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09.ドラゴンと初めての魔法【前編】




 ――無属性魔法と一口に言っても、たくさんある。

 身体強化、治癒能力の促進、拡声、離れた相手とも話が出来る通信魔法に、無呼吸でも水中で動くことが出来るというものもある。そしてドラゴンと意思疎通が可能になる魔法、などなど。

 攻撃には向かないが、出来ることは案外たくさんある。自分の体内にある魔力に属性を与えず行使する魔法が無属性魔法と言って差し支えないだろう。

 私達が入学して最初に習うのは、無属性魔法だ。まずは自分の体内にある魔力を自在に扱えるようになることを目標とする。それから、自らの属性に合わせての魔法を扱えるようになっていく。

『ドラゴアース』の生き物は、例外なく魔力を纏っている。それは、大陸になっている竜から魔力を分け与えてもらっているから。ところで最近知ったのだけど、この竜生きてるらしい。


 伝承では人間と動植物、ドラゴンを連れてこの世界に舞い降りて、自らを陸地として提供した後に永い眠りについた、とあったからてっきり亡くなったのかと勘違いしていた。

 鉱山と鍛治の国である『ドラゴバック』で採れる鉱石は竜の背骨で、宝石と富の国である『ドラゴベリー』から産出される宝石は竜の血が変化したもの、と聞いたのだが、それでも生きてるのだとか。それくらいでは死なないらしい。まったくもってスケールの大きな話だった。

 ともかく、竜の魔力は膨大で、それが尽きない限りは死なないとのことだった。その魔力をこの大陸の生き物全てに分け与えて尚余りある魔力……いかほどのものか、想像も付かない。その上、生き物が死ねばその魔力は竜に返還されるし、周りの海は魔力をたっぷり含んでいるから、半永久的に生きるのではないかと言われている。すごすぎて言葉も出ない。


 で、我々はその魔力の恩恵に与っている、というわけだ。

 稀にその魔力を受け取ることが出来ず、髪も瞳も真っ白な子どもが生まれるらしい。その子どもは、身体が弱いからすぐに死んでしまうとのことだったが。

 長じても魔力のない子どもには何も出来ないので、場合によっては殺すことも有り得るらしい。何ともシビアな話だった。


 話が逸れたが、というわけで、今日は初めての魔法の授業である。独学で勉強はしてきたが、と言うかそんな生徒が大半だとは思うが、この時までしっかりと建前を守って魔法を使うのを控えていた。気合いは十分、と講堂に集められ、整列しながら思う。

 魔法の授業は、最初のうちは全員が同じ内容を学ぶため、一学年まとめて行うことになっている。貴族クラスと平民クラスの生徒が一ヶ所に集められるのなんて、この授業くらいのものだろう。そわそわと落ち着かなさそうに、緊張したように平民クラスの生徒がこちらを見ているのを感じる。

 色合いは異なれど、平民の生徒達の髪の色は緑、赤、青、茶色ばかりだ。貴族クラスにはそれに加えて、金髪や黒髪がちらほらと混じっている。一房だけ金や黒に染まっている生徒も何人かいる。これは、光と闇の魔力を最初から持ち合わせているのがドラゴンのみで、その魔力はドラゴンとの交配の遺伝でのみ受け継がれるからだ。

 それに加えて二色持ち以上が貴族の特徴となる。学園の制服は貴族も平民も同じだが、その点で言えば見た目の違いは非常に分かりやすかった。

 貴族も平民も、普段互いの姿を目にすることは殆どない。貴族の子は十歳になるまで屋敷の敷地から出ることはなく、平民の子は貴族の家の敷地に立ち入ることは許されない。入学式の時は周囲を見る暇など無いから、これが初の両クラスの接触となる。

 そのせいか、なんだか妙な緊張感が辺りに満ちていた。

 その空気を切り裂くように、講堂にある舞台の壇上から何かを叩く音がする。そちらを一斉に見やると、長い赤毛を後頭部で一つに結び、眼鏡を掛けた女性が立っていた。


「はいはーい、こっちを注目してねー。ええと、まずは入学おめでとう、みんな。私が無属性魔法の授業を担当する、バルバラ=ルヴィエです。よろしくね」



 ニコニコ笑いながら、緑の瞳を細めて先生が自己紹介をする。講堂は広いのに特に声を張り上げた様子もなく声が届いてるのは、拡声の魔法を使ったのだろう。ごく自然に、当たり前に行使される魔法に、少し興奮した。


「えっとねー、ここの学校は、平民も貴族も差別しません! それは授業でも同じです。クラスを分けてるのは、勉強内容が違うからだからねー。なので、勉強内容が同じこの授業では、皆に同じように学んでもらいます。良いでしょうか!」


 先生の言葉に、即座に貴族クラスの子達が同意を示すように拍手する。それを受けて、平民クラスの子も、おずおずといった調子で拍手していた。

 この世界において、()()()()()()()()()()である。それは、生まれた時から叩き込まれる常識だ。なので、先生の言葉に即座に同調したのだ。


「うんうん、いいお返事だねー。それじゃあ早速、魔法の授業に入ろうか! とりあえず、隣の人とコンビを組んで下さい! 組んだら手を繋いで……そうそう、列を全体的に広げてくださーい」


 隣にいたブリジット嬢と手を繋ぎ、他の生徒達から少し距離を取るようにして広がる。何だろうかとバルバラ先生の方を見ると、彼女はその手に紐のようなものを持っていた。


「今からこれを配りますねー。これは、魔力を伝達しやすくなる物質で作ってます! 怖くないから、これをペアの子と持っててねー」


 渡されたのは何かの鋼線が織り込まれた紐だった。恐らく竜骨鋼だろう。竜の骨の加工物は、魔力をよく通すから。


「それでは魔法の前に、まずは自分の魔力を感じてみましょう。目を閉じて、集中して身体の力を抜いて……そうですね、心臓の辺りに手を当てて……そこから全身に力が行き渡っているイメージを思い描いてください」


 言われた通りにイメージしてみる。胸の辺りにある、熱いエネルギーの塊。それがどくどくと脈打って、身体の中を一巡りする、その感覚。

 ――見えた。これが、魔力……。


「イメージ出来た、出来ましたか? 出来たら片手を上げてください。これが、私達が普段無意識に使っている身体強化魔法です! 身体を頑丈にしたり、力持ちにしたり、足が速くなったりします。そのうち、これを自在に操る方法を教えますが、今はその魔法がある、ということを覚えておいてください!」


 バルバラ先生が熱く語る声が聞こえる。本で読んで知ってはいたけど、なるほど、確かに何かのエネルギーが体内を駆け巡る感覚があった。


「はい、みんな自分の中にある魔力を感じることが出来たみたいね。もういいよ、手を下ろして、目を開けてー」


 上機嫌な先生の声に言われるがまま、目を開ける。ふっとブリジット嬢と目が合ったので、何となく頷いた。


「じゃあ次は、意思伝達の魔法を教えます! これなんですが、どうしてかみんな竜とだけ話せる魔法って思ってる子が多いんだけど、実はね、誰にでも使えるの。じゃあどうして竜とだけ話が出来るかって思われてるというと……基本的に竜にしか使わないから、なのよね」


 そこで一旦言葉を切り、バルバラ先生が手にした紐をひゅん、と振り回す。


「何故竜にしか使われないのかと言えば、『ドラゴアース』で知性ある生き物は、竜と人間だけだから、と言って良いからです。他の生き物は本能だけで生きてて、こちらの話が通じません。ですが竜は、我々と同じくらい、いえそれ以上の知性を持っています。しかし彼らは人間と同じ発声器官を持ちません。なので、意思伝達を魔法で行う必要があるのです」


 先生が紐の両端を持ち、私達によく見えるように掲げて見せる。


「この紐は補助です。先ほどペアを組んだ子と端と端を持ってください。そしたら、自分の思考を伝えるイメージを、相手に持って……交互にやりましょう、混線するといけないので。伝える子は、自分の思考をはっきりと持って。受け取る子も、しっかりその辺をイメージしてね。一方通行はダメよ。それじゃ、開始!」


 バルバラ先生の合図と共にブリジットと向き合い、互いに緊張した顔を向ける。いきなり何かを伝えろ、と言われてもどうしたら良いのか……。


「紐は一度魔法に成功したら回収するからねー。やり方さえ覚えたら、もう必要ないので。何を伝えたら良いかわからない子は、昨日のおやつなり今朝の朝ごはんなり思い浮かべてください」


 朝ごはん……そういうので良いのかと思ってブリジットを見れば、彼女も納得したように頷いていたので、紐を渡す。


「ええと……私からで、良いでしょうか、ブリジット」

「は、はい、どうぞ」


 ブリジットに紐を渡し、それに魔力を通すイメージと共に今朝の朝食を思い浮かべる。仰々しい呪文は必要ない。現象を思い描けば、それでいい。ええと、今日は確か……。


「……ゆで卵、オニオンソースのグリーンサラダ、パンを二個とベーコンのソテーに冷たいミルク……ですか」

「ええ、上手く伝えられたようで良かったです」


 次はブリジットの番である。受け取るイメージを思い描き、彼女の思考へと集中する。

 彼女の魔力が紐を通じて流れ込んで来る。それがやがて言葉へと姿を変えて私の脳内へと浮かんでくる。


「……紅茶とマカロン、クッキーとパウンドケーキ……これは昨日のおやつかしら?」

「はい、そうですフランシーヌ様。伝わったようで何よりですわ」


 にこりと笑う彼女に小さく頷いたところで、再びバルバラ先生の声が響く。


「はいはい、出来たら紐は回収するよー。近くにいる先生に渡してください! そしたら次は紐なしでやってみてね。出来たらどんどんペアを変えて繰り返して。貴族も平民も関係なくね!  触るとよりダイレクトに思考が伝えられるけど、余計なことまで伝わっちゃうので、おすすめはしません! さぁ、どんどんやっていって!」


 バルバラ先生の声に急かされるまま、私達は授業時間終了までひたすら意思伝達の魔法を使い続けたのだった。


「この魔法を、長距離まで届くようにしたのが通信魔法です! でもやるのは難しいから、無理に使おうとしないように。それから、意思伝達の魔法でドラゴンと友になるのは注意が必要です! ドラゴンは優しい生き物ですが、一方で気高く気難しく嫉妬深い生き物です。なので、友になるのは一頭と定めてください。色んな竜に手当たり次第に声を掛けていると、竜の信頼は得られず、友となってはくれません。それから、平民の子は無理に竜と友になる必要はありません。ですが竜と話せると、もしもの場合に助けてくれます。その時にこの魔法は役に立つでしょう。それでは、今日の授業はここまで!」


 バルバラ先生の声と同時に、授業終了を示す鐘が鳴る。それで一斉に空気が弛緩し、生徒達が教室へと戻っていく。


「授業楽しかったねー」

「うん、あたし緊張しちゃったー」

「ぼくも。でも思ったより簡単だったね」


 周囲のそこかしこからおしゃべりの声が聞こえる。皆、初めての魔法に興奮が隠せない様子で顔を輝かせ、頬は真っ赤に染まっている。その様子を微笑ましく思いつつも、私もまた内心で興奮に打ち震えていた。

 これが魔法……すごい……。もっと覚えて早くたくさんのことが出来るようになりたい。楽しみだ。

 それから、私の友となる竜だが、これならというものがいる。

 よく私の屋敷の庭に来る、地属性の竜。そのうちの一頭が、なんだか私を好いてくれている気がするのだ。今日、家に帰ったら早速試してみよう。ベルトランみたいに、早く竜に乗れるようになりたい。

 自分で竜に乗れるようになれば、使用人に送って貰わずとも学園に行き来が出来るようになる。貴族の子は、まずそれを目指すのだ。

 初めての魔法に高揚した気持ちのまま、私はその日の授業終わりを待ち遠しく感じていた。

またも長くなったので分けます。

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