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14.旅行に行こう【本編:前編】




 ――長期休みに入ったその日、右翼の月16日の朝。

 私とベルトラン、お父様とアンリ様は十日分の荷物が詰まった旅行鞄を携えて私の家の前に集合していた。互いの家からそれぞれ一人ずつ、執事とメイド、それから数人の護衛。全部で十数名の大所帯がそれぞれのドラゴンを連れているものだから、なかなか見応えのある光景が広がっていた。


「では、我々護衛部隊が前後左右を固めますので、その内側をそれぞれの使用人が、前後にクリストフ様とアンリ様で、一番内側をフランシーヌ様とベルトラン様でよろしいですかな」

「ああ、俺がフラン達の前を飛ぶから、アンリ君は後ろで構わないか?」

「承知しました、クリストフ様。私の弟と未来の義妹(いもうと)を、しっかりと見守らせていただきますとも」

「……今何か聞き捨てならない表現をした気がするが、まぁいい。では行くとするか」


 道中での護衛計画の打ち合わせが終わったのか、お父様が私達を呼ぶ。

 竜の首に旅行鞄をくくりつけ、背の鞍に跨がる。しっかりと鞍に捕まり、合図するように鱗を撫でると、竜が翼を広げて一斉に飛び立った。

 十頭以上の竜が編隊を組んで飛んでいるというのに羽音が全くしないのは、彼らの風魔法の成せる業だろう。ダイヤモンドを思わせる形に綺麗に整列し、ドラゴヘッドを目指す。


「天気が良くてよかったね、フラン」

「そうですね、昨日まで結構雨が降ってましたし」


 雨天だからって竜が飛べなくなるということもないが、晴れているに越したこともない。何となく下を見てみると、森と平原と荒野に点在する都市や町村、それから大陸を半分に割る竜の背骨(ドラグボーン)山脈が見えた。

 ドラグボーン山脈に沿って竜頭の方角――前世で言うと北だろうか。に進路を取り、少しゆったり目に進んでいく。

 前回ドラゴヘッドに向かった時は竜に全速力で飛んでもらったのだが、今日は少し辺りを見渡す余裕があった。よく見たら人がいて、何かをしているのを見ることが出来る。

 大きめの建物が密集しているのはそれぞれ、ライトウィングとレフトウィングか。ならば砦のような建物はライトアームとレフトアームだろう。草原と森が広がる土地はドラゴネック。背の低い建物が点在し、大きめの建物は殆ど見当たらない。王城ですら、ドラゴハートのそれに比べると大分小さい。


 そして国土の半数を研究施設や学校とし、残った少ない土地を鉱山や農地に充てているのが、目的地であるドラゴヘッドだ。

 この国の人間の大半が昼夜なにかしらの研究や学問に明け暮れ、貴族ですら滅多に国の外に出ないというジョークがあるが……あながち間違いでもないのでは無かろうか。と、再びドラゴヘッドの地を踏んだ私は思わずにはいられなかった。

 この国の図書館、『叡智の殿堂』は王城と繋がっていて、秘密の通路から直接王族しか見られない禁書庫へと出入りが出来る、という話もそう言えばあったな。その辺はどうなんだろう、一体。


「まぁ、似たような噂はどこにでも有るからね。ドラゴテイルの職人は人嫌いで、気に入った人間じゃないと依頼は受けない、とか。普通に客商売なんだからそんなこともないんだけどね。ドラゴベリーやドラゴバックと材料の流通で取引もしないといけないんだし」

「……と言うことは、別にここの貴族も引きこもりじゃない、と」

「そうでなきゃ、大陸中の本は集まらないし、土地にまつわる研究なら実地調査だってするでしょ」

「それもそうですね」


 訳書じゃなくて原著でこの論文が読みたい、と海外に飛んだ前世の自分を思い出す。そう言えば前世の職場を選んだのも、海外出張が多いからだったっけ。なるほど、噂とは案外宛にならないものである。


「尊い」

「分かるかアンリ君」


 後ろでお父様とアンリ様が何か話してらっしゃるようだけど、何か物珍しいものでもあったのだろうかと辺りを見る。しかし特に前と変わったところは見当たらないが。


「フランシーヌ嬢がもっとうちに来てくれたら良いのに……! クリストフ様ずるいです、毎週のように見てるんでしょう、これを」

「ふふふ良いだろう。フランとベルトラン君が並んでいる、それだけで流れるこの空気……最高だろう?」

「くっ……二人の間に流れる空気になりたい……」


「…………」

「…………」


 何を話してらっしゃるんだろう、お父様とアンリ様は。尊い? 何のことなのかさっぱり分からない。ええと、私達のこと?


「……兄上」


 ベルトランが頭痛を堪えるような表情で額に手を当てている。何か知ってるのかと思って服の袖を引いたところ、アンリ様が真顔で胸に手を当てて膝を付くのが視界の端に映った。


「……ええと……アンリ様は何か心臓に持病をお持ちでいらっしゃるのですか?」

「さぁ知りません。聞いたこともないですね」

「ベルン、どうしたんですか急に敬語なんて」


 しかもものすごい笑顔である。なんだか圧力のようなものを感じるけど、気のせいだろうか?


「……良いかいフラン、なるべく兄上を視界に入れないように動くんだよ。何と言うか、危険だから」

「えっ、あの、図書館を案内してもらう予定では……」

「そうだった……兄上、フランに変なことを吹き込んだりしたら承知しませんからね……!」


 ベルトランが、いつの間にか復活していたアンリ様を睨み付ける。その視線を受け、アンリ様は黒い瞳を細めて楽しそうに口元に弧を描く。


「ふうん、変なことって例えばなんだい、ベルン」

「兄上が珍書を手にした時に言うあれこれです」

「あはは、上手いこと言うねえ。別に私は、フランシーヌ嬢に何かしたりはしないよ? それに今のは、挨拶みたいなものじゃないか」

「……挨拶は今朝しましたよ?」

「フラン!」


 今朝、確かによろしくお願いしますということを言った筈だと真顔で返答すると、ベルトランが珍しく声をあらげ、アンリ様がお腹を抱えて笑み崩れる。その反応はどういうことかと首を傾げてると、お父様が優しい笑みを浮かべて私の肩をぽん、と叩いてきた。


「あはっ、あははははっ、あはははははははははっ! ちょ、ねえベルン……この子絶対に捕まえててね、絶対に逃がしたらダメだよ」

「言われなくても!」

「え、あの、お父様……ええと……ベルンとアンリ様は何のことをお話しされてらっしゃるのでしょうか?」

「うん、そうだなフラン……お前はもう少し、物語に触れてみなさい。勉強ばかりでなく」

「え、ええっと……はい……」


 アンリ様とベルトランは何の話をしているのかまるで分からないが、もし一つ確かなことがあれば。


「……でもわたくし……ベルトラン以外は考えられないのですけど」


 私がベルトランを好きかどうかは、正直言ってよく分からない。前世では恋もしないまま終わってしまったので、自分の感情がどうか判断が付かないのだ。だけど将来、ベルトランじゃない人が隣に居るのは、何となく嫌だなと思うのだ。ベルトランがどう思うかまでは知らないけども。

 だがしかしそう言った瞬間、三人の動きがぴたりと止まった。かと思えばアンリ様を心臓を抑えてうずくまり、お父様は何故か目頭を押さえ、ベルトランは真っ赤になって明後日の方向を見ている。


「尊い……」

「ああ、俺は今……その単語の意味を噛み締めている……」

「兄上に餌を与えないで、フラン……」

「は、はい?」


 この反応は一体どうしたことだろう。何かまずいことを言ってしまったのかと思うが、それにしては三人とも嬉しそうだし……ううん、前世でも勉強ばかりしていたからか、こういう時どんな反応をしたら良いのか分からない……。


「失礼ですがクリストフ様、このような場所でいつまでも寸劇を続けられては通行の妨げになってしまうことと思われます。早めに宿に移動するのが良いのでは」

「あ、ああ、そうだな。ではフラン、ベルトラン君、アンリ君、移動するぞ」


 とまあ、執事のセルジュからの進言もあり、漸く私達は動き始めたのだった。



 そして宿に荷物を置き、昼食も済ましたところで私達が最初に行ったのはアンリ様に案内してもらう予定の『叡智の殿堂』であった。

 前回もそうだったが、やはり見渡す限り一面の本棚、というのは圧倒される。案内図も検索プレートもあるし巡回している司書の方も居るので、迷う心配はまずないのだがそれでも、理屈ではない部分でそこはかとない不安感が襲ってくる。


「まぁここ、窓もないし……天井も本棚も馬鹿みたいに高いよね。そりゃあ、十歳の女の子なら圧倒されて当たり前だと思うよ。それに奥までは見えないからどれだけ広いか分からないし……怖くなるのは当たり前だよね」

「アンリ様……」

「怖さの正体が分からないと、不安は解消されないものだよ。という訳で、ベルンはフランシーヌ嬢の手を放さないように」


 ニコニコ笑いながら、アンリ様がベルトランの手を私の手に握らせてくる。えっ、今のどういう流れです?

 繋がれた手をまじまじと見てると、ベルトランがどこか疲れたように深く息を吐いた。


「……フラン、嫌だったら振りほどいていいよ」

「えっ、嫌じゃないですけど」


 ベルトランと手を繋ぐのなんて初めてじゃないし今更だ。どうしてアンリ様が私とベルトランの手を繋がせようとしたのか分からないだけで。


「……今なら逝ける」

「逝って良いですよ兄上」

「ベルン、何か今日辛辣じゃないか? どうしたんだ、フランシーヌ嬢と一緒なのに」

「そうですね……案内とか結構なので、稀少本でも見に行けばいかがですか?」

「それも良いけど、今の私は推しを愛でるのに忙しい」

「……チッ」


 ベルトランが舌打ち? アンリ様との会話もそこはかとなく物騒な気がするし、オシヲメデルとは何のことだろう。お塩愛でる?


「ベルンはアンリ様と仲が悪いんですか?」

「そんなことはないよフランシーヌ嬢。こんなのは兄弟のちょっとしたじゃれあいだとも」

「うーん……そういうものなんですか。ミシェルはまだ幼いので、そういうじゃれあいとかも知らないんですよね……」

「フラン、あれを一般的な兄と思ってはダメだよ」

「あ、ええっと……はい」


 声は一応潜めているものの、図書館ではお静かに、が基本である。棚の間を歩き回りながらなので、もしかしたらうるさかったかも知れないと思い周囲に視線を巡らせてみたが、特に咎める視線は感じない。ほっと安堵しつつ、高い本棚を見上げてみる。じっと目を凝らしても天辺までは見えず、どれだけ高いのかと眉根を寄せた。


「……これじゃあ、本を取るのに梯子が一々必要になってしまいますよね」

「検索プレートが有るから大丈夫だろうってことらしいよ。私としては、若干味気ないなって思うんだけどね」

「そうですよね……読みたいって思う本って自分で探して見付けたいですよね……」

「僕もそうしたいよ。でもなぁ……本の数も多いからねぇ……」

「と言うかこれで、本の手入れとか大丈夫なんでしょうか」

「うーん、司書の人に聞いてみないと何とも言えないかな」


 小声でしゃべりつつ、アンリ様について歩く。どこか目的地があるようにお見受けしたが、どこに向かっているのかという疑問は程なくして解けた。


「ここは……物語の棚ですか?」

「そうそう。フランシーヌ嬢はもう少し、大衆娯楽の本を読むと良いよ。特に恋愛系のを」

「……えっと」


 大衆娯楽。そういうものは前世で母が全て切り捨てて来たものだ。そんなものを読んだら馬鹿になると、アニメも漫画も小説も全て許されなかった。しかし。


「……読んで、良いんですか?」

「誰か君に読むなって言った?」

「いいえ……」


 前世で、私にそういうものに触れるなと言った母はもう居ない。だから読んでも大丈夫なのだと思っても、どうしても抵抗感は拭えなかった。


「じゃあ読もうよ。それとも、そういう本は嫌い?」

「……分かりません」


 そういうものに全く触れて来なかったので、好きか嫌いかの判断もまるで付かないのだ。子どもの頃に読んだ絵本は、文字の勉強としか見てなかったし。


「それなら、短めのやつから読んでみよう。この近くにあるものだと――」

「……でも、そういうものは下らないから、って」


 知らず口にしていた言葉に、はっとなって口を手で覆う。瞬間、ベルトランとアンリ様の両方から、冷気のようなものがヒヤリと漂った。


「……フランシーヌ嬢、それ、誰が言ったの?」

「……オルタンス様やクリストフ様がそんなことを言うとは、僕には信じられないのだけど?」

「あ、その……」


 そうだ、この世界に来てから、誰からもそんなことは言われなかった。それを言ったのは、前世の母だ。しかしそれを口に出すことは出来ないので、力なく首を振った。


「すいません……えっと、誰が言ったかは覚えてなくて、どこかでそんなことを聞いたことあるような気がしただけでした」

「なんだ。それじゃあ、読んでみようよ。もしかしたら、好きになれる本があるかも知れないじゃないか」


 途端、ベルトランがふわりと笑ってそんなことを言ってくる。金色の瞳が優しく細められ、暖かい光を宿して私を見るので、何だか心がふっと軽くなった。


「それなら……ベルンが読んで面白かった本を、教えてください。それなら、私も好きになれるかも知れないので」

「うん、分かったよ。なるべく短いのを選ぶからね」


 ベルトランが本棚を物色する横で、またもアンリ様が胸の辺りを抑えてうずくまる。先ほどから何だろう。病気ではないと言っていたが。


「あの、大丈夫ですかアンリ様……」

「ああ……推しの尊さにやられてるだけだから気にしないで良いよ……ふふふ……」


 黒い瞳が何だか恍惚とした光を帯びているのを見て、思わず一歩後退りしたところでベルトランが私とアンリ様との間に立った。


「フラン……兄上のあれは、病気じゃないから心配しなくていいよ」

「はい……」


 まぁ確かに、よく見たら顔色も良いし心配する必要も無さそうだ。それにしても。と、ベルトランが私に持たせてくれた本を見下ろす。表紙にはドラゴンと王子様とお姫様の絵が描かれている。タイトルを見る限り、童話めいた恋物語のようだ。ベルトランが読んで面白かったと言うなら、きっと期待出来るだろう。

 これを読んだら、もしかして。


「あの、アンリ様が言ってた、『オシガトウトイ』って言葉の意味も分かりますか?」

「えっ」


 こうして、私の旅行一日目は過ぎて行ったのだった。

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