#11 終章 完全無欠のキチ◯イ
――翌日。
俺は届いた宇宙五行ペンキを使い、ひたすらリビングで作業をしている。株価な
どは見ない。どうせ今日もストップ安貼り付き。八百円まで下がることは、わかっ
ている。この儀式を完遂しなければ上がらないので、見るだけ無駄というものだ。
レスポールは俺の色である火の色の赤ペンキでべっちょりと塗り、ストラトは木
の色の緑ペンキ、マーチンは水の色の青ペンキ、マーシャルの三段積みアンプは土
の色の黄ペンキ、そして二千三百万円のスタインウェイは金の色の銀と、赤、緑、
青、黄の五色のペンキで出鱈目なストライプを描き、格好良く塗ってやる!
部屋中がシンナー臭くて頭が痛くなるが、教祖様の宇宙の吐息が吹き込まれたあ
りがたいペンキだ。ウォッカを飲みながら頑張って塗り塗り、だ!
ああそうだ。もう、ついでなので――と、筋トレマシーンも日焼けマシーンもセ
ルフホワイトニングマシーンもべちゃべちゃと五行カラーのペンキで塗りたくる。
どうだ? 格好良いだろう? ああ、世界中に見せてやりたい! これが宇宙精
霊パワーの五行カラーペンキだ! 見ていて惚れ惚れとする!
あははははははははははははははは!
これで俺を苦しめた邪の元凶、黒い部屋は跡形もなく消え去った!
死神も黒豚も消滅だ! 消えろ消えろ消えろ! ひゃはははははははっは!
俺は高らかに笑いながら、残ったペンキを壁にぷしゃあぷしゃあとブッかけた。
よし! 部屋は完璧になった! 次はこれだ!
五行カラーに染まり、シンナー臭がぷんぷんするサイケデリックなリビングで、
天井まで美しく咲き乱れている木霊の花を喰う。
生で喰う。天ぷらで喰う。オムレツで喰う。ピザで喰う。カレーで喰う。お好み
焼きで喰う。鍋で喰う。おひたしで喰う。とにかく、腹が破裂しそうになるまで喰
って喰って喰いまくった。
うう……苦しい。吐きそうだ…………などと呻いてる場合ではない!
これで準備は万端に整ったのだ! いよいよ儀式の始まりだ!
俺はベッドルームからアミとアキを連れて来ると、全裸にして宇宙腰ミノを着け
てやる。彼女たちにも幸福になって欲しいのだ。
もちろん俺も宇宙腰ミノ姿になる。さらに全身にオイルを塗る。大切な儀式に金
髪褐色マッチョは、テカテカオイリーな姿でいなくてはならないと考えたからだ。
続いて、奇妙な曼荼羅風の絵が描かれた直径五十センチほどの太極の壺に、一キ
ロの精霊の草をバサーッと投入し火を点ける。
壺は上部以外にも五ヶ所の穴が開いており、そこから甘い香りのする薄い青紫の
煙が、邪の棲む暗黒の部屋から神々しく美しく生まれ変わったサイケデリックなリ
ビングに、ぶすぶすじわじわと心地良く立ち昇ってゆく。一千万円が燃える! 資
本主義の香りにテキーラで乾杯!
そして煙がリビング中をモウモウと覆い尽くしたところで、教祖様の歌う「宇宙
ガムラン精霊の詩」のCDをかける。流れ出すガムランの響きと優しい歌声は、幸
福感と不安感が交錯する俺の心を救い、宇宙精霊の力で株価を戻し、全てを救って
くださるはずだ!
◇
♪まかはんにゃはらみた~はらはらはらみた~せにょりぃた~♪
神秘的な音色と激しいリズムに合わせて、教祖様のルナティックでバイオレンス
でヒステリックでグラマラスな美しい声が、大音響でガンガンとリビングに鳴り響
く。何を歌っているのかさっぱりわからないが、きっとありがたい宇宙精霊の言葉
なのだろう。俺の心には充分に届いている。
♪はらほれひれはれ~こちはんにゃはらみった~ぷちう~まんめるしぃ~♪
さあ、儀式だ! 俺は教祖様の歌に合わせて踊り始める!
♪どんがらどんがらンチャックチャチャチャ どんがらカンカン♪
♪ンチャンチャンチャ♪
「はっ!」
♪ぶおおおおーん♪
「やっはああ!」
♪ぎみちょこぎみちょこはんならららら~きょおそですぅ~はらしょ~♪
♪どんがらカンカン♪
「そいや!」
♪ぶおおおおおおおおおおお♪
ああそうだ! 宇宙精霊の呪文も唱えないと!
「マッチョーラ~マンチョーラ~チンチョーラ~オッペケピ~」
目の前に月がある。狂気を携えた赤い月だ。手を伸ばせば触れそうだ。伸びろ伸
びろ! 伸びる伸びる! 俺の腕! ぐんぐんぐん! マッチョーラ~!
♪どんがらンチャ しゃんしゃん♪
「はっ! はっ!」
ああ、あれは火星だ。可愛い女の乳首のような赤い星。走れば飛び乗れる。その
先は木星――でかい! そしてキンタマのようだ! そうか木星は宇宙のキンタマ
なんだ! キンタマキンタマキンタマだ! うひひひひ!
楽しい! さらに先まで走って土星のリングに座りたい! 土星のリングは宇宙
のメリーゴーランドだ! 輝くシャンデリアの下で木馬や馬車に乗りたい! けら
けらけらけら!
そう――ここは宇宙だ!
♪ンチャチャチャ カンカン どこどこ♪
だけどだけど、マンチョーラ! 俺たち凡庸な地球人が知ってた宇宙じゃない。
この宇宙は暗い無限の空間じゃない。
明るい光の渦が飛び交っている、幸福感に満ち溢れた世界だ。
「そや! はっ!」
♪どんがらしゃんしゃん♪
そうだ。俺は知っていた。生まれるずっと前からこの世界を知っていた。
そうだよそうだよ。クローゼットの中には化け物なんていないんだ。
あのクローゼットは、母さんの子宮の中だ。知ってた知ってた。チンチョーラ!
♪どんがらどんがら ぶおおおおおん ぶおおおおおん♪
俺は踊り狂いながらクローゼットを開ける!
「ひゃっほ――――――! ハローマッチョマン! ナマステ~!」
雄叫びを上げながら、ブラフマーはもちろん、シヴァ、ハヌマーン、インドラ、
ヴィシュヌ、ガネーシャ、その他多数の色鮮やかで豪華でサイケデリックな衣装を
身にまとったヒンドゥーの神々が、黄金の光を放ちながら飛び出してきて、愉快に
歌い踊り始めた!
♪マッチョ~マッチョ~ワイエムシ~エ♪
それだけじゃない!
ゼウスやミカエル、ルシファー、さらにアフローディーテからアマテラスまで世
界中の神々や天使、果ては悪魔までが楽しそうに笑って出てきて歌い踊る!
♪ブロンドヘア~マッチョマン~マッチョイ~マッチョイ~♪
さらにさらに、死神も黒豚も飛び出した!
だけど今日は、ちっとも恐ろしくない。
死神は金色のゴージャスなマントをひるがえすと、銀色の大きな鎌を振り、まる
で剣舞のように鮮やかに踊る。黒豚に至っては花柄のビキニを着て、二本足で立ち
数頭並んでラインダンスを始める始末だ。
♪らぶりぃらぶりぃぷりてぃだ~りん! ブーブーブー! ブタブタブタブタ♪
ああ、神々と黒豚の歌と踊りが心の奥深くまで沁みわたる。
これは、宇宙の実存的数学と真理を歌い、悟りのビッグドアを開き四次元の解答
を伝導する踊りだ。
知っている――知った。
宇宙はぐるりと回った回転体で、善と悪、破壊と繁栄を繰り返しながら、ぐるん
ぐるんとマッチョに動いているのだ。宇宙マッチョの法則だ!
さあ、神々を歓迎しよう! 酒を振る舞おう! 一緒に歌い踊ろう――フロアシ
ョウの始まりだ! ダンスだ!
「マッチョイ! マッチョーラー!」
♪どんがらどんがら ンチャンチャンチャンケケケケケケケ♪
「はっ! ほっ! ひっ! ふっ! へっ!」
♪ンチャンチャ どどん♪
「ひゃっ!」
♪どんがらがらら カンカンカンカン♪
「ういうぃるろっくブー!」
楽しく歌い踊っていると、花柄ビキニの黒豚が真っ赤なレスポールを黄色のマー
シャルに繋ぎ、キング・クリムゾンの二十一世紀の精神異常者をフルボリュームで
弾き始めた!
「くけけけけけけけけけけけけ!」
それに連られて死神が、五色に塗られたスタインウェイのピアノでセロニアス・
モンクのブルー・モンクを弾く。全然曲が合ってねえぞ! でもいい! いい!
ボワボワと燃える精霊の草の煙が充満したシンナー臭い部屋では、神々が愉快に
歌い踊り、激しいガムランと教祖様の――超絶的に音痴な歌と――黒豚のヘヴィー
なギターと、死神のムーディなピアノが鳴り響いている。滅茶苦茶だけど不思議と
調和している。そう、この混沌の調和。これが真理! 心のフリーダムだ!
ああ、楽しい。
本当に糞楽しい。
これ以上の幸福なんてこの世にない。
見上げてごらん夜の星を! キンタマの木星から発射されたペイズリー柄のマッ
チョな精子が飛び交ってゆくよ。俺はあらゆる神々の祝福を受けながら、宇宙とい
う微睡みの中で、ひとつの液体になってとろとろに溶けてゆくんだよ。
目の前に拡がるのは三百六十度の眩く美しい万華鏡のキンタマ世界。
肉体を包み込むのは、ふわふわと柔らかい優しさで溢れた精子の綿菓子。
駆け抜ける乳房は林檎や蜜柑や桃。そして、色とりどりの金平糖のような星々。
素晴らし過ぎる!
そうだ!
俺は自由と解放と宇宙の叡智を知る、全知全能の金髪褐色マッチョになったのだ!
◇
――精霊の草、火が消えそうだよ。
どこからともなく女の声が聞こえた。
俺は目を凝らして声の主を探す。
声の主は、メビウスの輪のように捻くれてしまった土星のリングに座っていた。
ああ、俺はこの女を知ってる。
ずっと夢見ていた美しい女。
俺の恋人になるべき女。
この女の為に、俺はマッチョになり褐色になり金髪になった。
さらに教養を磨き楽器も弾けるようになり、セックスマシーンになったのだ。
「ああ、君か? 君が僕の恋人だったんだね?」
――そう。でも精霊の草、火が消えそう。会えなくなっちゃうよぉ……。
黒いドレスを着てワイングラスを傾けている俺の女は、うっとりとした顔をしな
がらも、寂しそうな声で呟いた。
「ダメだダメだ! これからふたりのワンダフルな夜が始まるんだ!」
――あなたのショパン聴きたかったよ……エリック・クラプトンも……。
女の声が遠ざかり、美しいその姿がぼんやりと霞み始める。
「待て! 待ってくれ!」
俺は慌てて、精霊の草に火を点ける!
だが、圧倒的に火力が足りない! うまく燃えない!
「そうだ!」
キッチンに駆け込んだ俺は、木霊の花を揚げた天ぷら油を鍋ごと持って来ると、
どっぱああああーん! と太極の壺に一気にぶち込んでやった!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
太極の壺は物凄い勢いで火柱を上げた!
その巨大な赤い炎は天井まで届き、木霊の花を全て燃やしそうな勢いだ!
凄い!
そして宇宙五行のペンキを塗ったばかりの部屋は、ぶすぶすと煙を出し異臭を放
ち始めた……。
――いいのよ。これでいいの。嬉しい。いつかどこかで。じゃあ……。
何がなんだかわからないが、金髪褐色マッチョの恋人である、黒いドレスで高級
ワインを飲んでいる女は、そう言って笑って消えようとしている……。
わからないがわかる! これでいいのだ!
いや、良くない! わかるわけねえだろ!
俺は燃え盛る火柱の廻りをさらに激しく踊り狂う!
明日からは株価も急上昇だ!
俺は大金持ちの宇宙の叡智を知る爽やかに笑う金髪褐色マッチョに戻る!
だけどだけどだけど!
宇宙のプールを泳いでも泳いでも俺の女がいる土星に辿り着かない!
そうだ! 呪文だ!
「マッチョーラ~マンチョーラ~チンチョーラ~オッペケピ~」
♪どんどこどこどこどこ ンチャンチャンチャ しゃんしゃんカンカン♪
「マッチョーラ! マンチョーラ! チンチョーラ! オッペケピー!」
うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
火柱の周りを踊る、俺の宇宙腰ミノに炎が燃え移った!
さらにオイルを塗った褐色マッチョな体にも炎が燃え移る!
「熱! 熱! 熱い! 熱っちい! うぎゃあああああああああああああああ!」
ゴオオオオオオ! ゴオオオオオオオ! ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!
木霊の花が燃える。天井が燃える。壁が燃える。レスポールが燃える。ストラト
が燃える。マーチンが燃える。グランドピアノが燃える。何もかも全てがゴオゴオ
と燃える。でも、アミとアキは楽しそうだ。嬉しそうに炎の中で踊っている。だか
ら俺も踊る。
そうだ踊れ! そうだ狂え!
俺はファイヤー金髪褐色マッチョだ! ファイヤー金髪褐色マッチョになった!
炎の聖人だ! 炎の魔神だ! 燃えるマグマのファイヤーマッチョマンだ!
うっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!
――大丈夫よ。あなたは強いマッチョ……さあ、扉の向こうへ……。
俺の恋人……とうとう半透明になってしまった俺の女が、消えそうな優しい声で
そう言った時、燃え盛る火柱の中に、まるでブラックホールのような暗黒のトンネ
ルが拡がった!
ここだ! ここだ! ここなのだ!
この先に教祖様の言った永遠の幸福がある!
宇宙精霊への扉! 巨大なビッグドアが開かれるのだ!
「一緒に行こう! 俺を心から、心から愛してくれた君たちも!」
俺はアミとアキの手を取り、三人で渦巻く炎の中で底知れぬ深い闇を見せている
ブラックホールに飛び込んだ……。
◇
――俺は高い空の上にいる。
右手でアミ、左手でアキの手を取って、ふわりふわりと風も重力も感じないまま
空を漂っている。
俺が住んでいたマンションがゴオゴオと燃えているのが見える――美しい。
人間が作った醜く禍々しい建造物が立ち並ぶ、吐き気のするような大地の上で、
宇宙と神々に祈りを捧げるかのように、紅蓮の炎を放っている。そして、宇宙精霊
となる俺を送る祝詞のようにサイレンが鳴り響いている。
その炎は、地球という名の小さな棺の前に捧げられた、ささやかで小さな蝋燭の
ように見えた。ああ、馬鹿でくだらない棺から抜け出せて良かった。そう思いなが
らも少し感傷的な気分で、俺はその燃えさかるその火をじっと見つめていた……。
さよなら。愚かな馬鹿しかいない頭の悪い世界のマイフレンズ。
君たちはそこで、いつまでもいつまでも他人を小馬鹿にし、罵り合い傷つけ合い
奪い合って生きていればいい――さよなら。
◇エピローグ
――俺は今、地球が見える木霊の花が一輪だけ咲いている小さな星で、アミとア
キと一緒に暮らしている。銀河の鍵盤でショパンを弾き、流れ星のギターでエリッ
ク・クラプトンを弾いている。
幸福だ。
何もかもに満足している。
俺は日々、青く輝く美しい地球を見ながらアミとアキと共に祈っている。
全ての不幸でダメで冴えない俺たちに幸あれ!
頑張れ! 負けるな! くじけるな!
本当に本当に幸あれ!
俺たちに美しく強い――マッチョな幸あれと!
おわり
◇あとがき
なんの気なしに書き始めた俺の小説はこれで終わりだ。小さな星で暇だったとは
いえ、最後まで書けて良かった。
せっかく書いた小説なので、通りすがりのプッシー星人のUFOで地球に届けて
貰った。プッシー星人は出版社に持って行ったらしいが、「くだらない」「下品」
「馬鹿なんですか」などなど言われて叩き返されたらしい。当然だろうな。
で、しょうがないんでネットの投稿小説サイトに上げたらしいが、ここにはネッ
トがないから感想は読めないな。ま、いいや。




