような内容なんてもうとっくの昔に終わらせたぞ……楽しみなのは魔法学とドラゴンの操縦の仕方くらいだ……フランにも以前のようには会えなくなるし……!」


 というようなものであった。


「ですが、同じ年代の子どもとの交流も大事ですよ。ほら、我々貴族は学園に通うまでは領地からは殆ど出ず、領民との交遊もあまりないではありませんか。なのであまり悲観しないで、友達もたくさん出来ますし」


 我ながらお前が言うな、と思う言葉をつらつらと吐き出し、懸命に彼を慰める。しかしそれでも彼はやや浮かない顔で、小さくため息を吐き出した。


 この世界の子どもは、十歳から学校に通うことになっている。平民も貴族も分け隔てなく、一つの学舎で授業を受けるのだ。

 平民の子はこの先生きていくに当たって最低限は必要となる読み書きと魔法の知識、それから技術を。貴族の子はそれに加えて同世代の人間との接し方、ドラゴンとの友になる方法、並びに貴族社会における繋がりを得ることになる。

 貴族の子は、十歳になるまではそれこそ私のように婚約者を得るのでなければ、その時間の殆どを屋敷で過ごすことになる。その間何をするのかと言えば、人前に出るのに恥ずかしくないようマナーやダンスのレッスンそれから、もしもの時のための護身術と、男子であればより専門的な剣術や武術。屋敷の使用人を通じての上に立つものの心構えを教わることになる。

 無論私もベルトランも、これらをこなした上で私的な勉強や、互いの交流をしているのだ。


「まぁそうなのだけど……君ほど気が合う相手がいる気があまりしなくてね……。期待出来そうなのと言えば……僕と同じく来月入学する、マクシミリアン殿下くらいじゃないかな」

「ああ……それは確かに……」


 何ヵ月か前、マクシミリアン殿下の十歳の誕生日を祝う式典があった。その時に見たのは、輝く金の髪の中で前髪の一部が黒く染まり、瞳は右目が赤で左目が青のヘテロクロミア。つまり殿下は、光と闇、火と水の四属性をその身に宿していることが分かる。

 何で知ってるのかと言えば、貴族として殿下の前に出てお祝いの言葉を述べたからだ。平民ではこうは行かない。

 人間が持てる属性の数は生来の魔力量によって決まる。その中で、四つの属性持ちである殿下の魔力は私達よりも遥かに高いのだと伺い知れた。

 その上非常に有能であることから、彼こそはドラゴンと婚姻を結び次の王になるのではないかと言われている。


 ドラゴンについては、空を飛ぶために必要な風属性以外は己の持つ属性を極めていると聞くが。


 少し話が逸れたが、つまりベルトランは、自分の相手になるのなんて王族以外は居ないのではないかと言っているのである。なんという傲慢、と私は小さく噴き出した。


「……しかしですね、ベルン。始めからそう決めてかかるものではないと思いますよ。もしかしたら、思わぬライバルが現れるかもしれないじゃないですか」

「そうだと良いけどねぇ……」


 一瞬、『君、さっき賛同したじゃないか』と言いたげな視線を感じたが、スルーして紅茶を口にする。うん、今日の紅茶も美味しい。さすが我がエルヴィス家の誇るメイドである。

 ちなみに私は勉強や仕事以外のこととなるとまるでからっきしで、生前でも食事はコンビニ弁当外食もしくは社食で掃除や洗濯は最低限、といった生活だった。というわけで、これからも身の回りのことは我が家の優秀な使用人に全て任せる所存である。貴族万歳。

 まぁ、将来的な領地運営のこととなると少しくらいは前世で培った知識が役に立つのではないかなぁ、と思っていたりする。お母様は今のところ、まだまだそういったものには関わらせないつもりでいるようだけど。


「でもまぁ、やっと魔法を使っていい、となるとやっぱり楽しみだよ。理論は散々目にして来たけど、実際に使ってみるとなると別だもの」

「そうですね。私はまだ後一年ありますけど」

「全くだね……君の入学を、楽しみに待ってるよ」


 そう、この世界の子どもは、十歳になって学校に入学して初めて魔法を使うことが許されるのだ。なんでも、幼いころに魔法を使うと、魔力が暴走してしまって最悪辺りを更地にしてしまうことだってあり得るのだという。その暴走によるリスクを少しでも抑えるために、十歳という基準がもうけられたのだとか。それくらいの年頃になると、魔力を暴走させることも殆どなくなるとかで。

 そして、十歳になってから初の年明けとなる竜頭の月に入学し、三年間通ってからの竜尾の月に卒業となる。更に中等部、高等部と続き、貴族の子は九年間学校に通い、学ぶのが義務となる。平民の子はその限りでなく、大体が中等部卒業で働きに出る。

 ただ、高等部となるとより専門的で高度な学問となり、学費も高いので払えない、というケースが殆どのようだが。それなら実家の稼業なり何なり継いだ方がいい。と多くの平民は判断するそうだ。


「なかなか、生活しているなかでは実感しないものな。僕らが無意識に魔力を行使してるって」

「まぁ、確かにそうですが……この間、部屋の中で転んでクローゼットに頭をぶつけた時に実感しましたよ。まるで痛くなくて、驚きました」


 それもきっと、私達が無意識に使っている魔力の恩恵だと思うのだ。体内を駆け巡る純魔力によって、身体強化が働いたに違いない。そう言ってみると、ベルトランはどことなくこちらを憐れむような目で見て、首を振った。


「いやまぁ、多分合ってるとは思うけど……体内にある無属性の魔力って、そういう作用もあるし……でも、頭をぶつけて実感って、君」

「な、何か変でしょうか」

「変、と言うか……勉強以外となるとこう……よそ見しがちな君らしいなぁ、と言うか……」


 精一杯に言葉をオブラートに包もうとしているのを察し、私のこめかみに青筋が浮かぶ。この野郎、と口に出しかけ、紅茶とともにぐっと飲み込む。いけないいけない、淑女らしからぬ言葉遣いをしてしまうところだったわ。


「ベルン、はっきり言ってくれて良いですよ?」

「君って結構ドジだよね」

「分かってます!」


 はっきり言われたらそれはそれで腹が立つものだな、と感じながらクッキーを一枚口にして、ふと遠くを見た。王都、ドラゴハートの方向へ。

 ベルトランと婚約してから半年あまり。毎日のように顔を合わせていた生活が終わるのだ、と感じて不意に腹の底がヒヤリとするような感覚を味わった。


「……ベルン、入学してもどうかお元気で」

「はは、フランったらまるでもう会えないみたいなことを言うんだな。まぁ確かに毎日は無理だけど……それでも、なるべくフランの顔を見に来るよ。約束する」

「ええ、待ってます。でも、勉強の邪魔はしないでくださいね?」

「うーん、それは保証出来ないなぁ。だって君、いつ行っても勉強してるじゃないか」

「そうでしたっけ?」

「そうだとも。君が勉強終わるのを待ってたら、永久に遊べやしないじゃないか」

「あらあらそれは……失礼しました」


 澄まして答えて紅茶を一口。それから、フィナンシェを一個。もう少しで終わる日々を惜しむように、ゆっくりと味わって食べる。

 今だけはまだもう少し、この年下の男の子の隣にいたいと、願うように。


「そうだ、残念でしたね」

「……何が?」

「わたくしの笑顔を見たい、という願い……いえ目標でしたっけ? 入学前に必ず果たしてやる、と言ってましたが……達成出来そうにないので」

「うーん、それはどうかな?」

「あら、まだ諦めないおつもりでしたか。ベルンも案外往生際が……?」


 ……なんだろう、何か変だ。口に出せないけど何かが。そう、ベルトランの眼差しが、何だかさっきまでと違っているような?

 そう首を傾げていると、彼が小さく「……ま、気が付いていないなら良いけどね」と言ってるのが聞こえたが、何のことやら、とまたしても首を傾げる。

 そうしてると、ベルトランがふっと肩を竦めた。


「……まぁ、フランの笑顔はいつでも見たいからね。僕はこれからも挑戦していくつもりだよ」

「あら、そうなんですね。では、いつでもお待ちしてますわ」


 私の笑顔が見たいなんて、いつまで言ってるつもりかしらと呆れつつもビスケットを一枚。この世界の食べ物は、地球とあまり変わりがないからとても嬉しい。それでもたまに、見たこともないような食材が食卓に登ることもあるけど、基本的には美味しく食べられる。




 その日のお茶会は、いつもよりも少しだけ、終わるのが遅かった。




捕捉説明

この世界の暦は、一年を国と同じく竜の身体を12に分けた状態で現される。

竜頭の月から始まり、竜首、右翼、左翼、右腕、左腕、竜心、竜背りゅうはい、竜腹、右脚、左脚、そして竜尾の月の十二ヶ月。

それから属性となる光、風、火、水、土、闇の日で一週間。基本的に光の日は安息日として休みになる。それを五回繰り返して30日で一ヶ月。

一年間は360日。

国の名前はそれぞれ、

王者の国『ドラゴハート』

学問と研究の国『ドラゴヘッド』

狩猟と農業の国『ドラゴネック』

剣術と武術の国『ドラゴアーム』(右腕と左腕にそれぞれ別れている)

魔法と魔術の国『ドラゴウィング』(右翼、左翼に以下同文)

鉱山と鍛治の国『ドラゴバック』

富と宝石の国『ドラゴベリー』

漁業と畜産の国『ドラゴフット』(右脚、左脚にry)

職人と芸術の国『ドラゴテイル』

となっている。

四季というものはなく、基本的に一年中温暖な気候だが、竜背ドラゴバックの国の一部は高い山なので、そこに雪が降ることはあるが、基本的には降らない。

ということを本編にさりげなく入れたかったのですが、入りそうにないのでここで解説。



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