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13.旅行に行こう【準備編】




 ――次の長期休みの時に、ベルトランとドラゴヘッドに旅行へ行きたいと伝えてみたところ、大騒ぎになった。

 お母様が珍しく深刻な顔をし、お父様は何処かに祈りを捧げ、アメリーは青くなり、ミシェルは泣きそうに目を潤ませた。


「まぁ、ベルトラン君と旅行……? どうしましょう、二人きりなんて……もしも間違いが起きてしまったら」

「何を想定しておいでですかお母様」

「フランが婚約者と旅行か……まだ早い、と思っていたが……大人になるのはあっという間なんだな……」

「ですから何を想定しておいでですかお父様」

「お姉様が、ベルトランお義兄様と旅行……? お姉様、男は魔物なんですのよ……?」

「何もないわよアメリー」

「ねえさま、もうおよめにいっちゃうの……?」

「行かないわミシェル」


 家族愛が重い。


「お母様、お父様……わたくし達、まだ初等部の学生ですわ……元より、二人きりでの旅行などと思っていません。ですからその、安心なさって?」

「と、言うと……?」

「その、わがままを申し上げてしまいますが、お父様かお母様に来ていただければ、と……」


 おずおずと口にした瞬間、お父様とお母様がふっと真顔になった。そして向かい合い、その口を開く。


「……オルタンス? 君は公爵としての公務があるだろう。ここは無論、俺が行こう」

「あらあなた、仕事なんてどうとでもなりますわ。それよりも、可愛い娘と過ごしたい女親の気持ちを分かってはもらえないのかしら?」

「そうは言うが、君ばかりフランといる機会が多すぎる……! 俺だってたまには、娘と水入らずの時間が欲しい……!」

「しかし男親と婚約者と旅行、と言うのはどう見られるものでしょうね? 愛しい妻に、たまには休暇をとは思いませんの?」

「親と旅行に出たところで、何の問題がある。男親なら、最良の護衛でもあるだろう。休暇についてだが、それなら俺が何とかするから……! たまには俺にもフランをくれ……!」

「フランはものではありませんわよあなた」

「知っている……今のは言葉の綾だ……!」


 終いには床に膝をつかんばかりのお父様の剣幕に、お母様がふう、と息を吐く。それから幾度か瞬きをして、ふっと目許を緩めた。


「あらあらあなたったら、そんなにフランが可愛いんですのね。仕方ありませんわ、たまには譲ってあげませんとね」

「オルタンス……!」


 お父様が感激した様子でお母様を抱き締める。どうやら許可が出たようで何よりだが、何となく後ろめたいものを感じるのは何故だろう……? 私とベルトランの間には、まだ何もない筈なのだけど。


「その代わり……フランに何かあったら……この家の敷地へは立ち入ることはかなわないと思ってくださいね?」

「無論だともオルタンス……決して傷一つ付けないことを誓う」

「うふふ、それでは頼みましたよ、クリストフ。滅多にないフランのわがままですもの、全力で叶えなくてはなりませんわ……!」


 家族愛が重い。


「……旅行に行くお許しが出て何よりです。それではお父様、よろしくお願いしますわ」


 遠い目をしそうになるのをぐっと堪え、淑女の礼をする。と、お父様とお母様は揃って感激した様子で目を潤ませた。


「ああ、こんなに可愛いフランがいずれベルトラン君と結婚してしまうなんて……」

「お嫁に行くのではないと分かっているのだが、何故こんなにも寂しく感じてしまうのだろうな……」

「はぁ……」


 そろそろこの両親を誰か止めて欲しい。そう思って使用人達に目をやると、彼らは揃って諦めたように無理、と目線だけで即答してくれた。うん、無理なのは知ってる。でも少しだけでもこう……協力してくれても良いんじゃなかろうか。

 アメリーとミシェルをちらと見る。うん、無理。

 どうしようかこのまま収集が付かなかったら。と両親を見上げるが、彼らは自分の世界に入っててこちらの話を聞く様子はない。ならばしばらく放っておくに限る。


「……セルジュ、わたくしはベルンに旅行のお許しが出た、と手紙を書いてくるわ。お父様とお母様をよろしくね」

「…………かしこまりました、お嬢様」


 さらりとうちの執事長に丸投げして部屋を出る。ちなみに場所は両親の執務室である。何をやってるんだと思わなくもない。

 事態の収集をほうりだして廊下に出たところで、ハタ、と思案する。


「……どうしてうちの家族は、あんなに"私"のことを溺愛しているんだろう」


 じっと自分の両手を見詰めて考える。お母様を始めとして、私の家族はひたすらに私を溺愛している。時に盲目だと思う程に。時に愛が重すぎる程に。いっそ――不自然である程に。

 アキは私を、異世界の魂だと見抜いていた。アキに分かるのだから、お母様の友であるアランや、お父様のフィルなんかも当然知ってるだろう。それだけでなく、もしかしたら使用人達の竜も。

 その誰かが、もしもお父様やお母様に私は二人の娘ではないと伝えたりしたら? 私は……この世界での居場所を失うんじゃなかろうか。


「……っ」


 そう思うと、急に心細さが襲って来た。アキは心配要らないという意味合いのことを言っていたが、そんなの本当か分からないじゃないか……!

 どうしよう、上手く息が出来ない。急激に膨れ上がる不安に息苦しさを覚えて大きく口を開けたその時、不意に後ろからふわりと抱き締められた。


「あらあらどうしたの可愛い子。ベルトラン君にお手紙を書くのだと出ていったのではなかったのかしら? 泣きそうな顔をしてどうしたの。何があったのか、私に話してはくれないかしら」

「お、お母様……」


 私を優しく抱き締めるその手はどこまでも慈愛に溢れていて、暖かい。全ての不安を溶かしてくれる温もりに包まれて、私は全てを打ち明けたくなる衝動に駈られた。


「お母様! わ、わたくし本当はお母様の子どもでは……!」


 言い掛けた言葉はしかし、お母様の指一本で封じられた。ほっそりとした指が私の唇へと押し当てられ、それだけで言葉の続きを口にすることが出来なくなってしまう。


「フラン、貴女は私の子よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。急にどうしたの? もしも誰かに苛められたなら言ってね。どんな手を使ってでも……」

「大丈夫ですわお母様。そういうわけではなくて……その、お母様はどうしてこんなに、わたくしを愛してくださるのですか?」


 その続きは言わせてはいけない気がして慌てて止めさせる。それにしてもこの口ぶり……何だかまるで、私が異世界の魂を持っていることを知ってるかのようである。


「あらフラン、おかしなことを聞くのね。家族を愛するのに理由がいるかしら? 私はね、フランもクリストフも、勿論アメリーもミシェルも愛してるわ。みんな私の大事な家族だもの、当たり前でしょう」

「お母様……」

「何度だって言うわ。貴女は私の大事な娘よ。貴女は私の、奇跡そのものなのだから。私のところに来てくれてありがとう。大好きよ、フラン」


 そう言って今度は私のことを正面から抱き締めてくれるその温もりに胸が熱くなりながら、おずおずと私の方からもそっと手を伸ばす。


「ありがとうお母様……私も、お母様が大好きです」


 普段と異なる一人称に気が付いたのか、お母様がクスリと口元だけで笑う。そんなお母様に抱き付く腕に力を込めたところで、お母様の背後のドアからこちらを伺う気配に漸く気が付いた。

 ……しまったここ、お母様の執務室すぐ前の廊下だった。その上、つい先ほどまでそこには家族全員揃っていたわけで……。

 だらだらと冷や汗を流す私の前で執務室のドアが大きく開き、お父様とアメリーとミシェルか飛び出してくる。それから、私達に飛び付くようにして抱き着いて来た。


「お姉様! 私もお姉様が大好きです!」

「ぼくもねえさまだいすき!」

「オルタンス、フラン、アメリーにミシェル……お前達全員、俺の宝物だ……!」


 まずアメリーとミシェルが私の身体と腰に飛び付き、最後にお父様が全員まとめて覆い被さるようにして抱き締めてくる。

 それが少しだけ苦しいけど嬉しくて、なんだか胸の奥がぽかぽかしてくる。


「もう……お父様もアメリーもミシェルも、勿論大好きですわ」


 思えば"私"の母は、こんな風に無条件の愛情なんてくれない人だった。肉親とはそういうものだと思っていたので、こんなにもみくちゃにされるような愛情表現は初めてで、恥ずかしいけど気持ちが温かくなる抱擁だった。

 お父様とお母様の、私を見る目が優しくて、私は改めて、この二人が私の親で良かったなぁ、と思っていた。

 私がこの世界に産まれてから十年以上かかってしまったけど、私はやっと、この人達と家族になれたんだと実感していた。





「……ってことがあったんですよ」

「うん、旅行の許可が取れたし家族仲が深まったのは何よりだけど、どういう経緯でその話になったんだい?」

「……どうしてですかね?」


 翌朝、登校している最中にベルトランに昨夜のことを話してみたところ、何故か半眼を向けられた。とは言え前世がどうこうという話をするつもりはないのでどうしてもぼかした説明になる。


「まぁその……思春期を前に何となく自分の自我について不安が芽生えたと言いますか」

「……それ、僕に話してよかったやつ?」

「ベルンだから、聞いて欲しかったんですよ」


 未来の家族になるかも知れない相手だから。


「……たまにフランって、凄いこと言うよね」

「そうですか? あれ、なんだかベルンの顔赤くなってませんか?」

「……君って本当」


 ベルンが何やら呻いてるが、距離があるし魔力も介さない呟きのようで聞こえなかった。そんなに赤くなるような要素なんて、どこかにあっただろうか?


「ともかく、旅行は楽しみですね。後二ヶ月程先ですが」

「本当にね」


 この間行った時は図書館で本を二冊程読みきるので精一杯だったのだ。もっとたくさん読みたかったし、本屋や研究所なんかもつぶさに見ていきたい。

 それら全部を、ベルトランと見て回れたら、きっと楽しい。


「……そうだ、ベルンの家は誰が来るんですか? わたくしの家とベルンの家で、一人ずつ保護者をお願いするんでしたよね」


 さすがに二人ともしっかりしてるとは言え、まだどちらも十歳程度のお子様だ。ベルトランが右腕の月に十二歳となるが、それにしたっても早すぎる、というのは二人揃っての共通認識であった。

 だから泊まりで遠出する以上は保護者を頼もうということになっていたのだが。


「うん? ああ、兄上が来てくれることになった」

「ベルンの……お兄様? 確か今年高等部二年の」

「そう、父上も母上もこの時期は忙しいから行けるか分からないので、兄上にお願いすることになったよ。兄上は僕よりドラゴヘッドに詳しいからね、案内もしてくれるそうだよ」

「それは……頼もしいですね。ベルンのお兄様なら、わたくしも何回か会ったこと有りますし」


 確か空のような青い髪を長く伸ばして後頭部でくくり、後ろ髪の一部が金に染まっていて、夜闇のように黒い目の色の優しそうな方だった。名前はええと……アンリ様って言ったかしら。


「あれは自分も楽しむつもり満々だね。愛書家(ビブリオフィリア)で活字中毒なんだ、兄上は」

「そう言えば、いつも何かしら分厚い本を抱えてらっしゃいましたね」

グリエット家(うち)を継ぐんでなかったら、確実に『叡智の殿堂』の司書になってたんじゃないかな? あそこにしかない本もたくさんあるしね」

「そうでしょうね……」

「高等部を卒業したらドラゴヘッドに留学するって言ってたよ。いつまで許してもらえるかは分からないけど」

「まぁ、そのような方でしたら、『叡智の殿堂(あそこ)』の施設そのものが垂涎ものでしょうし……」


 ドラゴハートではやはり、入手出来る本はどうしても限られる。アンリ様もそこは重々分かってらっしゃることだろう。

 ともあれこれで旅行に行くメンバーは決まった。その時までしっかり体調を整え、万が一のことが無いように悔いなく過ごしたいと思う。





 それからの日々はあっという間で、気が付けばドラゴヘッドへ旅行する日まで後僅かとなっていたのだった。




案の定長くなったので分けます。

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