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02.お見合いに行きます




「――婚約者?」


 私が八歳になったある日のこと、晩餐の席でお父様――クリストフ様がそんなことを言い出した。


「そうだ。フランシーヌも、貴族は貴族同士、またはドラゴンとの婚姻しか認められないのは知ってるだろう」


 お父様の言葉に、こくりと首を縦に振る。何故かと言えば、私達の血筋に流れるドラゴンの魔力を薄めないためだ。貴族と平民では、比喩でなく流れる血が異なる。その血を保全するために、貴族は貴族同士、でなければドラゴンと婚姻するのだ。

 ちなみに国王は、代々必ずドラゴンと婚姻する。逆に言えば、王族の中でドラゴンと婚姻出来たものだけが次の王となれるということだ。しかしドラゴンが人間を伴侶にすることは滅多にない。それでも、王族の人々はドラゴンの血が濃いために常人よりは寿命が遥かに長い。その間に次の王となるべき人間が伴侶を見付ければ良いので、さしてその辺りは問題ではないらしい。


 ……少し、話が逸れてしまったが、つまりは幼いうちから婚約者をあてがい、貴族としての血が絶えることの無いようにしたい、ということなのだろう。まぁ、私としてもそれが必要なことならば、否やはないのだけど。


「……もう少し、詳しい話をお伺いしてもよろしいでしょうか、お父様」

「ああ、フランシーヌ、お前が将来我がエルヴィユ公爵家を継ぐことは既に決まっているのは分かってるな」


 再びの確認の言葉に、こくりと頷く。我が家の当主は、入り婿のお父様ではなく、直系のお母様だ。貴族の家は代々、当主と同じ髪の色をした、最も年長の子がその家を継ぐ。ちなみに男女は問わない。

 そしてそれは当然、私にも適用される。私には弟妹もいるが、髪の色がお母様と同じ長子は私だ。なのでこのまま、私が健康であれば私がこの家を継ぐことになる。


「それで、だ。グリエット公爵家から婚約の打診が来ている。うちの次男が九歳で、お宅のお嬢様とも年が近いから、良ければどうだろうか、と。まぁ気に入らないなら無理にとは言わないし、一度会うだけ会ってみればどうだ、とまぁそういうことなんだが」

「つまりお見合い、ですか……」


 ふむ、と宙に目をやり考える。私個人としては、前世で誰とも恋愛しないままアラサーで死んでしまったので、恋愛や結婚には多少なりとも興味はある。だが、自分でも自覚しているこの鉄面皮を、好いてくれる殿方がいるのかは果てしなく疑問だった。

 ならば、いっそ婚約してしまっても良いのではないか。公爵の地位を得られる程に力のあるドラゴンが、人間と婚姻することは本当に稀で、百年に一度あるかないかだという。公爵家の婚姻相手として、人間であるならば望ましいのは王族か公爵か侯爵。悪くても伯爵までだという。それ以下となると、平民より多少は高い魔力の持ち主が大半だとか。

 まぁ、悪い話ではない。ならば、受けるのも吝かではないだろう。……向こうが私を気に入ってくれるかはさておき。


「……分かりましたわ、お父様。わたくし、是非その方と一度お会いしたく思います」


 微笑むことが出来ればよかったのだけど、年期を経てますます強固になった無表情はそれを許してはくれなかった。その上、勉強により一層励んだ結果眼鏡まで装備することになった。これでは生前とそう変わりない。美少女が台無しだな、と私は内心で嘆息していた。


「おおっ、そうかそれは良かった! なぁに心配することはない! フランシーヌならきっと先方も気に入ってくれることだろう」

「ふふふそうですねあなた。早速新しいドレスを仕立てないと。飛びっきり可愛くしてあげないとね、私のフラン」

「ええ、お父様お母様、わたくしもとても楽しみにしてますわ」


 そう受け答えしながらも内心では、ちょっぴり親バカなのねこのお二人は……と少しだけ、そう少しだけ、引いていたのだった。






 そして、お見合いの当日。

 その日は朝から大忙しだった。いつも通りに朝食を終えたと思ったら、全身を丁寧に洗われ、磨きに磨かれ、一部の隙もない程に整えられていく。そんな事態に八歳の子どもである私は、一切の抵抗も出来ずにされるがままだった。

 お見合い一つでこの騒ぎ……やっぱり貴族って大変なのね……。と流されながら思わず遠い目をした私だった。

 用意された若草色のドレスには刺繍で小花模様があしらわれ、フリルやレースが可愛らしさを演出している。背面には大きなリボン。靴は純白で小さく、これまた愛らしい。

 長い髪を顔のサイドで編み込み、後頭部でくくってハーフアップにまとめ、花を模した飾りをあちこちに散らしていく。顔にはうっすらと化粧が施され、鏡に映った私は間違いなく美少女だ。それだけに、自分がかけている眼鏡と己の無表情さに少しばかりため息をつきたくなってしまう。


「まぁフランシーヌ、最高に可愛いわ。世界一の美少女ね。さすが私の娘よ」

「お母様……本当ですか?」


 本気ですか? の一言は辛うじて飲み込んだ。この無表情と眼鏡をもってしてもそんなことを言わせてしまうなんて。ただ、この家族に駄々甘な母親はいつだって本気なんだろうなと、苦笑した。


「ええ、貴女はいつだって可愛いわ。私のフラン」

「ありがとうございます、お母様」


 にっこりと、優雅に微笑んでお辞儀を一つ。さてでは、いよいよ出陣だと身を引き締めた。私と同じく上品に着飾ったお母様とともに邸宅の前で待機していた茶色いドラゴンに乗り込む。

 驚いたことにこの世界、馬車が存在しない。移動手段は、大体が竜に乗るか馬に乗るか、徒歩である。ドラゴンと人は友なので、翼なき友を竜が乗せて運ぶことは彼らにとっては当然のことだそうだ。しかもドラゴンは例外なく風魔法に適性があるので、運ぶ際に風が私達に当たらないように守ってくれたりもする。実に至れり尽くせりだ。

 当然、ペットではないのでお礼としてご馳走したり鱗の手入れしたりが必要にはなってくるが。


「さぁ行くわよフラン。しっかり私に捕まっててね」


 お母様が竜の背に付けた鞍にまたがり、取っ手にしっかりと捕まる。ドラゴンにはあらかじめ行き先を伝えてあるので、乗ったと合図を送れば目的地まで運んでくれる、という寸法だ。それを受け取ったのかドラゴンがばさりと翼を広げ、音もなく飛び立つ。


「う、わ……!」


 慣れない浮遊感に頭が一瞬くらりとする。耳元で風がごうっと鳴って、びっくりして目を閉じた。


「あらあらフラン、大丈夫よそんなに怖がらなくても。私の友を信じなさい」

「お母様……」


 優しい声が頭上から降ってくる。それに励まされるようにして、そろそろと目を開いた。

 見上げればどこまでも続く青い空。赤や緑、青や金色といった色とりどりのドラゴンが空を飛んでいるのが見える。恐る恐る辺りを見渡せば、どこまでも続く緑と荒野と街の大地。本当にここが竜の亡骸の上にあるものなのか信じられない程に、巨大だった。下を見れば私の家が遥か小さく見える。ここからでは人なんて、米粒くらいにしか見えないんじゃないかしら。

 それから改めて、ドラゴンの進行方向へと視線を向ける。その先に、森に囲まれるようにしてそびえ立つ城塞都市があるのが見えた。


 まだまだ小さく見えるその城塞都市は、この大陸『ドラゴアース』で最も小さい国家でありながら最も重要であると言われている。


 竜の身体の心臓部に存在する都市、及び国の名は『ドラゴハート』。別名を『王者の国』。


 私達エルヴィユ公爵家並びに私の婚約者候補であるグリエット公爵家が仕える、王国の名前だ。



 今回のお見合い場所は都市の中にある最も大きな庭園だという。そこに咲く花はとても見事だから、そちらも楽しんで欲しい、とのことだった。

 お見合いはともかく、綺麗な花となれば多少は気分も弾むというものである。況してやこの世界の植物は、私が知るものとはまるで違っているのだから。


 ドラゴンが空を滑るようにして目的地へと真っ直ぐ飛んでいく。見る限り結構なスピードを出しているようなのに、顔にはまるで風が当たらない。守られているのだと嬉しくなって、手を伸ばしてドラゴンの鱗をそっと撫でた。


「お母様、お母様のお友達、とっても頼りになりますわね」

「ええそうよ。このアランはね、私の一番古いお友達なの。大丈夫よ。きっと貴女にも、こんな素敵なお友達が出来るわ」

「それはとても……楽しみですわ」


 そんな会話をするうちに、ドラゴン――アランが城壁の上へと到達する。そこにまた別のドラゴンに乗った兵士さんが現れ、私達に何者かと誰何する。


「私は、エルヴィユ公爵家当主オルタンス。こちらは娘のフランシーヌ=エルヴィユです。通行証ならこちらにあるわ。よろしいかしら」

「はっ、確認させていただきました。どうぞお通りください」


 兵士に道を譲られ、アランが再び翼をはためかせる。ここまで来れば、目的地はもうすぐそこだった。





次回、ヒーロー登場。

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