女子と馴染んでる……前からいる自分より
「お、にーちゃん気が利くねえ」
蘭治がカウンターでビールサーバーの交換をしていると、そんな声が耳に入った。
そちらを見てみると、トイレから出てきた様子のスーツ姿の中年男性だった。先週一見で来て今日またリピートしてくれた客だ。
彼が向かい合っているのは、新人ボーイ、東。
スーツの男性は手を拭いたおしぼりを東に渡し同時に別のおしぼりを受け取っていた。そしてそれを顔に当てる。
「かーっ、さっばりー」
「つめしぼ、です」
東はにこやかに客に言う。
「え?ツメシボ?」
「氷水で冷やした、冷たいおしぼりです」
「なるほどー」
スーツ男性は上機嫌だった。
「ウチの娘、みんなそう呼んでますよ」
男性は“つめしぼ”の気持ちよさもネーミングも気に入った様子で席に戻っていった。
間もなく蘭治がその席に延長確認に行った。
「ご延長いかがなさいますか」
もう時間か、と時計を見た男性は、じゃあ延長で、と蘭治の顔を見て言った。
「ありがとうございます」
「だってそのにーちゃんがさ、いーいタイミングでつめしぼ持ってくるからさあ、さっぱりして酔いが冷めちゃって。また飲み直さないとだよ、うまいねもう」
楽しそうにそう言う男性の指す先にはトレーを持って通りかかった東の姿があった。東は微笑みながら会釈をする。
蘭治はインカムで延長の報告をしながらカウンターへ歩いて行き、下げてきた空のグラスを置いた。
「あの客ちょっと眠そうにしてたけど延長したか。確認入るタイミング良かったパターンか?やるじゃないか三雲くん」
カウンターの中に立つ店長が、厨房で何かつまんで来たのだろう、口をモグモグさせながら言った。
蘭治は、はいと短い返事をしながら、まあ自分というより東の手柄だが、と独白した。そして、爽やかイケメンだもん、客にも可愛がられるよな、と思ったところで、
「ん?」
と独りごちた。“イケメン”?そうか、確かにトータルでイケメンかも。イヤミがなさすぎて気付かなかった。顔は普通だけど、真面目で明るくて気が利く紳士キャラも充分なイケメン要素だ、と蘭治は閃いた。
加えて、いつの間にかイケメン=イヤミなやつ、という図式が頭の中にできていたことに初めて気付いた。
へんけん、てやつか?……
なんだかマジメなことを考えてしまったな、とカウンターでグラスを洗いながら一人で照れ始めると、今井のとぼけた声が聞こえた。
「あれえ、店長いいな、おれも腹減っちゃった、食べようかな」
「これは業務上の味見だ」
店長は静かに、しかし不愉快そうにそう言ってから、カウンターから続いている厨房に入っていく。
「サキさーん、なんかこの唐揚げ油っぽい、もっとサッと揚げる方がいいかも」
と、もっともらしく『改善案』を出しながら。冷めたやつを何度も揚げ直すよう指示し油吸収量を増加させてるのは店長だろうが、と蘭治は舌打ちしたくなる。
「まったく店長なのに一日中店内うろうろしてるだけだよ。しょっちゅうスマホ出して隣のガールズバーの子とやりとりしてさ」
今井がアイスペールに氷をよそいながらぼやく。蘭治はちらりとリストの方を見やる。中で課長が電話を肩に挟み何やら話しながら伝票とにらめっこしては時計をチラ見しつつパソコンを打ち、とマルチタスクに勤しんでいる様子が見えた。
「隣の店って、そんないいんですかね」
蘭治は今井にぼそっと聞いた。
「さあ。行ってみれば?」
「おれはいいです。金ないです」
「ははっ、おれも」
そこで『1卓お帰り』とインカムが入ったので、片付けのためトレーを持ってカウンターから出て、客が店から出るのを待ち構えた。慌てて洗い上げてきたので手に付いた洗剤がすすぎきれていなく少しヌルっとした。
客が帰ったので、蘭治はテーブルの片付けに取り掛かかろうと店内を歩いて行く。途中出入り口前を通りかかった時、ちょうどドアが開いて男女の談笑が聞こえた。
入ってきたのは女子キャスト二人と東だ。帰った客の見送りをしていた女子たちと、別の客の煙草を表の自販機まで買いに行っていた東とがエントランスで出くわしたようだ。
「そう来た?」
「〜だよね」
同級生のような気さくな会話が、通り過ぎた蘭治の耳に残った。
女子と仲良さそう……前からいる自分より。
女子と馴染んでる……前からいる自分より。
淡々とグラスや皿をトレーに乗せ、テーブルを拭きながら、蘭治は呆然としていた。
なんでか、こっちのがショックだ。仕事のデキ具合で負けるより。




