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18.すれ違いの末に

ここから最終章です



 ――高等部に入学してからおよそ二週間あまり。

 私は、ベルトランを徹底的に避けていた。

 朝は誰よりも早く起きて早朝と呼べる時間から学校に向かい、休み時間の度に教室から姿を消し、放課後は誰よりも早く教室を飛び出して家に向かう。そして休日は部屋に徹底的に引き込もって誰も入れさせないようにした。

 どうしてそんなことをしたのかと言えば、怖かったのだ。今にもベルトランが私のところに来て、ジリベールさんを好きになってしまったから、婚約を取り消してくれないかと言われる気がして。ベルトランの姿を一目でも見てしまえば、彼を責め立てる言葉を言ってしまいそうで。ベルトランとジリベールさんが仲睦まじくしているのを目にしたら、泣いて喚いてしまいそうで。

 そんな私を家族は心配そうに見るものの、表立っては何も言わずにそっとしておいてくれた。


『――我が友は存外臆病なのだな』

「自覚はしてます」


 そんな状態なので勉強が全く手に付かず、ベルトランに薦められた物語の本を読む気にもなれず、私はここのところ、アキの隣で時間を潰すことが多くなっていた。

 アキの近くに居ると、それだけで気持ちが落ち着いていく。不思議な程に安らいで、揺蕩う微睡みの中に居るような心地になる。これは、私がアキの友だからだろうか。魔力の波長が合うと言うのか、ともかく過ごしやすいのだ。


『しかし分からんな、我が友よ。何をそんなに怯えている? いや、怯える必要があるのか?』

「……それは」


 眉根を寄せ、唇を噛み締めた私の顔を見て、アキはやれやれと言うように大きく息を吐いた。


『なぁ、我が友よ……お前は小僧の言葉を忘れたのか?』

「忘れて……ません」


 以前ベルトランが言ってくれた、「フランの味方でいることを誓う」という言葉は忘れてない。忘れてないがしかし、味方でいるのと婚約者でいるのとは違うだろう。それからもう一つ、私が二の足を踏んでいる理由は前世の記憶にあった。

 私が生まれて初めて、心から気を許せると感じた私の後輩の記憶。私が居ない場所ではあんな風に陰口を叩いていたのかと思うと、深い悲しみを覚える。

 もしも彼のように、もう何とも思ってないと言われてしまったら? 私にはそれが、堪らなく恐ろしいのだ。


『我が友フランシーヌ……それは明日竜王の魔力が涸れたらどうしよう、と悩むようなものだと思うがな』

「……杞憂みたいな表現って、こっちにも有るんですね」

『そのことは今は良いだろう。お前とて分かっているのだろう? このまま逃げていたところで、何も変わらないどころか悪い方へ悪い方へ行っているのが』

「……はい」


 アキの諭すような言葉に私はうつむき、きゅっと手を握る。

 無論そんなことは、アキに言われるまでもなく分かっていた。だと言うのに私は未だに、ベルトランの顔を見ることが出来ないでいる。

 前の人生から合わせて50年近く生きてる上での初恋のせいなのか、どうにもこうにも踏ん切りが付かない。前の私から見てもまだ子どもの筈の17歳の男の子に、こんなにも臆病だ。


『……我が友……お前は、小僧を信じてないのか?』

「それは……っ!」


 違う。信じてないのは私だ。私が私を、信じることが出来ないでいる。


『あの小僧は、お前のことを誰よりも見ているぞ。お前の家族はお前を愛そうとどこか躍起になるあまりに見えていないところも、あやつは見ている。そのことを一番知ってるのはお前じゃないのか』

「それは……はい……」


 ベルトランは知っていた。私が勉強を好きだと思い込もうとしていることも、私も多少なりとも着飾りたいと思っていることも、歴史や魔法が好きなことも、クイズが好きなことも。

 家族は私に何も要求しない。最低限、これだけはやって欲しいということは明示するがそれだけだ。ベルトランだけが私に、遊ぼうと言ったり笑顔が見たいと言ったり、一緒に出掛けようと言ったりする。

 そうだ、私がベルトランを好きなのはそういうところだ。ベルトランだけが私を見て、求めてくれる。それなのに、どうして私は、それを知りながら彼を手放せるというのだろう。ずっと昔に言ったじゃないか。結婚するならベルトランがいい、と。思えばそうだ。きっと私は、その時からベルトランのことが好きだった。


「こんなことなら……笑顔の一つでも返せば良かったですね」


 もう遅いかも知れないが。自嘲を込めてそう呟くと、アキがまじまじと私の顔を見てくる。それから、どこか投げやりな様子で大きく息を吐いた。


『お前……いや、私が言うことでは無いな。なに、()()()()()()()()()()()()。ならば何事も、遅いということは有るまいよ』

「まだ、間に合いますか?」

『お前が小僧を、信じるのならばな』


 ベルトランを信じろと、アキは何度も私に言う。私ではなく、ベルトランを信じろと。そしてその目は、言い訳は許さないと私に訴えていた。

 信じるというのは怖いことだ。自分の決断を他者に委ねるというのは、自分で思ってる以上の責任を伴う。

 自分を信じられないからベルトランを信じることが出来ないというのは言い訳だ。そうして逃げても何も得られるものはない。私は、決めなくてはならない。ベルトランとの未来のためにはどうすれば良いのかを。


『なに、あの小僧が駄目なら、私が伴侶になろうではないか、我が友よ』

「お断りします。わたくしの伴侶は、未来永劫ベルトランただ一人ですので」

『くかかかか、そうであったな。ならばしっかりと、あの小僧に向き合って来るといい』

「……はい」


 自分ではない、ベルトランを信じよう。とにもかくにも、ちゃんと彼の話を聞かないことには何も分からないままなのだから。





 というわけで翌日の昼休み、私は二年生の教室のある階へと来ていた。

 今朝は今までと違って始業に間に合う程度の時間に家を出たのだが、ベルトランには会わなかった。先に行ったのかも知れない、と私もアキと共に急いで学園へと飛んだ。

 しかし始業前にベルトランに会うことは出来ず、授業合間の休み時間では短すぎるので、昼休みまで待つことにしたのだった。

 ベルトランのいる筈の、上級クラスを訪ねて彼を呼び出してもらおうとした。しかし私の呼び出しに応じて現れたのはなんと、彼の竜との婚姻も間近とささやかれるマクシミリアン殿下だった。


「ま、マクシミリアン殿下? あ、あの、どうしてここに……」

「何故ってここは俺の教室だが? 居て何が悪い」

「いえあの、そういうことではなく」


 ベルトランを呼んだ筈がどうして殿下が来るのだと狼狽える私を前に、彼がにやりと口の端を持ち上げる。……分かっていてやっているのだから質が悪い。


「ははは、まぁちょっとした冗談だ。ベルトランなら居ないぞ。あいつはここのところ、ジャネット嬢にまとわりつかれて逃げ回っていたからな。今頃は裏庭にでも居るんじゃないか?」

「え、ジリベールさんに……まとわり、つかれて……?」


 何だそれは。完全に彼女を邪魔者扱いではないか。予想外の言葉にぽかんとする私を前に、殿下が左右色違いの目を細めて実に楽しそうににやりと笑う。


「ああ、グリエット家(あいつの家)が彼女に出資した手前邪険にするわけにも行かなくてな、学校にいる間はかなり長く張り付かれて、いつも疲れたような顔をしていたな」

「疲れた……顔……」


 まさか私の家に来た時に常に疲れた様子を見せていたのは、それが原因だったのだろうか。いつも飄々としていて人当たりの良いベルトランを疲れさせるって、どれほどのことをしたのだろうか。


「その上、ジャネット嬢が陰湿な嫌がらせに遭うようになって、それの解決に駆け回ったりもしていたな。休日までその件に費やして、本人は君が足りない、といつも嘆いていた」

「嫌がらせ……わたくしが足りない……」


 ならばベルトランが二週間に一回や一ヶ月に一度しか来られなかった理由は。それなら言ってくれたら、いや、恐らく内密に処理する必要があったのだろう。それも解決したから、殿下がこうして私に話をされているのだ。


「それから、俺はフランシーヌ嬢に謝らないといけない。だから、君に呼ばれて俺が来たんだ」


 ふと、殿下が真面目な顔になって居住まいを正した。左右色違いの瞳が私をまっすぐに見つめ、その視線の強さに私も思わず背筋を伸ばした。


「殿下がわたくしに……? 恐れ多いことです」

「いや、ちゃんと受け取って欲しい。ジャネット嬢のことも含め、俺は長らく君から大事な婚約者を取り上げていた。数ヶ月もの間、拘束していてすまなかったな。そのことが、俺はずっと気がかりだったがあいつに助けてもらっていたんだ。全ては俺の不徳の致すところだ……すまなかった」

「え? え、ええ……?」


 謝罪の言葉と共に勢いよく頭を下げられたが、待って欲しい、殿下が何を言ってるのかまるで分からない。しばらく私の家に来られないと言っていたのはつまり、殿下の元で働いていたからだと言うのか。だがしかし、私はそんなこと一言も説明されてない。


「うん? どうしたフランシーヌ嬢、何か様子が変だが……まさかあいつ、何も説明して無いのか?」


 殿下の確認するような問い掛けに、私はこっくりと頷いた。と、殿下は心当たりを探るように中空を睨み、それからああ、と一つ頷いた。


「……なるほど確かに、そんな時間はなかったな。ふむ、そうか……とすると……あいつも仕方ないな」


 何やらぶつぶつと呟いたかと思えば、苦く笑って殿下が私を見る。


「いや本当に悪かったなフランシーヌ嬢。この借りはいずれ返そう。今はベルトランのやつを追ってやれ。あいつには君が必要だ」

「……はい」


 どうやら殿下の方でも色々あったらしく、何となくうんざりしたような気配を漂わせながら、殿下が眉間を揉んだ。殿下とベルトラン……だけでは恐らくないだろうが、とで何をしていたのか、後できっちり教えてもらおうと決め、その場を辞す為に踵を返す。


「殿下、これにて失礼します。それから、ありがとうございました」

「礼を言うのはこちらの方だ。文句も出来る限り受け付けよう。……ではな」


 ぺこりと殿下に頭を下げ、彼の元へと足を動かす。今は一刻も早く、ベルトランに会いたくてたまらなかった。言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。きっちり全て聞かせてもらうのだ。今度こそ、全て。



 ベルトランの姿を求め、殿下に教えてもらった通りに裏庭へと向かう。さてどこに居るのかと目を凝らし、見慣れた長く青い髪の制服姿の男子と、金髪の少女が対峙しているのが見えた。ベルトランとジリベールさんだ。二人は何かを話し合っているようだったが、ここでは距離があって声までは届かない。

 彼らが大事な話をしているのであれば、割って入るのは得策ではないと考え、気配を忍ばせて二人へと近づく。

 ベルトランはこちらに背を向けている為、彼の表情は見えない。対するジリベールさんは目を潤ませ、どこか夢見るような顔をしていた。

 茂みに隠れるようにして何とか声が聞こえる位まで距離を縮める。二人は余程声量を絞っているのか、なかなかその範囲までたどり着けなかった。

 そうしてやっと声が拾える範囲まで近付いたその時――


「……のことは、どう思ってるんですか?」

「決まってるじゃないか……好きだよ」


 そうベルトランが彼女に告げているのが聞こえ、私は頭が真っ白になった。

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