08.入学式
――翌年、竜頭の月一日。
真っ白いブラウスに、一年生を示す赤のリボンタイ。クリーム色のボレロと同色のジャンパースカート。
栗色の髪は真ん中で二つに分けて三つ編みにし、顔の両脇に垂らしている。赤渕の眼鏡をかけて鏡で全身を軽くチェックし、一つ頷く。
真新しい王立ドラゴハート学園の制服に身を包んだ私がそこにいた。
「ついにフランも入学する時が来たのか……早いものだなぁ」
「ええ……つい昨日産まれたばかりみたいに思うのに……もう入学だなんて……あっという間だったわね……」
お父様とお母様が背後で何やら目の端を拭っているが、大げさだな、と正直思う。まぁ、お二人はかなりな親バカなのでしょうがないか。
「お姉様……入学おめでとうございます」
「ねえさまおめでとー」
としみじみしてたら、妹のアメリーと弟のミシェルが祝いの言葉を告げに来てくれたので、嬉しくなった。
「ありがとう、アメリー、ミシェル。わたくしの制服、どうかしら」
「とてもよくお似合いですお姉様! 私にはとても眩しく、神々しく見えますわ……」
「そ、そう……ありがとう……」
しまった、アメリーもうちの両親に負けず劣らずのシスコンだった。常々思うが、家族はこの仏頂面の私が何に見えているのだろうか? 顔は確かに美少女だけど、この愛想の無さでは台無しとしか思えないのだが。
「ねえさま、とてもきれい……」
まさかのミシェルもだった。かといって悪い気はしないので、家族が親バカでもシスコンでも、仲が良いならそれに越したことはないと思うが。
「その……他にもたくさんの方が着る制服ではありますが、そのように言われると、なんだか舞踏会に行くドレスのようにも思えてしまいますね」
「あら、フランったら面白いことを言うのね」
お母様がニコニコ笑って後ろから私をそっと緩く抱き締めるようにする。うん、まぁ当たり前のことだ。家族に当てられて私まで大げさなことを言ってしまった。
「世界にたった一つの、花嫁のドレスにも等しいわ」
訂正。お母様はそれ以上にある意味強者だった。
「お姉様、まだお嫁に行かないでくださいませ!」
「やだやだ、ねえさまはまだぼくとあそぶのー」
「いずれグリエット家のと結婚する身とは言え……その日を思うと少し辛く感じてしまうものだな……」
そして家族もそれに負けず劣らずのノリだった。何だと言うんだ、一体。
「お母様……そろそろ出ないと、遅れてしまいますわ……」
ここらで止めないと本格的に収拾が付かなくなりそうで、うんざりしながらそれを口にする。そこでやっと寸劇を止め、家を出発することになったのだった。
学園は王都であるドラゴハートと、いくつかの都市に建てられている。貴族は全員、王都にある学園に通うことになっている。家から毎日竜に乗って行くので、朝と夕方は色とりどりのドラゴンが飛び交い、ちょっとした迫力があった。
平民の子は比較的近くの学校に通うのだが、どれも全寮制だ。平民の多くは竜を友とする必要がなく、また家から遠いのでどうしてもそうなるのである。親元から離れて生活することになるが、初等部と中等部の学費は貴族の寄付金から出るので全額免除となるため、文句はないようだが。
というわけで私はお母様のドラゴンに乗せてもらい、学園を目指していた。
学園に到着すると早速、新入生の案内を受けることになる。
まずはクラスを確認してそこに向かい、一通りの説明を受けることになる。クラスは貴族クラスと平民クラスに別れており、その中でも私は入学前のクラス分けテストにより、成績優秀者の入る、上級クラスへと振り分けられていた。
自分のクラスへと移動し、本日の予定とこれからのことについて説明を受け、入学式の会場である講堂へと向かう。
その最中にベルトランの姿を見掛けたが、さすがにこの状況では話をするわけにも行かず、小さく手を振るだけにお互い留めた。
会場へと整列して入場し用意された椅子に腰を下ろして、入学式が始まった。
最上級生であることを示す青のネクタイを締めた男子生徒が新入生歓迎の挨拶をして、新入生代表が今後の意気込みを読み上げる。私は、万が一代表に選ばれたらイヤだなと思っていたので少しだけ手を抜いたのだがその甲斐はあったようだ。と安堵を覚えつつ彼らの言葉をぼんやりと聞き流す。
次に学園長の挨拶が始まった。
古今東西、長と名が付く役職の人間の話は長いと相場が決まっているものだが、この世界でもそれは変わらないらしかった。良いことを言ってるのかも知れないのだけど、大半を聞き流している生徒が殆どだろう。椅子に座ってなければ倒れている人間の一人や二人いたかも知れない。手配してくれた人に感謝しなくては。
そして待つのも苦痛を覚え始め、最近読んだ本の内容を必死に思い返して現実逃避を図ったところで、漸く学園長の話が終わった。
その後は先生の紹介となり、入学式は終了である。
恙無く入学式も終わり、教室に移動して簡単な自己紹介となる。名前を言って一言挨拶くらいの簡単なものだったが、少しだけ緊張した。
それが終わって後に教科書が配られる。上級クラスなだけあって、初等部ながらレベルの高い教材が用意されているらしかった。初等部なんて退屈なだけだと思っていたけど、案外そんなことも無いかも知れない、と期待してしまう。何よりも……。
私はごくりと息を呑み、手渡された教科書のうち一冊に目を落とす。そう、それこそ私が待ち望んでいた、魔法の教科書だ。
無属性を示す白い教科書と、地属性の茶色と、水属性の青の教科書。この教科書を用いて魔法を習うことで、私達は初めて魔法を使うことを許される。
ちなみに魔法と魔術の違いはと言えば、体内にある魔力を用いて現象を起こすのが魔法で、石などの媒介に魔法を込めて現象を起こすのが魔術となる。
魔法のメリットは、いつでも発動が出来ること。両手両足、口を封じられていたとしても、意識さえあれば魔法を使うことが出来る。それからコントロールもイメージも術者次第なので、広範囲を破壊するようなものも、逆に針の穴を通すかのように精密なものも扱えたりする。
魔術のメリットは、魔力があるなら誰でも、それこそ十歳未満の子どもでも扱えること。自分の属性以外の魔法も使えること。それから、安定した威力や効果を持った魔法が発動出来ること。
どちらが優れているとか劣っているという考えはなく、どちらもこの世界に生きる上では欠かすことの出来ないものだ。それを漸く私も手にすることが出来る。それはなんという喜びだろうか。
と思わず教科書の表紙を撫でていると、隣の席の子が話し掛けてきた。
「その……すいません、もし……フランシーヌ様も、魔法には並々ならぬ関心が有るのですか?」
「!? …………そうね、でもそれは、貴女も同じではないかしら?」
いきなり声を掛けられて驚きはしたものの、鉄壁の無表情に守られてツン、と受け答えをする。と、彼女はどこか安心したように言葉を続けた。
「わたし、小さな時から魔法を使いたくて仕方ありませんでしたの。だから魔法の教科書が嬉しくて嬉しくて。フランシーヌ様も同じと知って、安心してしまったのですわ」
「ええ、わたくしも入学して魔法を習うのをとても楽しみにしてたんですのよ。ブリジット様と同じですわ」
そうそう、思い出した。彼女はブリジット=マルシャン。子爵家の令嬢で、下級貴族が上級クラスに入学出来るとは、と話題になっていた人物だ。
髪は緑で瞳の色は赤。風と火属性の魔力の持ち主で、長い髪を編み込んでハーフアップにしてる可愛らしい女の子だった。
「まぁ、ブリジット様なんて……わたしの方が身分が下ですもの、どうか呼び捨てになさって。その、敬語も必要ありませんのよ……」
頬を赤く染めて照れたように笑うその様は個人的には大変好ましい。嘘も誤魔化しも愛想笑いもない、本当の表情に見える。
「ではブリジット、よろしくお願いしますわね」
「はい、フランシーヌ様……その、お話が出来てとても光栄に思いますわ」
まるで私に憧れているかのような言葉である。この世界の人達は私の鉄面皮にそこまで抵抗はないのだろうか……? 使用人達とも今では大分打ち解けて来たし……。
そう思って教室の中をぐるりと見渡すと、遠巻きにしてる子とそうでないのと半々位だった。中には、私の誕生日パーティーに来ていた子も居るが、半分くらいは遠巻きにしてる子のグループに入っているようだった。
……同じ学校に通うのを楽しみにしてます、なんて言ってくれたりもしたけど、やっぱりあれは社交辞令かぁ。世知辛いなと思いつつ、教科書を鞄に入れて席を立つ。
教科書が配られたら帰って良いことになってるので、お母様達が待って下さってるであろう門のところに向かうつもりだった。
「フラン、待ってたよ!」
「ベルン……」
教室を出るとすぐにベルトランが駆け寄って来る。白のシャツに二年生を表す緑のネクタイと、クリーム色のジャケットに、紺のスラックス。その姿に何となく安心感を覚え、隣に立って歩き始める。
「フランのお母様が、今日は一緒に昼食でもどうかって誘ってくれたのだけど、行っても良いかな?」
「もちろんです。では早速行きましょう」
「やった! ところでフラン、鞄重くないかな。持とうか」
「あっ……えーと、じゃあ、お願いします」
『男の子って、頼られると嬉しいのよ』なんてお母様が言ってたことを何となく思い出す。教科書で満タンになった鞄を渡すと、特に苦にした様子もなく軽々と手にしていた。
「重くないですか?」
「これくらい、身体強化無くたって余裕だよ」
「そうなんですね……」
男の子だなぁ、と思う。今は私とあまり身長も変わらないけど、これからどんどん背も高くなるのだろうし。
「……フラン、どうかした?」
「いえ……何でもないですよ」
何となくつい摘まんでしまったベルトランのジャケットの裾から手を離し、両手を振る。自分でも、今どうしてそんなことをしてしまったのかよく分からなかった。
「それにしても、今日からは毎日フランと学校で会えるんだなぁ。週に一度しかフランに会えないのは寂しかったよ」
「ベルンは大げさですね……うちの家族といい勝負です」
「君の家族と……って、今度はまたなんて言ったんだい?」
「この制服姿の私に対して、花嫁のドレスにも等しいって言われました」
「あっはっは! 君のお母様、相変わらず面白いこと言うね」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
バレてる……と内心で歯噛みする。いや、うちの家族が分かりやすいのか。
「まぁ、君のお母様はフランを溺愛してるからね……お母様だけじゃないけど」
「学校に行くのに、わたくしがお嫁に行くかのような騒ぎでしたの」
「ふっくっく……家族仲が良くて良いじゃないか」
「そうですね……ええ、そう思いますわ」
前世の家族仲は、良かっただろうか悪かっただろうか。母が私に勉強を強いたのは、父が私達を置いて出ていったからだったか。でも、母とは別に仲が悪かったわけではないし……。
「……フラン?」
「あ、ええ……大丈夫です、何でもないですわ」
「そう? 何だか顔色が悪いけど……」
「ほ、本当に大丈夫ですから」
ふとした連想だったのだが、前世のことを思い返すのは止めた方が良かったか。腹の底にぐるぐると、何だか悪いものが溜まっているのを感じる。
「はぁ……君がそう言うなら信じるけど……あまり無理はしないでくれよ」
「ええ……心配をおかけしてしまい、申し訳ないですわ……」
その返答にベルトランは何か物言いたげな視線を向け、結局は何も言わずに私の手を取った。
「ベルン?」
「早く行こう、君の家族が待ってるから」
そういって私の手を引くその手の温もりに、私は今しがた感じていた悪いものがすっと消えていくのを感じていた。
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