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彼らの休日

「その楓って人なんなん、戻ってきてん?そんなんあり?」


「でもチャラいボーイざまあ、だよな!溺れちゃってよかったのに」


「てか美キャバ嬢が家で一人うなぎをチンして食べるって、おれの中で繋がんないんだが」


 吉沢と林は思い思いに蘭治の報告に対する感想を述べながら、ストローで炭酸をすすった。


「笑い事じゃないよ!一歩間違えたらおれもそれになってたかも知んないんだから」


 蘭治はチキンライスで皿にこびり付いだカレーをできるだけ絡め取りながら答えた。


「おれボーイ引かなくてよかったあ」


「そういう林はまだニートかよ」


 鋭いツッコミを返された林だが、いつもと違い余裕のある顔で含み笑いをした。


「次の仕事決めたのか?なになに?」


 詰め寄る吉沢に対して曖昧に頷きながら、林はバックの中を探る。そしてA4の紙を取り出した。テーブルの上に出されたそれを蘭治が手に取って見る。


「何これ、職業訓練を受ける方へ?」


「それハロワとかのやつか?」


「まあな。パソコン習えよ、とか言われて」


「誰に?」


「ハロワの人」


 なんでも、林は先月、あんなに嫌がっていたハローワークに赴いたという。親から、お前は自分ではとんちんかんな求職しかできないからハロワの人にやってもらえ、と言われて渋々のことだったらしいが。


「そっか、前回のこともあるしなあ。分かる分かる」


「体力もコミュ力もないんじゃな、何か身に付けないと!」


 蘭治は自らをそんな風に言い表す林を見て、いつの間にそんなに自分を客観視できるようになったのか、と驚嘆した。が、


「て言われた。ハロワの人に」


 そう続けて項垂れる林の様子に、やはり人はそう急には変わらない、と思い直した。


「強制か!」


 吉沢は笑った。


「まあ、ほぼな。でも通ってる間は堂々と働かないでいられるからいいかな」


「さいてーだな!」


 蘭治も笑った。林も笑った。三人で笑った。

 やっぱ、これがいい。

 三人は同時に杯を干した。


「行くか」


 彼らは『メガホソ』という看板を掲げるカラオケ店へと場を移す。今は吉沢の勤務先になっているそこに。


「お、働きに来た?」


 ドアを開けると、カウンターに立つ三十絡みと思しき快活そうな男性が吉沢に声を掛けてきた。


「あ、店長お疲れ様です」


 照れ笑いしながら吉沢がカウンターに歩み寄る。そこで部屋からの呼び出しが鳴り、店長らしい男性は三人に『ちょっと待ってて』と手を挙げ、対応を始めた。

 店内に貼られた掲示物をなんとなしに眺め回した蘭治は林の腕をつついた。


「おい、これ見て」


 蘭治の指差した先は顔写真付きのスタッフ紹介コーナーだった。それぞれのニックネームや、吹き出しに囲まれたセリフ、得意技や口癖などのプロフィールが書き込まれている。蘭治と林は真っ先に吉沢のものを探す。


 二人は吹き出した。そこにいる吉沢は、似合ってない不自然に浮いた眼鏡をかけている。


「それ、先輩のを借りたんだよ。へんだろ?」


 吉沢は笑いを取ったことが誇らしいかのようだった。


「『ゲーマー1級持ってます』って書いてある、なんだよそれ」


「知らねえ、いつの間にかそうなってたんだよ」


 吉沢は投げやりなセリフを放ちつつも嬉しそうに笑っていた。ダメモトで恐る恐る飛び込んだ職場だけど、何気なく馴染んでいるのじゃないか、と蘭治は思う。


「よーし、いくぞー!マニアック縛りで系列で一番へんな履歴作ろーぜ」


 いつの間にか入店手続きを済ませた吉沢が先陣を切って部屋に向かって行った。


*


「うお、ランちん!」


 蘭治はドリンクサーバーの前で出会い頭になった女性の大きな声にビクッとした。


「ミアさん」


 そこに立っているのは完成形の、つまりお稲荷ではないミアだった。彼女はサーバーの下にグラスを置きボタンを押しながら笑う。屈託なく。


「ウケるなー。デートか?」


 蘭治はとっさに手に持ったグラスをもう片方の掌で塞いだ。


「大丈夫!へんなモン入れないから。あん時はごめんごめん」

 

 ミアにそう言われたが、蘭治は警戒心を解けないまま黙って別のサーバーからコーヒーを注ぎ始めた。


 しまった、コーヒー飲めないのに。しかも暑いのにホット。と、焦りのさせた行動に後悔する蘭治。


「あの、ノアさんが心配してたけど」


 蘭治は立ち上がる湯気を見ながらぼそっとミアに告げた。


「知ってる!今日ノアと来てるし」


 ノアの前に姿を現したのか。蘭治は、最近出勤日数が減ったけどたまには元気そうな顔を見せるノアの顔を思い浮かべた。

 それから、じゃあ。と言って取っ手のない熱いグラスを指先で支えながら部屋へ戻ろうとする蘭治。彼は後に続くミアを見て、部屋近いのかな、と思った。が、ドアの前で蘭治とともに立ち止まるのを見て焦る。そして振り返ると、ミアに押しのけられた。彼女はドアを開け中を確認し言った。


「よし、やろうだな。そらそうだろうけど」


 そして手にしていたグラスを蘭治に押し付け『待ってろ!』と言い残し走り去る。急に現れたミアを見てとっさに歌や踊りを止め気をつけまたは鎮座をした林と吉沢は、不可解な顔でそれを見ていた。

 間もなく、蘭治の不吉な予感が命中しミアとノアが部屋に押し寄せてきた。

 悪夢の再来だ。


*


「なんかすごかったな」

「楽しかったかも」

「盛り上がったよな」


 吉沢と林の興奮気味の会話を、呆然とした頭で聞く蘭治。


「怖かったけど、かわいかったかも」


 騙されてるんだよ。ツッコミは心の中に留めておく蘭治。その頬を西日が照らす。

 三人が歩む坂道から、熟した夏の太陽が沈む姿がチラと見えてる。

 アルコールがなかっただけ、だいぶ体は楽だった。蘭治はその点で微かな幸せを感じていた。


「面白かったー」

「てか女子とカラオケミッション達成した!」

「お前そんなの持ってたの」

「いいだろ、とりあえずおれら三人達成率横に並んだ」

「だな!」


 二人の声をよそに蘭治は西日がビルの影に隠れたことにほっとしていた。

 とりあえず、だいたい生存を確認。岸以外は。


 


 

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