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03.愛想笑いは嫌いです





 私達が目的地である庭園に着いた時、先方はもう待っているとのことだった。遅れたのかと一瞬思ったけど時間通りだったし、向こうが招待したのだから先に着いて準備しているのは当たり前だとのことだった。

 そういうものかと納得してアランの背から降りたところで、私達の後を追ってきた護衛の騎士や侍女達がドラゴンの背に乗って次々と舞い降りてくる。


「奥様……あれほど先には行かないで下さいと申しましたのに」

「あら私は知らないわ。アランの速さに追い付けない貴方達がいけないのでなくて?」


 ジト目で抗議を送る使用人達のそれを一蹴し、お母様が優雅に扇を広げる。その返答は予想していたのか、彼らは疲れたように一度息を吐き、それから改めてこちらの身だしなみを点検してくる。

 いくらドラゴンによる風の結界で守られていたからと言っても、多少の乱れはやはり生じてしまうものである。ぱたぱたとドレスのシワを戻して髪飾りを簡単に整え、もう一度全体を見直して満足行ったところで、漸く送り出されることとなった。


「それでは行きましょうか、フランシーヌ」

「ええ、お母様」


 メイドが私達にさっと日傘を差し出す。それをありがたく受けながら、お母様と手を繋いでしずしずと前に進んでいく。

 やがて庭園の一角にあるガゼボの下に用意されたお茶会の準備と思われるテーブルとティーセット、それから私達を待ち受ける人々の姿が見え、知らず息を飲み、思わずきゅっとお母様の手を握り締めてしまう。


「大丈夫よフラン。怖いことなんて一つもないのだから」


 お母様が安心させるように私に笑いかけてくださり、私は一度こくりと頷いてまた足を進める。私達を待って佇む、目にも鮮やかな緑の髪を持った女性と、海を思わせる深い青の髪を持った少年が見える。しかも少年の髪は、一房が鮮やかに緑に染まっていた。そのことから、遠目にも彼が恐らく三つの属性を身に宿していることが伺える。

 最も強い適性は水。それから風。後は瞳の色が知れたら……と思いつつ少年の顔を見て、どくりと心臓が高鳴った。まるで、太陽をその瞳に溶かしたかのような金の双眸が私を見ている。それを受け取り、私は思わず彼の目をまじまじと見詰めてしまっていた。

 あれは彼が光属性の魔力の持ち主であることも示している。そして三属性を身に宿すとなれば、彼の魔力は相当に強いのだろう。彼が私の婚約者候補であるのは間違いない。なんだかどきどきしてきた。

 やがて彼らの前へと到着し、まずお母様が名乗りを上げた。


「ご機嫌よう、グリエット公爵夫人。並びにご子息であるベルトラン様。この度はお招きいただき光栄に思います。私、エルヴィユ公爵家当主オルタンスでございます。我が娘、フランシーヌとの縁談、誠に嬉しく思いますわ」


 丁寧にスカートの端を摘まみ、頭を下げ美しく微笑む。お母様の真似をして、私もスカートを持ち上げそっと頭を下げた。


「初めまして、わたくし、フランシーヌ=エルヴィユと申します。お招きいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いしますわ」


 相変わらずの無表情であったがなんとか挨拶を済ませ、改めて婚約者となる少年の顔を見る。


「いえいえこちらこそ、ご招待に応じてくださり誠にありがたく思いますわ。ワタクシ、エレオノール=グリエットと申します。出来ましたら、今後末長くお付き合いしたいと思ってますのよ」


 公爵夫人が名乗るのを聞きながら、私は目の前の少年の顔に釘付けになっていた。その理由はと言えば……


(ああ、"彼"だ……)


 何故かは分からないが一瞬そんな感じがした。顔も体格も何もかも全くと言って良いほど似てないのに、どうしてかこの少年は、私が前世で一時期面倒を見ていた後輩の彼を思わせる。


「初めまして、フランシーヌ=エルヴィユ嬢。わたしはベルトラン=グリエットだ。どうぞよろしく」


 にこり、と笑ってこちらを見る彼――ベルトランの顔は驚く程整っている。まだ子ども故にあどけなさを色濃く映しているが、成長すればさぞや周囲から騒がれることだろう。それだけに、私は目の前の彼がこんな笑顔を浮かべていることがどうしても許せなかった。

 生前、数少ない友人に頼まれて何回か合コンなるものに参加したことがある。その時に参加していた彼らが私に向けた、明らかに場違いだと言いたげな愛想笑い。私はそれがどうしても嫌で、いつも適当に切り上げて帰って来たものである。

 その、大嫌いな愛想笑いを目の前の少年が浮かべている。あの後輩ではないが、どこか後輩を思わせるような面差しをした少年が。それがどうしても許せなくてなんだか胸がムカムカして来て、私は気が付けば彼に向かって口を開いていた。


「……嫌な笑顔ですね」

「はい?」


 何を言ってるのだ、とベルトランが一瞬頬を引きつらせる。その様を見つつも、私はふん、と鼻を鳴らした。



「そんな張り付いたような笑顔なんてしてないで、子どもは子どもらしく笑ったらどうですか」



 その瞬間、辺りの空気が凍り付くのを確かに感じた。私のこのあまりと言えばあまりな暴言に、きっと周囲の人間全員の心はこの時一つになったであろう。


 すなわち――お前が言うな!! と。


 何せ私の表情は、先ほどからぴくりとも動いていないのだから。しかし弁解させて欲しい。私のこの表情は素である。つまり、したくもない愛想笑いなんて最初からしてないのだ。だから私は彼にこういうことを言ったって咎められる謂れは無いのだ、多分。


 凍った空気の中で、誰もが言葉を探して目線を泳がせる中で、一番最初に立ち直ったのは以外なことに、私に暴言を吐かれた張本人であるベルトランであった。

 彼は言われた準備こそぽかんとしたものの即座に落ち着きを取り戻した様子を見せ、何か言おうと口を開き――


「……ぷっ」


 訂正、立ち直るどころかそのまま派手にその場で噴き出したのだった。


「あはははははははははは! 君、何それ! あはははは、あはっ、ちょっ、それ……君が言う!? 待って待ってお腹、くるし、ぶはっ、ダメだ……っふ、くく……ぶはっ、ははっ、あーっはっはっは!」


 お腹を抱え、涙を流し、伸ばしてうなじの辺りで括った青い髪――一般的に髪が長ければより魔力を髪にこめることが出来ると言われてる――を揺らし、誰彼(はばか)ることなく笑っている。その姿はとても、子どもらしいように私には見えた。


「ちょっとベルトラン、何をしてるのですはしたない! いつまでもそんな風に笑っているんじゃありません!」

「ごめんなさい母上、でも、これは……っ、あはははは!」


 いち早く立ち直ったグリエット公爵夫人が慌てて息子を宥めようとするも、止まらない。そんな親子を見る私の横に、お母様がそっと寄り添った。

 すわ怒られるのかと身構える私の耳に聞こえたのは、一つのため息と小さな笑い声。それから、しょうがないなぁ、と言いたげに細められた目を見た。


「知らなかったわ、フランったら愛想笑いが嫌いだったのね」

「……わたくしも、知りませんでしたわ、お母様」


 愛想笑いは確かに嫌いだが、それをしたのがどこか"彼"に似た雰囲気を持つ少年だったからかも知れない。そうでなければ、感情のままに面と向かって嫌だとは、私も言わなかっただろう。……多分。

 しばらくベルトランはお腹を抱えて笑っていたが、それでも何とか笑いを収め、その場に立ち上がる。それを見て、彼の服装をろくに見てなかったことに気が付き、軽く全身を眺めてみる。

 上品な白のブラウスに紺色のベストと同色のタイと半ズボン。その下から覗くほっそりとした足は真っ白な靴下に太ももの中ほどまで覆われ、靴下止めがそれを支えている。履いているのは茶色の革靴で、少しのフリルがあしらわれたそれも彼によく似合っていた。


「いやいやいや、こんなに笑ったのは生まれて初めてです、フランシーヌ嬢。まさか僕の笑顔にダメ出しを受けるなんて夢にも思わなかったもので、くっ……!」


 よほどツボにハマったのか、彼が可笑しそうに顔を背ける。そんなに笑われると少し複雑な気分になるのだが、まぁ、愛想笑いを止めてくれたのだから良いかと、少しだけ気分も上向きになった。

 願いが叶ったのにごねるというのも、やはり変な話だし、と思ったところで自分へと差し出される小さな掌に漸く気が付いた。


「……ベルトラン様、これは?」


 思わず聞くと、彼は何でもないような顔で笑って微かに首を傾げた。


「何って……決まっているじゃないか。僕は君をお茶会へと招待したんだから。さぁ食べよう。僕の領地でとれる、飛びっきりの茶葉とお菓子を用意したんだ」

「は、はい……ですが、えっと、その……よろしいのですか? 先ほどわたくし、貴方に無礼なことを……」


 と言うと彼は一瞬目をぱちくりとさせ、それからああ、と納得したように一度頷いた。


「別に僕は気にしてないよ。むしろ面白かったしね。それより、敬語は止めてくれないかな。これから僕らは婚約者になるのだし、少しでも仲良くなっておきたいのだけど」

「婚約者って……まるで決まったかのようにおっしゃいますのね」


 そう返すと、ベルトラン様は一瞬渋い顔をした。それから一つ小さく息を吐き、再びにこりと笑って私を見る。


「僕は貴女を気に入りました。貴女がどうしても嫌でないなら、是非とも婚約者となりたく思います。……お嫌ですか?」

「その……嫌では、ありませんが……」


 言いながらちらりと、グリエット公爵夫人に視線を向ければ、その意味を正確に察知したのかゆるゆると首を左右に振りつつも重々しく口を開いた。


「……ワタクシは、ベルトランの意思を尊重いたしますわ」


 どうやら問題はないらしい。正直、こんな鉄面皮の令嬢のどこを気に入ったのかはさっぱり分からないが、それならそれで慎んでお受けしようと思う。


「それではベルトラン様、どうぞよろしくお願いいたします」

「そんな堅苦しくなくて良いのに。それじゃ早速お茶会にしよう」


 言って、ベルトランが私の手を引いてガゼボにセットされたテーブルへと私をエスコートする。

 テーブルには色とりどりのお菓子や軽食が並び、早速注がれた紅茶からは大変いい匂いがする。なんだかんだでもうお昼と言ってよい時間帯だ。そろそろ空腹を覚え始めていたのもあって、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。


「我が家の料理人が腕によりをかけて用意した逸品揃いだ。フランシーヌは何が好きだ? それとも、最初はお菓子ではなくサンドイッチからにしようか?」

「え、あ、そうですね……サンドイッチからで、お願いします」


 空腹もあって、まずは手軽に食べられるものから口に運ぶ。うーん、このサンドイッチは実に美味しい。パンは柔らかくふかふかで、中の具材もそれぞれが食べやすいように工夫が凝らされている。野菜はしゃっきり、お肉はしっとりで、中に仕込まれた香辛料がぴりっとして、素材の味をよく引き立てる。なんて幸せな時間だろうかとついつい夢中になって食べていたら、隣に座るベルトランがクスクスと笑みを零した。


「く、ふふっ。そうやって夢中になってもらえるなら、用意した甲斐があるね」

「あ、いえこれはその……はい、とても美味しいです」


 そう言って頷くと、ベルトランは実に嬉しそうに目を細めた。


「……君はあまり表情は動かないけど、とても素直な人なんだね。僕の愛想笑いを嫌いだって言ったり、サンドイッチの好物の具材には真っ直ぐに手を伸ばしたり。それから、勉強が大好きでいつも本ばかり読んでいるって聞いたよ。どれもこれも貴族の令嬢としては少し眉をひそめる人も居ると思うけど、僕はとても好きだなぁと感じる」

「はい、それはどうも……ありがとうございます?」


 何が言いたいのかと眉を寄せると、彼は笑みを深めて私の目を覗き込む。


「僕はあなたの笑顔が見たい」

「私の……ですか?」


 私の笑顔に何の価値を見出だしたのだろう。そもそもここに来てからも特に表情を動かした覚えもないのだけど。


「ああ、君の笑顔を見られるように頑張るから……少しだけ、楽しみにしててくれ」

「……はい」


 その笑顔がほんの少し、そうほんの少しだけ、生前に見た"彼"の笑顔に似ていたから、私は不覚にも、楽しみだなぁ、などと思ってしまったのだ――





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