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12.ベルトランとの初デート(仮)【後編】




「ここが……ドラゴヘッド……!」


 街の中に入った私は、キョロキョロと辺りを見渡した。ぱっと見ただけでも何軒も本屋が立ち並び、研究所なのか不思議な形の建物がいくつも建っているのが見える。おかしな色の煙が煙突から上がっているものもあり、外からでは何のための建物かはまるで不明である。それからもう一つ目についたのが。


「屋台が多いですね……?」


 食堂と見える建物も有るし、食料品店も存在するが、それ以上に屋台がやたらと多かった。ホットドッグにサンドイッチ、弁当にドーナツ、揚げ肉に串焼き肉にそれからそれから……。

 ドラゴハートではまず見掛けないようなジャンクフードが非常に多かったのである。


「学問と研究の国ならではってところだろうね。なるべく研究に集中していたいから、片手間に食べられるものが好まれる傾向にある。似たようなのは、ドラゴテイルでも見たなぁ。あっちは職人だけど、同じく作業の合間に片手間に食べられるやつを好むんだ」

「……なるほど」


 前世での所業も含め、思い切り心当たりのある私は納得するしかなかった。確かに私も、サンドイッチやらおにぎりやらを好んで食べていたように思う。


「頭と尻尾で一番離れている国が、作っているものは違えど行動が似ているってなんだか面白いね」

「言われてみれば……」

「まぁ、この国はドラゴテイルを『役に立たないものばかり作ってる国』って言ってて、ドラゴテイルはこの国を『頭でっかちの芸術を解さない国』って言ってて、仲が悪いんだけどねー」

「えええ……この大陸って基本的にどの国も仲が良い筈では……」


 少なくとも歴史書にはそう書いてあったのだけど。


「あっはっは。本の知識を鵜呑みにしてたらそう思うかもねぇ。でも、ドラゴバックとドラゴベリーもさして仲良くないよ。当然、そこだけじゃないとも。とはいえ、戦争を起こす程でもない。良くも悪くも職人気質なんだよ、彼らは」

「……詳しいんですね、ベルンは」

「実際に行って見てくれば分かることだよ。去年はそれこそこの三国を中心に飛び回ってたしね」

「そう言えば、見てきたかのような口ぶりでしたね。でも、どうしてですか?」


 そう何気なく聞いたつもりだったのだが、次の瞬間、ベルトランが硬直した。その上、顔が赤く染まっていく。何事かと思ってたら、彼が振り絞るような声でその理由を口にした。


「君の誕生日プレゼントの、虹色鋼のティアラ……」

「えっ、あ、あれ、ですか?」

「そうだよ……ドラゴベリーで君のプレゼントを探し回って、虹色鋼を見付けて……産出地であるドラゴバックに直接出向いて譲ってもらって……ドラゴテイルでティアラに加工してもらったんだ。まさか忘れてないよね?」

「いいえまさか。大事に持ってます、本当に」


 特別なパーティーに出席する時にしか付けないつもりでしっかりと鍵付きの宝石箱に保管しているし、これだけはと思って自分で手入れもしている。恥ずかしいから内緒だけど。

 それにしても、あのティアラ、それなら手に入れるのに結構大変だったのではなかろうか。うわぁ、そう思うとなんだかこう、お腹の中がむずむずして落ち着かない感覚になる。決して嫌な感じではないけど。


「なら良かった。装飾品の類はあまり喜ばないかな、とも思ったんだけどね……君が大事にしてくれてるのなら、嬉しい」

「別におしゃれが嫌いなわけでもありませんから」

「そうなの? 新しい魔法書とか研究資料とかの方が嬉しかったかなとか考えたりもしたんだけど」

「否定はしませんけどね」


 けどまぁ、ベルトランが私のためを思って一生懸命選んでくれたものだ。その気持ちはとても嬉しいし、前世でも今世でも勉強一辺倒だったためしばし誤解されるが、人並みにおしゃれに興味はある。ただ、最優先が勉強でそれ以外が疎かになってるだけで。


「それなら良かったけど……そろそろお昼時だね。そこのベンチでお弁当にしようか。そうしたら、改めて街の中を散策しよう」

「はい……そう言えば、ベンチの数も多いですね」

「多分、お弁当買って食べてからの仮眠用じゃない? ほら、そこで白衣姿の人が寝てたりするし」

「わぁ……それに、お昼時でも人通りが少ないですね……お弁当を買ってる人も居ますけど……」

「研究に没頭して、不規則な生活の人も多いんだろうね……こんなところも、ドラゴテイルにそっくりだ」

「職人気質……」

「隣がドラゴネックじゃなければ、冗談抜きでこの国滅んでるんじゃないかなー?」


 狩猟と農業の国『ドラゴネック』は、漁業と畜産の国『ドラゴフット』に並んでドラゴアースの食料事情を支えている国である。

 狩りで獲れた動物を、農業で作った野菜や穀物と共に食品へと調理してこの国へと卸している。他国でも農業はしてるのだが、ドラゴネックが最も盛んで質も良いのだ。その上研究気質のドラゴヘッドの国民はそれ以外のことはほぼからっきしであるとはベルトランの言だった。確かに、ドラゴネックが隣国でなければ危ないかもしれない……。

 ということは、屋台の人達はドラゴネックの国の人か。


「ドラゴヘッドの国民は、ドラゴネックの国民と結婚することが多いらしいよ。やー、この国色んな意味で面白いよね。さて、ここで良いかな。お弁当にしよう」

「……ベルンは、ドラゴヘッドにも来たことが有るんですね」

「そりゃあね、僕も勉強は好きだし」


 ベルトランの言動は、明らかに以前も訪れたことのある人間のそれだった。私は今日初めての国外へ出たというのに。こんなところでも、一年の差を感じる。


「私も、ベルンと来たかったです」

「あー、うん、ごめんねフラン。別に抜け駆けするつもりじゃ無かったんだけど」

「……そういうことではなくて」


 確かにこの国へ来るのは憧れだった。憧れだったのだけど、それだけにベルンと来たかったと言うか……なんだろう、もやもやする。

 よく分からない気持ちを、ちょうどメイドが淹れてくれたお茶と共に飲み込む。次いでお弁当の中身であるサンドイッチで半ば無理やり忘れようとした。


「でもまぁ、少しは案内出来るから。フランの行きたがってた叡智の殿堂も、見に行こう?」

「そうですね……そうしましょう」


 この訳の分からない気持ちも、観光していたら晴れるだろうか。そんなことを私は思ったのだった。



「ここが……叡智の殿堂……」

「何度見ても絶景だな……見渡す限り本棚で埋め尽くされている」


 ということで、午後は大陸一の広さを誇るドラゴヘッド随一の国立図書館、通称叡智の殿堂と呼ばれるそこへと来ていた、

 古今東西ありとあらゆる本が収められ、子ども向けの絵本から小説、学術書から実用書、参考書に辞書、百科事典まで揃えられており、ここに来れば分からないことなどないとさえ言われている。

 故に、大陸中の人間が集まる場所でもあった。

 貸出は、国民は自由だが国外の人間は国からの許可が必要となる。その上国外への持ち出しは不可なので、借りたら宿を取るなりなんなりして読みきらなければならない。写本は可なので、どうしても欲しければそうするしかない。もし破損や紛失するようなことが有れば弁償及び厳罰と、非常に厳しい措置が取られる。ここ以外では現存していない本も多いので、仕方ないのだとか。


「ここの本を全て読破するのは、一生かかっても無理そうですね……」

「時を止めるのは闇魔法の領域だしねぇ。使う魔力も膨大だし、実現するのは現実的ではないけど」

「夢だけは有りますね」


 林立する本棚の間をゆっくりと歩く。子ども二人にとっては本棚はあまりに大きく、見上げるだけで首が痛くなり、食われてしまいそうな錯覚を覚える。

 歩いてるだけで何となく迷ってしまいそうで、気が付けばベルトランの手をぎゅっと握りしめていた。


「怖いの? 大丈夫だよフラン、僕が付いてる」

「はい……その、あまりに大きいものですから、つい」

「見事な本棚だもんねぇ。ところでフランは、読みたい本はあるの?」

「あ、ええと……最近は、この世界の動物の生態に興味があります」

「ふうん……そうすると、動物図鑑の類かな」


 ベルトランが本棚の間に置かれた竜骨鋼のプレートを手に取る。これには検索の魔法がかかっており、条件を入力すると本を探してくれる上に、選べば持ってきてくれるのだという。


「凄い便利ですね」

「本を一つ一つ魔法で紐付けてあるからね、ものすごい手間がかかってるんだ。本が国外への持ち出し不可になるわけだよ」

「……本当にそうですね」


 ベルトランがプレートに魔力を流し込む。と、いくつかの本の題名が表面に浮かび上がってきた。


「何から読みたい?」

「そうですね……ドラゴハートに棲息する生き物の生態についてより詳しいものを」

「いいよ……うーん、じゃあこれかな」


 手慣れた仕草で検索用の竜骨鋼のプレートを操作する様に、またもどこか悔しさを覚える。私はまだ、こういった魔術道具を扱うのには習熟してはいない。

 たった一年。だけどその差は、きっと私が感じていたよりも大きい。


「来た。はい、これだよ、フラン」


 プレートの上に魔方陣のようなものが浮かび、そこから本が実体化する。分厚い装丁のそれの表面には何頭かの動物が描かれ、「ドラゴハートに棲息する生き物の全て」と書かれている。

 ずっしりと重いその本を手に、私は何となく唇を尖らせた。


「……それ、使い方教えてください」

「いいけど……どうしたのフラン……なんか……拗ねてる?」

「……そんなんじゃないです」


 拗ねてるのではない。何となく気持ちが落ち着かないだけだ。


「それを拗ねてるって言うんじゃないかな……僕としては、君に何かを教える機会が有るってのは嬉しいけどねぇ」

「……だから、拗ねてません」

「分かったよ、そういうことにしておこう。それじゃあフランには、僕が読みたい本を探してもらおうかな。ドラゴバックで採れる鉱物を纏めた本なんだけど」

「……はい」


 ベルトランが私の手を取り、プレートの表面へと触れさせる。


「魔力と共にイメージしてみて、今の言葉を。最初は、言葉に出すとイメージしやすいんじゃないかな」

「はい。ドラゴバックで採れる鉱物の本」


 そう言いながら魔力を流し込むと、プレートの表面に本の題名がいくつか浮かんできた。さてどれが良いかなと思ってたら、一番上の題名をベルトランが指さして来た。


「それが最も発行日が新しいやつだから、それがいい。魔力を込めて指先で触ってみて」

「分かりました……こうですね」


 題名に触れると魔方陣が浮かび、その上に本が出現する。それを手に、ベルトランが私に笑みを向けてきた。


「ありがとう。それじゃあこれは本棚に戻して、早速読もうか」

「はい……私にもこれ、扱うことが出来ました」


 何だか気分がとても晴れやかになってきた。上向いた気持ちで、先ほどベルトランが探してくれた本の表面を撫でる。

 プレートを棚へと戻し、閲覧スペースまで私の手を引いていく。指がすらっと長くしなやかで、それでいて硬い掌の感触に、男の子だなぁ、なんて感じていた。



 夕方、日が暮れる前にとドラゴヘッドを後にし、家までの空を飛ぶ。

 ところでこの世界の昼夜は大陸となったドラゴン――竜王、またはノア・アークドラゴンと呼ばれている――が演出しているそうだ。その前にはこの世界に昼夜はなく、黄昏がずっと続いていたらしい。

 そう聞くとこの世界もつくづく不思議な存在だ。無限の海と僅かな島で出来た世界に、ある時巨大なドラゴンを始めとした様々な生き物が降りてきて、混乱はしなかったのだろうかと、水面に落ちるように見える太陽、と名付けられた光魔法の塊を見て何となく疑問に思った。


「んー、海には水棲生物もいたし、周囲の島には生き物の気配も有ったんだけど、向こうから敵対行動を取られることは無かったんだってさ。これも諸説あるらしいけど、最も有力な説なんだってこれが」

「……竜王様が侵略したわけではない、と?」

「と言うかまぁ、追い出されなかったし受け入れられたってことじゃないかな。でも周囲の島には、結界みたいなのが張られてて入ることは出来ないんだって、今も」

「閉鎖的なんでしょうか、向こうは」

「どうだろうねー。一応無理やり結界を破ることは出来るんだって。でも、そっとしておこうってことに昔決まって、それ以来ずっと不可侵を貫いてるんだってさ」

「なるほど……でもそれなら、干渉されないことに感謝した方が良さそうですね。戦争とかになって、負の感情が爆発して魔物を産み出してもいけませんし」

「あはは、本当にそれだよねー」


 水平線の近くに点在する島を見ながら、ベルトランが笑う。その次の瞬間、ふとその横顔が憂いを帯びたように見えた。


「……ねぇ、フラン」

「はい」

「今日は楽しかった?」

「はい、とても。また来たいですね。今度は宿泊して、もっとじっくり色んなところを見て回りたいです」


 その返答に、ベルトランが見せたのは今日一番の笑みだった。


「そうだね。また、デートしようね、フラン。今度は泊まりで」

「はい、長期休みの時にでも」


 学園は三ヶ月に一度、半月の長期休みに入る。その時なら、泊まりでじっくり出掛けることも可能だろう。なんだかわくわくしてきた。


「楽しみだね」

「はい、楽しみです」


 また私達には"次"がある。それはとてもとても、嬉しいことだった。それを噛み締め、私達は空を飛ぶ。家族が待ってる、それぞれの家へと。

書く前は毎回一話で終わるつもりでいるんです。

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