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パワハラの宴でビギナーズラック!

 その後も、何かと蘭治はいじられ、少なくとも“場から浮く”という心配は無用だったようだ。

 といっても勿論それは、キャストが客にしているような(有料の)愛あるサービスいじりとは別物の、ミアやノアのそれのような無粋、無遠慮、無骨ないじり方ではあるが。


 そういやノアいないな、まあそりゃ来ないか。ミアはもっと来るわけないし。蘭治はふと周りを見回しながらそう思った。


 と、微かな人の移動の流れを見た。会場から少し離れた所に向かいそぞろ歩く何人かがいる。そのうちの二人は、ミレレミ姉妹だった。


「会長はやくー」


 後ろを振り返り自分を呼ぶ姉妹に向かって、頭にろうそくを刺した会長が、両手にチャッカマンを掲げながら小走りで迫っていく。下半身が先に行く走り方だ。

 姉妹と二、三人の女子がはしゃぎながらそれをよけると、会長はゼイゼイと息を切らしながら何やら楽しげに叫んでいた。

 まもなくその周辺では小さい火花と煙が、火薬の匂いを伴って上がり始める。

 蘭治は視線を会長から自分の紙コップに移しながら思わずため息をついた。


「ランくん来て来て」


 不意に蘭治は呼ばれた。手招きする主はサキだ。彼は勢いよく立ち上がり、そちらへ向かう。

 サキに連れて行かれた先には、包丁、まな板とスーパーの手提げ袋いっぱいの玉葱があった。皮を剝いて切ってくれ、とのことか?と蘭治は合点する。


「ごめんね〜、手に匂いがつくからって女の子みんなやりたがんないのー」


 サキは眉を下げて微笑みながら胸の前で手を合わせている。


 そんなん、いくらでもお安い御用ですよ。と弾んだ心の声を表出する代わりに


「あ、いいすよ」


 とぼそっと答え、蘭治は皮剥きに取り掛かった。


「会長が、八百屋のお友達から大量に貰ってきたみたいで。それでこれなの」


 サキはコロコロと笑いながら説明する。会長絡みのブツ、と思うとやや自分内の戦意低下を感じるが、気を取り直し作業に取り掛かる蘭治。

 

「サキちゃーん、このコ牛乳入れ過ぎだよねーコレ」

  

 ユナというキャストがボールを抱えてサキの元へ来た。えーそう?と問いながら後ろから別のニーナというキャストが顔を覗かせる。


「粉もう足せないよー溢れる」


入れすぎた分は別のボールに注いじゃおう、とサキはボールの入っているらしい袋を指し示す。

 なにを作ろうとしてるのか?と気になる蘭治。しかし、中学の調理実習以来握っていなかった包丁を構え玉葱を前にした今、それらをどう扱うか見当がつかないことの方が重大事だった。


「ランちんちょっと!これもう腕疲れてダメ!やって」


 今度は蘭治に女子から声がかかる。やはりボールを持っている。こちらには泡立て器が刺さっている。


「ああおれ今玉葱を……」


 蘭治が皆まで言う前にその女子は合点して踵を返す。


「いまいさーん!」


 そう叫びながら彼女は飲食の群れへ帰っていく。


 そうかホットケーキか、と蘭治は閃いた。食べたい!少し浮足立つ。やっと本日初の良い事が起こりそうだ。


「ああランくん、それはこう切るんだよ、ほら」


 サキが蘭治の横に来て自らが切り方の見本を見せた。蘭治はそれに習い切ってみた。


「そうそうそう!」


 やってみると、なあんだこんなものか、と肩透かしを食った。そのせいか少しおだてられてるのでは、という気もしたが、浮かれそうな自分もいた。


「今のリング状のは焼き玉葱用のね。で、焼きうどん用の縦切りがこれ」


 サキは説明しながら縦に割った玉葱の芯をくり抜き、繊維に沿って刻んだ。蘭治はさっきと同じように真似をする。


「筋いいねー、器用器用」


 サキに褒められ蘭治が照れ笑いを堪えていると、二人の後ろからカエルの声がかかった。


「サキちゃーん。今からドラゴン合戦やるよー!早く早く来て!」


 うるせえな。蘭治は眉をしかめた。


「はーい」


 軽やかな返事をしてサキはあっさりと会長のいる群れに向かって行った。

 その先には、課長と東が数メートル離れて向かい合い、それぞれがドラゴン花火を両手に持ち前方に噴出させている姿があった。周りではキャストと会長の嬌声が飛び交っている。闘士たちはしきりに火花を熱がっている。


 けいとうだっけ?とうけいだっけ?なんていうんだっけ?


 蘭治は脳内に、いつか映像で見た鶏を闘わせる昔の遊びを連想していた。

 しかし突然玉葱から立ち上がった刺激物質が彼の目と鼻を突き、その回想は打ち消された。それから彼は嬌声が聞こえないように玉葱とがっつり向かい合うことに決めた。


 そのうちに香ばしい小麦粉と甘いバニラの香りが漂ってきた。

 来た!来たよ!癒やしのあいつが。蘭治はほっとした気分になる。


「ありがとランくん。はい」


 横からサッと、サキの声といい匂いを放つホットケーキが差し出された。


「あ、キャベツも切ってくれたの?助かるー」


 サキの言葉に、蘭治はまな板を見下ろす。無意識の行動だった。


「あ、なんか玉葱と同じ要領で?あの、芯くり抜きつながりです」


「キレイに切ってるねー、家庭科得意だった?なわけないか、始めはおっかなびっくりだったもんね」


「ビギナーズラックすよ」


 蘭治は、今日はまったく楽しいのか不快なのか分からないバーベキューだな、と思うのだった。



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