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イケメン課長・小川、チャキります!

 そして翌日。初出勤の日。


 やっぱりやめようかな?合わないよ自分には、どう考えても。

 そんな風に考え始めていた蘭冶は、悶々と家族の出払った家で過ごしていた。


 すると出勤までまだ数時間ある昼すぎ、スマホが鳴った。カラオケ店で働き始めた吉沢からのメッセージだった。


「やっと休み!ゲームやるぜー」


 いいな休みか、代わってほしい。

 まだ働き始めてもいないのに休日を恋しがる蘭治の手の中で再び受信音が鳴った。グループ内で同じメッセージを受信している林からの返答だ。ケータイショップに勤務しているはずの彼は昼休憩なのだろうか?


「で、さ、カラオケ屋の方の調子はどうなん?」


 そうそう、と蘭冶はうなずく。と、間を置かず吉沢の答え。


「店員チャラい(汗)けど思ったほど浮いてない」


「てかほとんど掃除」


 その後、林は『仕事に戻る』と告げ、吉沢も『ではこれから集中入るので』と申請し、会話は終わった。


 二人もがんばってる。大丈夫、やれる。

 蘭治は湿ったスマホを拭いて深呼吸をした。



 午後四時前にいざ出勤!

 “shell”のドアを開けると、立ち机の前で受話器を肩に挟みながらパソコンのキーボードを叩いている人物と目が合った。蘭治の兄より少し年上に見える男性だ。話し中のようなので無言で会釈をすると、その人は蘭治に紙とペンを渡しながら言った。


「あ、じゃこれ書いて。ああ座っていいから」


 そのまま電話の相手との会話に戻るその人をぽかんと見つめた蘭治だが、すぐに一番手前の……昨日と同じボックスに座る。そして渡されたシートに向かいペンを構える。


 出た、イケメンだ。電話中のその人を振り返りながら蘭冶は怯えた。しかし気を取り直してテーブルに向き直った。雇用契約書と書いてある紙には字がびっちり並んでいる、これは蘭冶の苦手なものだ。文章はすっ飛ばして下の方に目を移し、署名欄に名前や住所などを記入した。


 かの人はまだ話中だ。やはり出たか、イケメンチャラそうボーイ。蘭冶が忌み、恐れさえするもの。出るのは分かってたのに。なんで来たのだろう。後悔の嵐が荒れ狂う。



 イケメンが苦手になったのは……

 思えば、小学6年の時のあれがきっかけだったろうか?


『三雲くんはワカメ役が合うと思います!』

 劇の配役決めの学活中、突然大きな声で名指しされた蘭治はびっくりしたもんだ。

 学芸会で彼のクラスは“ビッグオーシャン”という創作劇の発表をすることになった。が、自意識の芽生える年頃だからか、端役な上にクネクネしたコミカルな動きを求められるワカメ役は暗黙のうちに押し付け合いになっていた。

 蘭治も、無難に町の人A〜Gのどれかになろうとしていたし、地味ながらもクラスに馴染んでいる自分にピッタリな役で誰も異論はないだろう、とタカをくくっていた。なのに。いきなりのワカメへの推薦、なんだこれは。

 声の主は、そう、顔もよく頭もキレて運動もコミュ力も抜群のイケメン。誰かを苛めるどころかいつもそれをやめさせてる人格者。

『な、三雲うまそうじゃね?ワカメ』 

 彼の言葉は魔法だ。みんなが仕掛け人形みたいに頷き出す。もう決まった、覆せない。


 なにが目的だったのかはいまだに分からない。でも、蘭治の自意識が発表前日に風呂場で泣くほどワカメを嫌がっていたのは確かだった。結局仮病で本番を欠席してしまった彼がそのイケメンの先導でクラスのみんなに責められたことも確かだった。

 

 さわやかイケメン何考えてるか分かんない、コワいよ!


 コワいといや。と蘭冶は前の職場の倉庫でのことを思い出した。

 そこには蘭冶たち若いバイト衆にからかい混じりに世間話をしかけてくる気さくな運転手が出入りしていた。そのおっちゃんに言われたことがある。パッと見コワモテのその人が恐くて目も見られなかった新人の頃だ。


『おい、みっくー。聞かれたことには答えろ、はっきりとでっかい声で。あと、相手の目を見て話せよ』


 そう言われますます固くなり俯く三雲蘭冶の顔を、おっちゃんは至近距離から覗いてきた。


『ほら、見ろ。おれの、目』


 恐る恐る見上げた蘭冶の視界には思い切り白目を向いたおっちゃんの目があった。ベタ。だけど可笑しい。


『なんだよ、おれの顔見て笑うなんて、失礼なヤツだな』


 おっちゃんは満面の笑みを浮かべていた。

 それからだ、仁王像みたいなおっちゃんの顔をまっすぐ見て話せるようになったのは。気付くと、普段の目線も上がっていたようで、家で親に『姿勢がよくなった』と言われたりもした。 


。。。


 おっちゃん白目はホントにコワ可笑しかったな、と思い出し笑いを漏らしそうになった蘭冶は、気分を切り替えようと店内を見回した。夕方の開店前のしんとしたホール。昨日と同じ風景。なんだか早くも見慣れてきた気がした。


「はい、待たせてごめんね」


 さわやかなで歯切れのいい声が耳に届いた。身構える蘭冶。コワモテはクリアしてもイケメンはまだみたいだ。アワアワしてるうちに、その人は『課長の小川です』と早口で名乗り、今蘭冶の記入したものを二秒くらいで確認した。そしてそれをファイルにしまいながら

「仕事の説明をします」

 と言った。

 もちろん、キビキビと。

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