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闘った。

「よくやった、ランちん。女の子に6000円貸してって言われて一万円渡した。99点!それでこそおれの弟子だ!」


「あ、いや……え?」


 蘭治の中では、岸に対するお前の弟子じゃねえ、という気持ちよりも、なぜ二人が突然目の前に現れたのかという疑問の方がやや優勢だった。しかし状況が読めないながらも、不穏でろくでもない匂いしか感じられないのは確かだった。

 振り返り楓の様子を窺うと、彼女はぼんやりとあさっての方を見ている。自分の役目は終わった、ここからは岸にバトンタッチしたとでも言いたげだ。


「あとはおれに飛行機代くれれば100点満点だよ」


 耳元に岸の低い声を聞いて、しまった!と蘭治は思う。一瞬だった。いつの間にそんなに密着するほど近づいた?


「もう、ないです」


 ダメモトで断ってみる。


「給料出たばっかだろーが。デートもしなけりゃ服も買わねーくせになんで金なくなんだよ」


 そりゃそうだ『ないです』『はいそうですか』といくわけがない。

 楓は、退屈そうに木の葉を眺めている。早くしてよと蘭治に、飽きちゃったよと岸に、訴えてでもいるように。


「やべ、漏れそう!」


 不意に岸が素っ頓狂な声をあげ、蘭治の肩に乱暴に手を回してきた。


「ツレションしようぜ」


 そしてそのまま蘭治を引きずるように公衆トイレの入口に歩いていこうとする。すごい力だった。


「やです」


 足を踏ん張り抵抗をする。と、ふわりと抑圧が取れ、蘭治はふらついた。


「わかったよ。ありがとう、じゃ貸してくれるんだ。やさしいね」


 岸の空々しい声が響く。蘭治はこれ以上断るのも怖いが、かといって金を渡すのも嫌で、間をもたせるように問うてみる。


「い、いくらですか」


 そして言った瞬間後悔。


「い〜くら、出せるのかな」


 墓穴を掘っている。そう分かりつつもなるべくゆっくりした動きで財布を開きかける蘭治に、岸はまた耳元で低い声を出した。時間ないんだよ、と。そして蘭治の二の腕にシャツ越しに爪を食い込ませる。


「同じボーイで先輩だったおれって、楓ちゃんより下?なのかな?だったらさびしいな」


 つばを飲んだ蘭治は摘んだ札を一旦離し、改めて二枚掴み直しそろりと財布から出した。絶望しながら。

 楓と岸、合せて三万円。悔しくて泣きそうになった。

 しかし。蘭治はかっと目を見開く。いい!もういい!三万円ドブに捨てたことにして何もかも忘れる!くそくらえ!

 開き直った蘭治は心に妙な凪を感じながら無表情に二万円を出した。しかし岸はそれを押し戻してくる。


「いーよ。怖がり方足んねーな、つまんねーやつ!」


 そして蘭治の二の腕は軽くなった。

 安堵。

 しかし次の瞬間凍った。岸の手を抑えようとしたが遅かった。


「それはダメですよ!」


「おれは貧乏人の財布よりこっちにキョーミあんの!」


 岸の手に渡ってしまった。会長の財布が。岸は札を抜く。ずっと狙っていた獲物をさらう鷹のように素早く。

 蘭治は恐怖を忘れて食らいついた。

 こうなったら、どっちが戦地の弁当屋に行くかだ!岸か、自分か。岸が会長に捕らえられ飛ばされるか、自分が金を取られた罰として飛ばされるか。

 絶対に、行きたくない!

 その思いだけで岸の手に噛み付いた。

 その時、第三の男の声が聞こえた。思わず怯む岸と、耳を澄ます蘭治。トイレの奥から、響く声。


「そう、トイレの前です、早く!会長の財布取られる」


 あっと思った時には、そこに迫っていた。店長が。逃げようと踵を返した岸の顔には、周り込んでいた課長の鉄拳が当たっていた。蘭治の目には、すべてがスローモーションに見えた。


 木の葉が一枚舞い降りた。

 トイレの鍵の開く音がした。


 個室の中から現れたのは、スマホを耳に当てたままの東だった。


「腹弱くて、良かったです」


 息を飲みながら、しかし落ち着いた声で東は言った。


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