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04.私はショタコンじゃない





「フラン、遊びに来たぞ! 今日は新しい物語の本を持ってきたんだ!」

「ベルン、またですか……いつもいつも、勉強の邪魔はしないで、と言ってるでしょう」


 バン、とけたたましい音を立ててベルトランが私の勉強部屋へと突入してくる。

 婚約が本決まりになってから、彼は毎日のように私の家を訪問してはこうして遊びに連れ出そうとする。止めさせたいが、うちの両親も使用人も皆、彼がこうして遊びに来るのを歓迎している節があるのでそれも出来ない。

 なので私は毎回、勉強の最中に乱入されるという事態に陥っている。


「うーん、だけどなぁフラン、君が初等部どころか中等部に入るような勉強まで既に済ませていると聞いてるよ」

「はい、ですが知識は積み重ねるに越したことは有りませんから」

「僕は来年から学校に通わなければならないし、そうすると毎日遊びに来るのは難しくなる。だから今のうちにフランと思い切り遊びたいんだってば」

「結構です、お引き取りください」


 何度も繰り返したやり取りを経て、私とベルトランがにらみ合う。一瞬だけ、二人の間に火花が散り、彼の黄金の瞳が僅かに細められる。

 そして、おもむろにその口が開かれた。


「我が国家、『ドラゴハート』を中心として、この大陸は12の国に別れている。その中でドラゴハートの次に小さい国『ドラゴヘッド』これは別名何と呼ばれている?」

「楽勝だわ、『学問と研究の国』よ!」

「無論こんなのは小手調べというものだ。ではドラゴヘッドの中で最も研究が進んでいる分野は何だ?」

「決まっているわ、魔法よ」

「その通り。では最近、最もさかんに研究されている事柄はなんだ?」

「んっ……宝石に魔術を込めることは可能か、かしら?」

「知っていたか、当たり前だな。それでは、そのドラゴヘッドで採れる宝石の中で――」

「分かったわ、ラピスラズリでしょう! 最も魔術を込めるのに適した宝石!」

「いいや、残念だが不正解だ、フラン! 最後までちゃんと聞くべきだったな。ドラゴヘッドで採れる宝石の中で、最も稀少価値が高いものは何だ? 正解は……サファイアだ」

「な、なんですって……わたくしが……負けた……」

「ふふ、今回は僕の勝ちだったな、フラン。というわけでさぁ遊ぼう! 今日は天気が良いから、庭に出て僕と本を読もう!」

「くぅぅ、惜しかった……!」


 悔しさに歯ぎしりする私に、ベルトランが手を差し出す。仕方ないなとその手を取り、庭へとエスコートされる。そうして木陰に設えられたベンチへと腰を下ろし、ベルトランが膝の上に本を広げるのを二人で覗き込む。


 あのお見合いの日から約一ヶ月が過ぎた。その日からベルトラン……ベルンは、私を笑わせようとしてるのかほぼ毎日のように襲撃し、遊びへと誘おうとする。

 勉強の邪魔だから帰って欲しいと言っても聞いてくれず、その上終わりを待っていたら日が暮れてしまうと文句を言われた。ぶっちゃけ事実その通りなので何も言えない。

 それでも、と渋っていたら何と勝負を持ちかけられたのだ。ベルトランが問題を五問出し、私がそれに全問正解したら私の勝ち。一問でも間違えたら私の負け。勉強が得意なんだからそれくらい楽勝だろうと挑発され私は思いきりそれにのっかり……結果で言えば五分五分である。

 しかし今日は、焦って勝ちを急いでしまったが故の敗北だった。ちゃんと最後まで聞いてたら確実に正解していた筈なのに。悔しい。


「フランは素直だからね。案外引っ掛け問題には弱いところがあるよね」

「……そうですね」


 思えばあの後輩も、仕事の息抜きと称して軽い知恵比べを挑んで来ることがあった。そんなところも、やっぱり少し、彼に似ている。


(……先輩って、案外素直なんですね)


 引っ掛け問題についうっかり引っ掛かり、そんなことを言われた記憶がふと(よみがえ)る。私をそう評価するのなんて彼くらいだと思っていたのに、どうやらここにも居たらしいと変な感慨に耽っていると、ぐい、と肩に手を回された。


「……フラン、ちっとも本に集中してないでしょ。今日のは『ドラゴヘッドの英雄』って呼ばれてる人の伝記みたいなものだけど……こういうの、好きではなかったかい?」

「あ、いえ決してそんなことは……すいません」


 だから今日の問題のテーマがドラゴヘッドだったのか、と思いつつ本に目を落とす。じっくりと読み進めれば、その男の人生がゆっくりと浮かび上がってくる。

 この世界は、度々異世界からの侵略者が来訪するらしい。『ドラゴアース』にある十二の国家はそれぞれ仲が良く、戦争などがまず起きない代わりに、異世界から水と緑と豊かな恵みをもたらす大地を求めて力ずくで手に入れようとするものが後を絶たないのだとか。

 そして、かつて最大規模で起きた異世界からの侵略戦争。それに勝利をもたらしたのはある一人の男だった。

 男はかつてない程に激しい攻撃を繰り出す異世界の敵に、思いもよらない作戦をいくつも立てて最終的には彼らを追い払ったのだと伝えられている。その強さにドラゴンですら恭順の意を示し、とある一頭のドラゴンを伴侶としたことから貴族の地位を与えられ、生涯を終えたのだとか。


「……凄いですね、この英雄って人」

「ああ、しかしねその人、一説には異世界人じゃないかって言われてるんだ」

「異世界、人……?」


 思わぬ単語に心臓が跳ねた。まさか私と同じように、この世界に生まれ変わった人が居たのか、と思わずベルトランを見詰めてしまう。


「そう、金髪に青い目だったが、不思議なことに魔力は殆ど……一般的な平民にも満たないくらいで、髪も短く、何より最初は言葉が通じなかったそうだよ。だから、時空の裂け目から落ちてきた異世界の人間だったんじゃないかって伝えられている。彼と竜との間に産まれた子どもも、金髪はおらず、そのドラゴンの特徴であった赤い髪だったそうだ」

「なるほど……そういったことは、よくあることなんですか?」


 私が、日本という異世界から生まれ変わったように。


「事例は少ないけど、決してない話ではないそうだよ。度々、この世界が異世界からの侵略者に脅かされることも関係しているんだろう」

「そうなん、ですね……」

「フラン? どうしたんだい顔色が悪いよ」

「いえ……大丈夫です、少し驚いてしまっただけで」


 心配かけまいと取り繕おうとして、失敗する。頬に手を掛けられ、眉をひそめられた。


「……僕の前で、強がらなくていい。きっと少し風に当たりすぎたんだよ。今日はもう、屋敷に戻って休もう」

「……はい」


 優しいな、この人は。時々、本当に九歳かと思う程にびっくりするくらい大人びた表情を見せる。私の部屋に突撃して来るときはあんなに、年相応に子どもっぽい顔をするのに。


 読み終えた本を小脇に抱え、ベルトランが私に手を伸ばしてくる。その手を取って屋敷に戻る最中にふと、この人が私の旦那様だったら、私も幸せになれるんじゃないかなんていう思いが脳裏を過った。


「~~~~!」


 瞬間、脳が沸騰したように熱くなる。何を考えているんだ私は。いや、確かにこの人は婚約者だけどでも!


「ど、どうしたんだフラン……今度は顔が真っ赤だけど……」


 ベルトランが、心配したように私の顔を覗き込んでくる。子どもながら整った顔が目の前に迫り、私は泡を食って後退する。


(こ、この子はまだ九歳で! 私の身体は八歳だけど中身は大人で! ええとだからつまりその……)


 前世で交際経験ゼロだったことから私は異性に免疫がまるでない。とは言え動揺しすぎだとは思うが、この時の私はパニックになって気が付けばベルトランの手を振り払ってしまっていた。


「わ、わわわわわわ、わたくし、気分が悪いようなので失礼します!」


 辛うじてそれだけは口にし、全力疾走で自分の部屋へと駆けていく。後からベルトランが何か叫んでいたようだったが、聞こえないふりをして自室へと飛び込んだ。

 使用人も誰も居ないのを確認し、内側から鍵をかけてずるずるとその場にへたりこんだ。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 心臓が、ただ走ったからではなくばくばく言ってる。汗をかいた身体が少し気持ち悪いが、今はとにかく一人になりたかった。

 その理由は……


「私、私は……ショタコンじゃない……!」


 ベルトランの将来が有望なのは間違いない。かといってあんな子どもにときめいたなんて、断じて認めるわけにはいかなかった。


「大丈夫……ちょっと動揺しただけよ……異世界人とかそういうのを聞いたから、ついつい自分に重ねてしまっただけ……それだけなんだから」


 心臓を抑え、自分に言い聞かせる。だから次に会った時は大丈夫。いつも通りにベルトランと向き合える。きっと、その筈なのだから。




主人公、何かに目覚める。

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