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01.もしかして……異世界?




「…………」


 やや癖のある栗色の髪を後頭部で結い、つり上がり気味で、水色の瞳を持った大きな目の可愛らしい美少女が目の前にいる。

 年頃は三歳位だろうか。まだまだあどけないその美少女は、私が首を右に傾ければ左に傾げ、右手を挙げれば左手を挙げる。後ろを向けば後ろを向き、足踏みをすれば足踏みをする。手を伸ばしても触ることは出来ず、ヒヤリとしたガラスが掌の行く手を阻んだ。うん、ここまで来れば間違いない。この美少女は――私だ。


「まぁまぁ、フランシーヌったらさっきからずっと鏡に夢中ね」

「お嬢様にとってはよっぽど不思議なのでしょうね。先ほどからずっと、鏡の前から動かれませんから」


 そう、お母様と侍女のコレットが話しているのが後ろから聞こえる。不思議なのは間違いない。何せ、自分の記憶にある自分の姿とまるっきり違うのだから。

 私は、黒髪黒目のどこにでもいるような日本人女性だった筈だ。分厚い眼鏡をかけて髪をひっつめにした、仕事と勉強が取り柄のキャリアウーマン。間違ってもこんな美少女ではない。

 その上ここは、日本ではないし私の予感が正しければ恐らく地球ですらない。私は学生時代、片っ端から英語を始めとするヨーロッパの言語を習ったことがある。その関係で、語学を必修とする一流の商社に入社することが出来たし、実際に何度も海外へ行ったこともある。だがしかし、と私はぐるりと部屋の中を見渡した。

 部屋の内装は洋風だ。ヨーロッパ風と言ってもいい。だけど飛び交う言語は私の知る言語のどれとも異なっており、多少なりとも習得するまで三年の月日を要した。この身体が、赤ん坊だったことも関係しているとは思うけど。

 今もお母様とコレットが何か話をしているが、その半分くらいはまだ何を言ってるか分かっていない。まだまだ、この世界の言語を学ぶ必要がある。

 それから、この世界には魔法がある。当たり前のように何もないところから水を出し、ランプに火を灯し、風を起こして土を耕す。こんなことは地球ではなかったことだ。どういう仕組みでそうなっているのか、大変興味深い。

 そして、更にもう一つ。私は窓の向こうに目をやった。その視線の先には、悠々と空を飛ぶ、翼の生えた巨大なトカゲのような生き物が見える。そう、ドラゴンだ。この世界の住民はドラゴンと仲が良いらしく、あちこちに当然のようにドラゴンが居るのをよく見掛ける。それが分からなかった私は、窓から私を覗き込むドラゴンを見て驚いたのと恐怖で泣き叫んでしまったのだが。


 以上のことから、私はこの世界が地球ではないと判断した。魂や輪廻転生や生まれ変わりの概念は理解している。原因は分からないが日本にいた私は死亡し、この世界に生まれ変わったのだろう。それも、前世の記憶を持ったままで。

 前世の記憶を持ったまま異世界に輪廻転生するのが起こり得るなんて信じられないが、私の身に起きたことなのだから受け入れるしかないだろう。つまり、私はこの世界で生きる覚悟を決めなくてはいけない。ならば私は、どうしてもやりたいことがあった。


「おかあしゃま、コレット、おねがいがありましゅ」


 私の前世の記憶がどうあれ、肉体が三歳児である以上舌ったらずなのは最早仕方ないだろうと、少しの恥ずかしさを覚えつつも母親と侍女を見上げる。


「あらあら、何かしら。フランシーヌのお願いなら、何でも聞いちゃうわ」

「構いませんよお嬢様、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませ」


 ニコニコ笑いながらお母様が私を抱き上げる。ふわふわで柔らかそうな栗色の髪が揺れ、緑の瞳が嬉しそうに細められて私を見つめる。こんな美しい人が私の新しい母親なのか、と感慨を覚えながら口を開いた。


「わたくち、ほんがよみたいでしゅわ」


 そう、まずは大好きな、勉強をするのだ。この世界のことを知りたい。とても運が良いことに、私の生まれた家は大変に裕福なのである。一から全てを学ぶことが出来る。それは私にとって、非常に喜ばしいことであった。


「あらあら、お安いご用よ、フランシーヌ。コレット、絵本を持ってきてちょうだい」

「はいはい、それではお嬢様。今すぐお持ちしますね」


 嬉しそうにいそいそと、コレットが部屋から出ていく。その後ろ姿を見送り、私はわくわくする気持ちを抑えきれない、と言うように胸の前で手を合わせた。



 生前の私の母親は、娘の私に対してとても教育熱心な女性だった。

 幼い頃から勉強漬けの毎日で、娯楽と言ったものは殆ど与えられなかった。しかし私は、その日々を一度も苦に思うことはなかった。理由としては至極簡単――単純に、大好きだったのである、勉強が。新しく知識を得ることが。

 勉強が楽しくて大好きで、それにばかり打ち込んだため、私は感情を表に出すのがとても下手になった。有り体に言えば、鉄面皮の無表情となったのである。

 その性質は生まれ変わっても治らなかったらしい。異世界の、私の知らない知識を学ぶことが出来る。それに魅せられた結果、私は生前と同じかともすればそれ以上に勉学にのめり込み――またもや、表情を動かすことが殆ど出来なくなってしまったのである。


(だって楽しかったんだもん!)


 と心中で叫ぶ。この世界のあれこれを知るのが予想外に楽しすぎて、真顔で勉強に勤しんだ結果であった。

 丸二年程費やし、この世界への理解を深めた結果、大変興味深いことが色々と知れた。

 まず、この世界は巨大なドラゴンの上に成り立っているということ。そしてその大陸の名は『ドラゴアース』ということ。

 遥か昔、何千年も前に様々な人や動植物と共に、異世界より巨大なドラゴンが、この水と僅かな島しか存在しない世界へと舞い降り、自らの身体を大陸として身を横たえたのだと言われている。なるほど確かに、地図を見る限りこの大地は翼を広げたドラゴンが寝そべっているように見える。

 そのせいか、この世界には人とドラゴンが分け隔てなく生息し、友好を結んでいる。だから街中どころか時には小型のドラゴンをも家の中で見ることがあるのか、と理解した。


 次に、この世界には大陸となったドラゴンより分け与えられた魔力があり、それを行使して魔法が使えるということを知った。

 この世界、いや『ドラゴアース』の生き物は皆、魔力を持っている。その魔力は体内にある時は純粋なるエネルギーだが、外に出すときは属性を付与して扱う必要があり、その適性は人によって違うのだという。

 属性は大きく分けて六つ。風火地水と、光と闇。何に適性が有るかは、髪と目の色に現れる。私の場合は、地と水。一つしか適性を持たない場合であれば、髪と目の色は同じになるようだ。貴族は大抵の場合複数の属性に適性があり、平民の多くは一つしか適性を持たないのだと言う。その理由は、私のご先祖様にあるのだとか。


 その理由とは、私のご先祖様はかつてドラゴンと婚姻したからだということだ。この世界での貴族とは、かつてドラゴンと婚姻した一族を指すらしい。


 いくらこの世界ではドラゴンと人が仲良いからと言って、恋に落ちるものはごく稀である。力のあるドラゴンと婚姻したものはより高い地位を。そうでないものは低位貴族となる。

 そして私のご先祖様は力あるドラゴンと婚姻したことで公爵の地位を与えられ、貴族となった。ドラゴンと人との子どもは、ドラゴンか人、どちらかが必ず産まれるらしい。そして、その子どもは人と外見こそ変わりはないが、高い魔力を有するのだとか。

 私のご先祖様はきっと、地属性のドラゴンだったのだろう。直系であるお母様の髪色は栗色で、入り婿のお父様は赤だったから。お父様の目は水色だったので、なるほど私の目の色はお父様譲りか、と納得したのである。


「ふふ、フランシーヌったら今日も本に夢中ねぇ」

「はい、お母様」


 真顔で答える私の頬を、お母様――オルタンス様がぷにぷにとつつく。勉強に夢中で常に真顔の私に普通に接する人は、お母様とお父様、それからうちに長く仕える侍女のコレットくらいだった。

 それ以外のうちの使用人達からは、少し遠巻きにされている。

 正直、少し失敗してしまったかなぁと思う時がある。せっかく生まれ変わったのだし、勉強以外にも娯楽を求めるべきだったかな、とむむっと考える私を、お母様がひょい、と抱き上げる。



「将来、貴女はどんな大人になるのかしら。楽しみだわ。でも、どうか幸せになってね……」

「はい、お母様」



 夢見るような目で私を見るお母様に、ぎゅっと抱きつく。

 うん、私も今度こそ、幸せになりたいな……。



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