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街の死角。無法地帯。生活費。

 蘭治は閉店作業をしながら夕べのノアの言葉を思い出していた。


『この街は、会長の王国なんだよ。まあ、正確に言うとこの街のB面は、てなるかな』


 ぼんやりしたまま、大きなゴミの袋を持って回収スペースへ続く扉をくぐった。そして同じように袋を抱え後ろから付いてくる東に尋ねた。


「あれ、なんだっけ?社会科でやったやつ。江戸時代の法律」


 東は『刀狩りとか?』と答える。蘭治は首を横に振り、もっと明治っぽい欧米絡んでるやつ、と問いを具体化する。


「外国人が日本で犯罪とか犯した時日本が裁判しちゃダメで、なんか刑が軽くなっちゃうやつ」


「治外法権?」


「そうそう、それ!!」


 東は何の話だろうと首を傾げていたが、蘭治はすっきりするので忙しくて構っていられなかった。

 会長とこの街の話を聞いてから、ずっと『あれっぽい、あれ』と思いつつ記憶から引き当てられなかった言葉。


 まさにそれだよな、治外法権。蘭治は頷く。この街の一部では日本の法律が適用されない。会長王国の“会長法”で裁かれる。そう岸も。そして蘭治も、あやうく断罪されるところだった。


『会長が地の果まで追いかけて闇に投げます』


 課長の言葉はそういう事だった、のか。蘭治は変に感慨に浸る。しかしそれ打ちを破るように、今日未明のノアとの会話がまた蘇ってくる。


『日本で毎年何万人もの行方不明者が出てるって話で、そのうちの二、三人は会長の仕業だって』


 まさか、こんな身近にそんなこと。蘭治はただの噂じゃないの、と否定しようとした。


『かなあ?あたしも初めはそう思ってたけど、たまに会長の席につくと、ホントかもって思うような会話、してんだよね。一緒に飲んでる友達とさ』


『どんな?』


『雀の丸焼き食べてた時は、これあいつみたいだな、て笑ってたり。誰々は中東に飛ばしたとか』


 雀の……そんなものがあるのか? 


『雀がまるごと、カリッカリに焼いてあって、頭から食べてた』


 中東にっていうのは?蘭治は言葉少なに尋ねる。


『会長は中東の戦地に軍隊用の弁当屋持っててさ、気に入らない人はそこで働かせるって。会長の友達であたし指名の人がいてさ、言ってた。あたしがその場にいた会長にそうなの?って聞いたら、まあなって』


 じゃあ、岸も弾をよけながら弁当仕出し業に従事するのだろうか。そして運が悪いと雀のように……?しかもそれを後々笑われて?


『もちろん片道切符だよ、て言ってニヤーってしてた。給料は会長が日本で被った迷惑料の支払い分として毎月ほぼ天引きだ、とも言ってたな』


 ノアの語りに対し、蘭治は疑問をぶつける。そんなん、堂々とバラしてたらとっくに捕まってるんじゃないか?


『そうそう、あたしも前は思ってた。でも今は逆に、そんな軽々しく言うからこそ誰も真面目に取り合わなくて、だからこそ明るみに出てないだけ?て思い始めてる。自分が被害に遭って初めて信じるけどそれは時既に遅し状態なのかもって』


 だから、もしその話が会長の戯れかも知れないとしても怖い、極力大人しくして頃合いを見て円満退社したい、と彼女は言っていた。蘭治は停車してエンジンの静かになった車内で、フロントガラスを見つめたまま頷いた。今日のこの話は、もちろん聞かなかったことにする、と決めながら。

 ノアが穏便に地味に出勤を続ける理由はもう一つあるという。


『心配だからだよ、ミアが。連絡取れるまでは、なんか情報得られるかもって思って店に出てんの』


 蘭治が今聞いた話を脳内でまとめていると、ノアは『じゃ、いい加減下車するわ』と言って後部座席のドアに手を掛けた。蘭治が振り返ると、さっと降車したノアは今日の営業中までの彼女に戻って


『じゃーあな、おつ!』


 と軽快に言い残してドアを閉めたのだった。

 その後自宅へ戻る路で蘭治は、shellに入って初めて貰った給料袋がバックの中に潜んでいることを思い出した。


 翌日は何でもない平和な土曜日だった。ファミレスのランチの仕事から戻ってきた母はダイニングで遅い昼食を取っていた。倉庫の責任者をしている蘭治の父は近くの掃き出しに腰掛けてエアコンのフィルター掃除をしていた。

 二階から降りてきた蘭治は剥き出しの一万円札を二枚、父とも母ともつかぬ方向へ突き出した。

 父親は口角を上げて無言で親指を立てた。母親はパスタを頬張った口を押さえながら目を細めた。

 

「居酒屋のバイト、順調か?」


 蘭治は照れくさそうに笑みを堪えながら頷き、さっとテーブルに札を置いて踵を返した。両親には勤務先を「居酒屋」と言ってあるのだ。


「今度うちでもなんか作ってねー」


 母の声が階段を上りかけた蘭治の耳まで届いた。厨房でつまみを作っている、これはある意味本当のことだ。それにしても親に期待されるなどというのは蘭治にとっては珍しいこと、しかしそれはこそばゆいながらも悪い感じではなかった。


 生活費、たった一回入れただけでまた無収入に戻れない。それにこの気分、家で堂々とできる状態、手放せない。


 吉沢、林との『クビ以外で辞めちゃダメルール』の他にも、辞めたい気持ちを迷わせる理由ができてしまった。

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