久しぶりの冒険
ガラスから日の光が入り、ある一室の部屋を明るく照らす。
勇者との旅を終えて数十年たった今、俺は新たな敵との戦いを繰り広げていた。
目の前の山積みの書類を撃退するために一枚、また一枚と内容に目を通すこともなく手に持ったはんこを押し付ける。
どうせ弟が既に内容を全部見てるのだから必要ないだろ。
「王様! 王様!」
廊下の方から私を呼ぶ弟の声が聞こえた。
別に兄さんでもいいのに仕事だからと俺の事を王様と呼んでいる。
もしやまた仕事が増えるのではなかろうか、早く体を動かしたいのだがな。
「失礼します王様!」
弟が扉を思いきり開き、机の上に山積みにされていた書類が何枚か飛び、弟の足元にも落ちていった。
「何だ弟、いきなり開けるなんてお前らしくないな。 後その紙拾えよ」
「そんなことを言ってる場合か! いいから落ち着いて聞けよ」
弟が息を切らしながら真面目な雰囲気を出していた。
「姫がさらわれた」
俺は机を思いきり叩いた。
その衝撃で机は割れて大量の書類は空を少し舞った後床に落ちていった。
「親衛隊は何をしている」
姫は綺麗な花園があるからと言って親衛隊と一緒に言ったはずだ。
「皆大怪我を負っている。運ぶ際にずっと謝ってたよ」
「平和ボケしてるからだ、そいつらは傷が治り次第俺考案の特訓をさせてやる」
一週間で超人にしてやる。
「ちなみに誘拐した奴だがな、まだ気を失ってない奴が言ってたが」
「誰だ言ってみろ。すぐにでも乗り込んで助け出す」
「魔王かもしれない」
「なら何時もの塔だな。今すぐいこう」
俺はすぐに自室に行き旅の支度を使用とすると、弟が俺の腕を力強く掴んだ。
「どうした離せ、今すぐにでも行かなくては」
「お前はもう王様だ。そういうのは前みたいに志願してきた奴にすればいいだろう」
「志願してくる奴がいるとでも思うか」
最近は昔と違いある程度平和になってしまったばかりに誰も戦う特訓をしていない。
そんな所から誰が魔王に立ち向かう様な奴が出るのか俺には想像できない。
「確かにそうだが昔みたいに我先と戦いに行かせることは出来ない」
「しかしだな!」
「自分の家族をわざわざ危険な目に遭われせたい奴が何処にいるって言うんだ!」
弟の怒声に声が出なくなる。
そういえば俺が勇者との旅を終えて帰ってくると、泣きながら怒られてたな。
「頼むよ、もう兄さんには危ないことをさせたくないんだ」
今にも泣き出しそうな弟を見てしまい。引かざるおけなかった。
「分かった、分かったよ。大人しくしているから一つ頼みを聞いてくれ」
「何だい、何でも聞くよ王様」
弟は泣きそうになるのをすぐにやめ、いつも通りの調子に戻った。
俺の少しだけ残った弟に対する良心が痛むものの、正直めんどくささの方が大きいから何の躊躇いもなかった。
「この書類変わりにやってくれよ」
「……それとこれとは話が」
「さて、昔の仲間に会うには」
俺が部屋を出て旅に出る準備をする素振りを見せると、すぐに弟は書類を拾いはじめた
「分かりましたよ! やらせてもらうから大人しくしてて下さい」
弟は書類を全て拾うと、近くを通っていた兵士に俺を自室まで連れてくように言った後すぐに扉を閉めた。
全く、我が弟は心配性だな。
俺は二人の兵士に付き添われながら自室に大人しく向かった。
「やっと終わった……」
僕は兄さんから押し付けられた仕事を全て終わらせ、ぐったりとしながら部屋を出た。
まぁこれで大人しくしてくれるなら幾らでもやろうじゃないか。
兄さんも暇になったことだし久しぶりに一緒に食事出来ると思い兄さんの部屋に行こうとすると、何やら数人の兵士達が廊下で立ち話していた。
「何か問題でもあったか?」
兵士に話しかけると、兵士は少し驚きながらもこちらを振り向き敬礼をとった。
「はっ、実は先程替えの鎧を整備していたところ彼の鎧だけがなくなってまして」
どうやら彼の隣にいる巨漢な兵士の鎧の二つある内の一つが無くなったようだ。
「鎧がない? その人はそんな大きな物をなくすほどずぼらなのかい」
呆れたものだ。けど親衛隊ですら平和ボケしてるのだから一般の兵士が更に平和ボケしていても仕方ないか。
「いえ、彼ほどまめな男はいません」
兵士がそう言うと、巨漢な兵士は少し照れくさそうにしていた。
なら何で無くなったのだろうか。鎧なんて盗む様な奴は昔ならともかくも今はいらないはず。
それにしてもこの兵士本当にでかいな、兄さんと同じ位じゃないか。
まさかこんなにでかい奴が兄さん以外にいるとは思わなかった……
「すまない急用を思い出した!」
「へ? あ、お疲れさまです!」
兵士達の敬礼を背にして僕は急いで兄さんのいるはずである部屋に走り出した。
そして部屋に着くとそこには前もって監視を頼んでいた兵士が二人床に倒れていて、兄さんはそこにはいなかった。
「怖いよぉ、お姉ちゃん」
「大丈夫、大丈夫だから」
私は女の子を庇いながらも、目の前の現状に絶望していた。
そこにいたのは最近見ることのなかったオークだった。
さっきから何か喋っているのだが、滑舌が悪いせいで何を言っているのかさっぱりわからない。
一方こちらは私一人と女の子が一人、剣は先程折れてしまい盾しかない。
私にこの女の子が守れるのか、盾一つしかない私は無力な人間なのに。
オークが喋り終わると、手に持っているこん棒を私たちめがけて振りかざした。
私は盾を構えた後目をつむり衝撃に備えた。
だが待っていても衝撃は来ることはなかった。
私は恐る恐る目を開けると、そこには鋼鉄の鎧に身を包み、両手で持つはずの大剣と盾を片手で持った男がオークを真っ二つにしていた。
「この鎧は動きずらいな。まぁ時期に慣れるだらう」
そう言い残すと、男は私たちに目もくれずその場を立ち去ろうとした。
せめてお礼を言わなくては。
「あ、あの、助けていただきありがとうございます」
「いやなに、これぐらい朝飯前だよお嬢さん」
男はそういうと大きな声で豪快に笑った。
「名前を伺ってもよろしいですか?」
「良いとも良いとも、俺の名前は……名前は……」
男は気前よく答えようとするがすぐに言い淀むと黙りこんでしまった。
何か名前を言えない事情でもあるのだろうか。
「あの、名前を言えない事情があるのなら言わなくても」
「いや! 思い付いた、じゃなくて思い出した」
思い付いたって、いま思い付いたって言ってたけど。
「俺の名前は、ニイ・サンだ!」
「ニイ・サンさんですか、少し言いづらいですね」
「そうか? だが俺はこの名前が気に入った! では去らばだ!」
ニイは大きな声でまた笑いだすと私たちの元を去っていった。
この後、この女がニイ・サンの事を王様と知るのはそう遠い未来ではなかったのだった。