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20.魔竜との戦い




「色無しってベルトランさま……この子、生まれたばかりの子どもドラゴンですよね? 別に危険なんて……」

「良いから離れろ! 死にたいのか!」


 きょとんと目を丸くするジリベールさんにベルトランが声を荒らげる。残念ながら私も、ベルトランとまったく同意見だ。

 色の無い竜、つまり魔力を持たない竜は危険だ。魔力によって身を守る術を持たない竜は、負の感情によって生じる魔力の塊――魔物に対抗することが出来ない。故に、あっという間に魔物へと取り付かれ、魔竜へと変じてしまうのだ。


「えっ、だってこんなに小さいのに……」

「大きさで見誤るんじゃない! 早く逃げろ! ったく親竜は何をしてるんだ……おいマクス、早く来てくれ! ああそうだ……『色無し』が出た!」


 舌打ちしながらベルトランは尚も彼女に避難を促し、通信魔法を起動してマクシミリアン殿下へと呼び掛ける。その間にもだんだんと、件のドラゴンに変化が起きつつあった。

 ぐるるる、と唸り声を上げる竜の身体が、黒く変じつつある。恐らくこの空間は、嫉妬と怒り、悲しみといった負の感情に満ちていることだろう。魔物が発生する程に。その魔物が、次々にドラゴンへと取り付いていく。

 黒竜の持つ澄んだ黒ではない、禍々しい黒が、竜の身体を覆っていく。と同時に、竜の姿がみるみるうちに大きくなっていく。人間の子ども程度の大きさだったのが、あっという間に見上げる程の巨体へと。これにはさすがに彼女も恐怖し、腰を抜かしていた。


「あ、あ、あああ……」


 ガクガクと震え、涙目で逃げ出そうとする彼女を、ふと魔竜が見下ろした。それから、にたぁ、と口の端を持ち上げる。


『――ネェ、オネエチャン、ボク、カワイイ?』

「ひっ!」


 その声の響きのあまりのおぞましさに、彼女が悲鳴に似た声を上げ、更に後退りしようとする。そんな彼女をにたにたと笑って見ながら、魔竜が鋭く伸びた爪を伸ばした。


『オネエチャン、ボクとアソンデ?』

「あ、いや……いや……」


 すっかり怯えきった様子で逃げようにも恐怖のあまり動けないらしく、首を振るばかりで逃げられないようだ。仕方ない、と私は体内で魔力を練る。


「はぁぁぁ……!」


 気合いの声と共に、地面に手をつき、魔法を発動する。まず竜の足元の地面が割れ、その脚を飲み込み、捕まえる。それから周囲の植物の草が爆発的に伸び、魔竜へと絡み付き動きを止めた。

 水属性の魔力と土属性の魔力を合わせ植物へと流し込むことで、それを自在に操ることが可能となる。実戦で扱うには魔力の消費がやや大きいのだが、私の魔力ならば問題はない。魔竜は一瞬煩わしそうにこちらを睨み、それからジリベールさんに向けて大きく口を開けた。


『……チェッ、コノツルアンガイキレナイネ。ジャアイイヨ、オネエチャンノコト、モヤシチャウカラ』

「やっ、やだ来ないで……」


 魔竜の口元で、真っ黒い炎が渦を巻く。人が触れたら魂まで焼き尽くす、地獄の炎。あれを受けた人間は、生まれ変わること許されず、永久に燃やされるのだと言われている。さすがにそれは少々目覚めが悪いかと土壁を発生させようとしたところで、ジリベールさんと魔竜の間に光の盾が出現する。それと同時にドラゴンの口から炎が吐き出されるが、それは全て盾により阻まれた。


「ふうっ」


 炎を吐き出し終えて魔竜が硬直した一瞬の隙を突くように、ベルトランが氷の刃を打ち出す。私も岩による弾丸を作成し、魔竜へと放つ。がしかし。


「……かったい」


 竜の鱗の頑丈さに思わず顔をしかめる。少しは削れているがあくまで少しだ。致命傷には程遠い。


『オネエチャンタチガ、ボクトアソンデクレルノ? ウレシイナァ』

「……そうだな、遊んでやるよ」


 挑発するように、敢えてベルトランがそう言うと、魔竜のにたにた笑いが深くなる。そして尾を振り、爪を震い、自分を拘束する植物の蔦を引きちぎろうとした。


「くっ……!」


 魔力を流して蔦を強化しようとしたが、竜の膂力にそう抗えるものでなく、徐々に確実にちぎられていく。そこにベルトランも加わり、氷の中に魔竜を捕らえようとした。しかしそれも容易ではなく、生成する端から砕かれていく。そして尚悪いことに、魔竜の身体がだんだんと成長して行った。


「くうっ……!」


 竜の身体の潜在魔力には際限が無いと言われている。故に集まってくる負の感情を際限なく取り込み、巨大になりつつあるのだ。今ここには、恐怖や焦りと言った負の感情が何より大きいであろう。その一番の源であるジリベールさんにはさっさと逃げて欲しいのだが……彼女は涙を流しながら怯え縮こまるばかりで動こうとしない。このままでは全員死んでしまうことすら有り得るかと危惧したその時だった。


「すまない、待たせたな」


 との言葉と共に、上空から光の槍が魔竜へと降り注ぐ。この魔法は……と私が上を見ると、サフランの背に乗った殿下が私達を見下ろしていた。更にアキやサフィーも、傍に控えるように滞空している。


「殿下!」


 助っ人はありがたいが、裏庭には竜が二頭以上暴れられるスペースは存在しない。ましてやサフランの大きさは十メートルもある。どうするのかと思ったが、アキが口を開いた。


『私達は、その魔竜が逃げない為の牽制だ。小僧や我が友、未来の王であれば、生まれたばかりの魔竜などどうとでもなるだろうよ』

「それはどうも、ありがとうございます!」


 確かに、この竜はまだ子どもである。それでも十分脅威ではあるが、いざとなれば私達の竜が倒してくれるとなれば、幾分気持ちも楽になった。


「あ、あの……ベルトランさま、あたしも……」


 そこでやっと硬直が解けたのかジリベールさんが話し掛けて来たが、ベルトランの対応は冷ややかだった。


「うん、君の平民に毛が生えた程度の魔力じゃ足手まといだから早く逃げて?」


 その返答に彼女は一瞬絶望を顔に浮かべ、次の瞬間には裏庭から走り去っていた。彼女にしてみれば不本意だろうが、ベルトランの言葉は正しい。今彼女にいられても、それはそれで困るのだ。


「……っ」


 泣きながら去る彼女の背を見て、やっとベルトランが安堵したように息を吐いた。それから、光の槍を喰らっても尚生きてる魔竜に視線を戻す。


「やれやれ……これで少しは本気を出せるかな」

「はい」


 なかなか魔竜の近くからジリベールさんが退いてくれなかったので、無駄にやきもきさせられてしまったが、これで彼女を巻き込む心配はなくなった。遠慮なく倒させてもらおう。


「はぁっ」


 ベルトランが生み出したのは、巨大な氷の槍。それに光の槍を重ねることで、威力を上げている。私は一先ず、足止めに徹することにする。地面に魔力を流し込み、土と岩で枷を作り竜の足を捕らえる。そして蔦を伸ばし、翼や爪、身体を抑えにかかった。


『……ヤダ、コレトッテヨ、オネエチャン』

「お断りです」


 拘束から逃れようと魔竜が暴れるが、私の全力の魔力を相手に逃げるのは難易度が高い筈だ。逃がすまいと、ぐっと魔力を込めて土の枷を強化する。そこに、ベルトランの氷の槍が着弾した。腹に大穴を開けられ、魔竜が苦し気な唸り声を上げる。更に傷口が凍り付き、再生を許さない。その上で、殿下の光の槍が追撃する。

 魔竜の全身はあちこちが爛れ、凍り付き、完全に死に体かと思われたその時。魔竜の口元に再び、禍々しい黒い炎が渦巻いていった。


『オネエチャンタチノイジワル……ミンナ、ダイキライ』


 最期の力を振り絞ってか、魔竜が黒炎を吐き出した。その炎は、真っ直ぐ私へと向かっている。


「フラン!」


 土の枷を展開する為に地面に膝を付いていた私は回避が遅れた。即座にベルトランが私を庇うように抱き締め、光の盾を展開して身を守った。


「ぐっ……少しきついな、これは」


 ベルトランの額に汗が浮かぶ。光の盾は全ての攻撃を防ぐ万能の盾だが、それでも黒炎を防ぐのは魔力の消費が大きい。魔竜は全ての力を振り絞って炎を吐き出しているので、尚更だ。

 私も土壁を作って対抗してみたが、焼け石に水でしかない。魔竜の命が尽きるのが先か、それともこちらの魔力が尽きるのが先か……と冷や汗を流したその時、上空から殿下の声が響く。


「ベルトラン、フランシーヌ嬢、少しだけ耐えてくれ! ……そいつを消し飛ばす!」


 その言葉に私が殿下を見上げたその先で、光と炎が渦を巻いて球体を形作っているのが見えた。かなりの魔力が込められているらしく、殿下がほんの少し表情を歪めていた。


「行くぞ! 光よ、炎よ、あいつを焼き尽くせぇぇぇぇぇぇ!!」


 殿下の手から極太の光線が放たれ、魔竜を飲み込んでいく。断末魔の悲鳴すらなく魔竜が消滅し、辺りに破壊のエネルギーが放たれた。


「う、わっ……!」


光の盾越しに熱風が吹き荒れるのを見て、私は氷の盾を展開した。それが無ければ、今度は私達が灰になっていたかも知れない。それほどの威力だった。

 やがて暴風も収まり、裏庭に静寂が戻って来る。そこで漸く盾を解除し、安堵と疲労からその場に座り込んだ。


「はぁ……大変な目に遭った」

「はい……それにしても、ひどいことになりましたね……」


 魔竜のいた一角は地面が荒れ、無惨に焼け焦げ、その周囲も焦げて煙が上がっている。延焼してないのは殿下が食い止めたのだろうか。しかしこの土地が元に戻るのは、だいぶ時間がかかりそうだった。


「まぁ、魔竜との戦闘でこのくらいの被害で済んだんだ。幸いと言うべきだろう」

「それもそうですね……」


 サフランの背から降りた殿下の言葉に頷き、肩をすくめる。ひどい場合だと、村一つが全滅した上に辺りの地形まで変わってしまうことも起こり得るという。私達全員、消耗は激しいものの無傷であり、被害も学園の裏庭の一角と非常に規模が小さい。それは、称えられて然るべきだろう。


「それにしても『色無し』か……」


 魔竜のいた辺りを険しい目で見据え、殿下が忌々しげにそれを口にする。


「ああ、ここ一年ほどの悪意と不安の蔓延からの小競り合いの増加と、それに伴っての学園内での特定の人物に対する嫌がらせの発生。そして魔物の大量発生に加えて、魔竜の出現」


 同じく険しい顔で、ベルトランが指を折る。それらの事象に心当たりがあった私は、顔を強張らせてベルトランを見返した。


「ベルン、それってまさか……」

「ああそうだ。主な調査を俺を始めとする高等部の人間、それも高位貴族を中心に行っていたことと、必要以上に不安の種を蒔かないように口止めをしていたのだが……それが仇になったな」

「わたしとマクスを中心に、魔物の討伐を行っていた。フランに話せなかったのは、そのことだったんだ。……ごめんフラン……君を守ろうとして敢えて言わなかったのが、君を不安にさせてしまった」


 マクシミリアン殿下とベルトランがそれぞれ説明を口にする。と言うかベルトラン、貴方って殿下のことをニックネームで呼べるほど親しかったんですね?


「じゃあ、ええとベルンが一年くらいろくに会えなかったのって……」

「君の思う通りだよ、フラン」


 肩で息をしながらも、ベルトランが私を真っ直ぐに見る。その黄金の瞳には、ここにいない『敵』が映っているようだった。


「何十年かに一度、必ず現れるこの世界の敵」


 この世界の生き物は、必ず魔力を持って産まれてくる。しかし何らかの理由で、魔力を持たぬまま産まれてしまうことがある。


「あいつらは、わたし達と共存しようとする気持ちなんて持ってない。この世界の人間を支配し、頂点に立てると思っている」


 この世界に来るのは、口だけで言うなら簡単だ。世界を覆う次元の膜を破り、侵入するだけ。しかし当然ながら、この世界とてそう簡単に侵入させまいと抵抗はする。


「そんなことは不可能なのに、それを理解せずに何度も来る愚か者。しかしそれを分からせる為に、連中は必ず殲滅しなければならない」


 次元の膜を破ろうとする侵入者と、それに対抗する世界。彼らのその作業は、おおよそ一年ほどかけて行われるのだという。そして、そんな彼らから身を守るために、()()()()()()()()()()

 その結果、世界に満ちた魔力に空白が生じ、魔力を持たない人や竜が産まれてくることがある。そしてそれは、魔物にとって格好の餌となる。


「魔竜が出現した以上、連中が現れるのも時間の問題だな……早く対処しないと」


 そして連中の悪意は世界へと漏れ出し、それもまた、魔物の大量発生の原因となる。つまり、今しがたベルトランが指折り数えた現象は、前兆なのだ。


「殿下、他国も含めた全貴族に通達を。間もなく、連中がやってくる、と」

「ああ、元よりそのつもりだ。今日は二人とも、もう帰れ。消費が些か大きすぎる」


 豊かな水と大地を求め、この世界を手に入れようと伸びてくる魔の手、その持ち主。そうか、お母様がここのところ珍しく厳しい顔で書類を睨んでたのはこれが理由か。


「ああ、そうさせてもらう。……フラン、大丈夫か? 今日はもう、帰って休んだ方がいい」

「分かりましたわ」


 ベルトランに手を借りて立ち上がる。そう言えば、ジリベールさんは上手く逃げおおせただろうか?


「ああ、たっぷり休んでおくといい、間もなく始まるだろうからな」


 言って、殿下が中空を睨む。その視線の先に、倒すべき存在が見えているかのように。


「ええ、それでは殿下、お言葉に甘えさせていただきます」


 そう答えながら私も、そしてベルトランも殿下の睨んでいる方へと視線をやる。その先に見えるのは、何もない空だけだ。しかしその先に、この世界の敵がいる。

 この世界を支配しようと馬鹿げたことを考え、実行しようとする愚か者。不可能を夢見て実行出来ると信じている、思い上がった連中。それこそが、我々の敵。


 即ち――侵略者である。




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