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おめでとう2

「じゃあな」


 通りの少ない十字路で三人は別れ別れになる。日はようやく沈んだ。が蒸し暑さは続く。喉の乾きを感じた蘭治は冷蔵庫の緑茶目がけて一目散に帰宅した。

 ダイニングで喉を潤し一息ついていると、玄関のインターホンが鳴った。父や兄はまだ仕事している時間、母も今日はディナータイムにシフトが入ったとかで不在だ。仕方なく対応に出る蘭治。


 と、そこに立っているのはさっき別れたばかりの吉沢と林だった。


「おめでとう、ございます」


 わざとらしい仰々しさで礼をする二人。蘭治は訝しがる。


「あさって誕生日だろ」


 そうか。自分の誕生日を、自分以外のゴタゴタですっかり忘れていたことに蘭治は気付く。そして、そんなのは生まれて初めてということにも。


「これ」


 吉沢たちが紙袋を差し出してくる。

 これまた……


「うわ、生まれて初めてのサプライズだ!」


 蘭治は震えながら立ち尽くす。


「い、い今からインスタのアカウント作るかな!」


「いいよ、明日からまた書くことなくなるぞ」


 そう、歳を重ねても人生は変わらないのだ。そんな当たり前のことは流して、蘭治はそれを受け取る。


「は?なんだこれ」


 面食らった蘭治が袋から取り出したのはりんごだった。更に袋の奥を覗くと、丸のままのメロン、オレンジ、二分の一カットのパインなど幾種ものフルーツが見える。


「節目の日に、修行の成果を見せてくれよ」


「盛って、盛って、フルーツ(特大)」


「ベートーベンより!」


 口々に好き勝手言う吉沢たち。


「おい!主役に労働させんのかよ」


 披露したい欲は刺激されないでもないが、自分の誕生日になぜ、と腑に落ちない蘭治は抵抗する。


「ちゃんと本チャンもあるよ」


 吉沢はそう言ってニヤリとしながら後ろ手に持っていたビニールを掲げる。

 この匂いは。


「土用の丑の日祭り・うな丼980円!」


 林がCMのセリフのように言う。値段言うなよ、というツッコミを飲み込んだ蘭治は、


「一丁やるから、厨房来いよ」


 と二人を玄関からダイニングへ誘った。


「ケーキ三種セットもあるよ」


「一気飲みで買った奴から取ってこーぜ」


「もうそれやめね?大人になろーぜ」


 そんな吉沢たちの会話を背に、それよりも主役に先に取らせてくれないのか、という問いを散らしながら蘭治は手洗いを済ませ、包丁を握る。


*

「すげ」林が唸る。


「三段重ねだ」吉沢が感嘆する。


「押し入れにあった、父ちゃんが会社のビンゴで当ててきた皿を下ろした」


 こんな仰々しい皿いつ使うのか?と呆れながら父母が封印したオードブル皿が、息子のフルーツ盛り台として突如デビューの時を迎えた。


「ここ、ジャングルみたいだな!」


 そこはパインの葉の林だった。


「で、これは、そこになってる実か?」


 チェリーが木になっているという設定だ。


「なんかジオラマみたいだな」


「まあ、デザインは店のやつのパクリだけど」


 思い出したように吉沢と林はスマホを取り出し撮影を始めた。蘭治もそれに続いた。

 そして、フルーツを囲んでうなぎを食べ始めたところで鍵の開く音がした。


「友達来てるの?」


 母が帰宅したのだ。いつものディナーシフトの日より早い。暇だったのだろうか。


「すいません、夕飯時に」


 吉沢が恐縮する。


「いいよ、まかない食べてきたから。どうぞ、やっててやってて」


 母はそう笑った後、フルーツを見て目を丸くした。


「どうしたのこれ」


「これ、三雲が作ったんですよ」


「ほんとに?器用だねー」


 母も同じく撮影を始めた。そこへ


「ただいま。お、蘭治の友達です?」


 父も帰宅。すでに三人はうな丼を食べ終えていた。そしてまた撮影が始まる。

 続いて帰宅した兄だけは、吉沢らと短く挨拶を交わしただけですぐに『風呂入る』とその場を後にした。


「食べる?」


 蘭治はぼそりと父母に問う。微笑みながら頷く両親。吉沢も『食べましょう』と言い、林も頷く。


「おめ、そこ崩すなよ」


「わ、滑る」


「三雲なんで包丁は使えるのに取り分けは不器用なんだよ!」


 もたつきながらも彼らは小皿にフルーツを盛り付けた。父母は笑いをこらえながら待っている。兄の分はラップで覆われテーブルの端にそっと置かれた。 


「では、三雲ランちんの誕生日を祝して……」


 吉沢は、その呼び名に引っかかる表情を見せる蘭治をわざと無視して乾杯の音頭を取る。


「おめでとう!」


 父母は瞬間ハッとしながらもすぐ笑顔を作りグラスを合わせる。


「あさってだよな、ケーキ買ってくるからな!」


 取り繕う父の言葉に、蘭治は答える。


「忘れてたんだろ、二人とも。いいよ子供じゃないし。週末仕事でいないし」


 父は、いやあ、と苦笑う。


「そうそう、仕事で鍛えた腕なんですよ!これ」


 林が、木になったアメリカンチェリーをもぎながら言った。


「へえ!ちょっと小洒落た居酒屋なの?赤提灯みたいなとこ想像してたけど」


 母は興味深そうに蘭治に問う。


「まあ、洋風かな」


 蘭治は短く答えながら内心焦っていた。親には仕事場を居酒屋と言ってある。居酒屋にこんなメニューがあるのだろうか、蘭治の知る限りではなさそうだ。


「バーみたいなとこ?」


「今度行くよ!なんて店なんだ?」


 父母が掘ってくる。


「いいよ来なくて」


 それは働き始めたばかりの息子として不自然さのないセリフだった。微笑ましい家族の一シーンが通り過ぎようとしたその時


「キャバクラで出てくるよな、こういうやつ」


 そう言い放ったのはタオルで髪を拭きながらダイニングの入り口に立つ兄だった。

 

 


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