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出世した?

 後輩ができた。

 つまり、新人が入った。やめた岸の分の人員補充だった。


「東です」


 厨房で行き合った蘭治に新人はにこやかに挨拶をした。

 蘭治も名を名乗って頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 東という新人はそう言ってさらっと笑った。

 彼は身軽そうな細身の体に短い髪、クリっとした目でマスコットのような風情だが、就活生のような折り目正しさを持っていた。

 年齢は蘭治と同じで先週二十歳になったばかり、出身は『北の方』だという。


「よさそうな子が入ったんじゃないの?」


 帰り際、ご機嫌で店長にそう言ったのはあのベートーベンだった。嫉妬に燃えた岸の『暴力沙汰』の被害に遭った、楓指名の説教おじさん。彼は右手の中指を包帯でぐるぐる巻きにしていたが、他に目立った外傷はなかった。


 そんないろいろがあったベートーベン、でも楓が忘れられなくて今日来店したら出迎えた課長にこう言われていた。


「楓さんはお休みです」


 蘭治は不思議に思った。楓は消えたのだ。多分岸と一緒に。だから『辞めました』じゃないのか?


「ちょっとフリーで遊んでいきません?まだ八時ですよ」


 『楓派』であり彼女の客に愛想を売っていた課長はベートーベンとも馴れ合いになっていた。


「オガちゃんにそこまで言われちゃなあ。じゃあ一時間だけ!」


 ベートーベンは押しに負けた。課長は本日最高の笑顔を生産した。


『一名様三卓フリーで!』


 インカムを通して響いてきた課長の弾んだ声と、遠目に見えるその爽やかな笑顔を見た蘭治は、三階での取り調べタイムで彼が見せた顔とのギャップに戸惑った。

 

*


「三雲くん、東くんにラスト業務教えて」


 閉店間近、課長は蘭治に指示を出してきた。1ミリの屈託もない顔で。



 なんだか。


 岸という人なんて、初めからいなかったみたいだ。


「三雲くんもセンパイだね」


 客席から皿などを下げてきた今井がニヤっとした。蘭治は別に、と照れ笑いを堪えながら東を見て、始めますと目で合図をしながら言った。


「あの、じゃ……」


「はい、よろしくお願いします」


 あまりにも対照的だった。東のハキハキとした声と、蘭治のぼそっとした声が。


「えーっと、ラスト30分前になったら、照明を落とします。こう、この位置まで回す」


 壁のつまみを回し説明する蘭治の横で、東は真面目に頷きながら聞く。


「で音楽は……」


 なんだか、『先輩』っていいな、と蘭治はこそばゆい気持ちになる。


 同時に、岸に恐怖と苛立ちを湧き起こさせるような教え方をされていた頃を思い出し、既にそれが遠い昔のように思え懐かしささえ感じてきた。


 新人東によってカラオケ機器に入力された、哀愁を誘う昭和風の英語の曲が流れ出し、今日の業務が終わる。


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