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面接・即採用?

 一週間後。


「乾杯」


 蘭冶、吉沢、林の三人は、いつものファミレスでグラスを合わせていた。炭酸の泡がはじける。


 採用されてしまった。

 それぞれが、それぞれのミッションに向かっていく門出の祝い。

 吉沢はカラオケ店員。林はケータイショップ。

 そして蘭治はキャバクラのボーイ。


 『ホントにやれるのか?』

 という不安は、場所は違えど三人一緒のスタートという安心感で泡と一緒に飲み込んでしまえ。 

 そんな勢いで各自が杯を乾かし、必要以上に勢い付けて二杯目を取りにいく。


 正直雇われるとは思っていなかった蘭治は、少し戸惑っていた。

 メロンソーダのボタンを押しながら、ミッション決定の日から今までのことを思い返す。



 “派手目なモテ男っぽい感じの職業をやる”

 それが決定したその場でどこに応募するかを決める会議が行われ、各自それぞれの応募先に電話をかけた。

 蘭治も、会議の結果、広告が大きく、何を基準にだか分からないが何となく『安全そう』な店として選び出された“shell”というキャバクラに電話をかけた。

 受話器を持ちながら緊張の嵐に襲われる。でも他二人が横にいるということで多少の安心感が得られた。

 でもそれは同時に、もう後へは引けない、日和ってはいられない、『やっぱや〜めた』と中止はできない状況ということでもある。    


 そして受話器の向こうの声に、即明日面接、と言われてしまった。


「まじ明日か」


「何着ていったらいいんだろう」


 慌てる蘭治の横で吉沢たちもそれぞれの面接に向けてスーツがどうの、と騒ぎ出す。


 そうだ、さっきの電話口の人は、普段着でいいって言ってたっけ。と、蘭治は緊張のあまり忘れてた今しがたの会話を思い出す。


「あ、そうだ、履歴書!」


 今度は応募書類のことで場が沸く。しかし蘭治はここでまた、履歴書不要と言われたことを思い出した。

 なんか、一人だけ身軽すぎて却って不安?




 その夜、ベッドに入った蘭冶は、今夜は眠れないかもな、と思った。


「あ、うち、あなたみたい人は雰囲気に合わないんで」


 なーんて面と向かって言われたら、心折れて向こう一ヶ月は繋がらないだろうなあ。蘭治は怖れた。


 でも、仕方がないか。ホントのことだから。しゃあない。そう腹をくくったら、いや開き直ったら、思いのほかすんなりと睡眠に入れることができた。


* 


 翌日。面接開始時間の5分前。

 蘭治の乗ったエレベーターがキャバクラshellのあるフロアに到着した。鼓動は最高潮に達する。居酒屋にさえろくに行ったことのない蘭冶が、いろいろすっ飛ばしてキャバクラへやって来た。えらいことだ。

 大理石調の床に降り立った途端目の前の黒いドアが開いて人が現れ、蘭治はビクリと後ずさりしてしまった。


「ああ、びっくりした?エントランスのカメラで見てたんだよ」


 そう言って蘭治を店に招き入れたのは、天然パーマで四角い顔をした中年男性だった。彼に勧められるまま店内の白いソファに座る蘭治。そしてお互いが名を名乗り面接が始まった。


 店長だという目の前の男性は、まず咳払いをして痰の絡みを取ってから、運転免許証を見せてと言った。それは、キャパ嬢の送り迎えをしなくてはならないボーイの必須資格である。蘭治は、取っただけで全く使っていない免許証を取り出し渡した。

 眼鏡をかけて、免許証を確認し始める店長。弱い白熱灯に照らされた店内に、熱帯魚が泳ぐ水槽のエアの音だけが響いている。


「はい、おけーい」


 店長は、軽くて鷹揚な調子でそう言った。この、年齢は蘭治の父親くらいと思しき男性は、蘭治が想像していたようなデキるイケメン風情とはかけ離れている。だから多少は緊張も緩んだけど……まだまだリラックスには程遠い。 


 店長が眼鏡をゆっくりとはずし、目をシパシパしながらケースに仕舞うまでの間。それが落ち着かなくて、蘭治は店内を見回してみる。


 テレビと、夕べちょこっと覗いたネットの情報でしか見たことがないそこ。夜の蝶が舞う、妖しい世界なのか?それで牡丹とかなんかが咲いてたりして?


 ……などという蘭冶の稚拙な想像を裏切って、今彼のいるこの空間は、しんとして、がらんとして、油くさくて、もちろん蝶もいないし花も咲いてない。


 壁を背にしてソファに座っている蘭治は、店長の肩越しに店内の席の数を数えた。自分の座っているシートも含めて八つあった。一番奥の席の脇に廊下みたいのがチラッと見えるので、奥にも席があるのかも知れない。


 蘭治はふと、今が何時なのか分からなくなりそうになった。確か午後3時のはず。しかし窓がなく薄暗いここにいると、壁一枚向こうに眩い初夏の太陽があるということがまったく実感できなくなってくる。


「いつから出るう?」


 おざなりに店長が尋ねてきた。


「週末は忙くて教えてる暇ないから、慣らしで木曜くらいがいいかな?」


 即採用ってことなのか?蘭治は面食らった。まだ面接の本番始まってないと思ってたけど。


「おい店長よお」


 奥の厨房のような部屋から、のっそりと五十代くらいの小太り色白の男が現れ、蘭治の正面に腰掛ける壮年の痩せた男……店長に呼びかける。


「早く『傘鮨』行くよ。たいらやと鈴木社長はもう着いて飲んでるってよ」


 はい、と答える店長の脇にそのおっさんは座った。膝をさすっている。

 おっさんは蘭治の方を見た。

 蛇。目も口も蛇みたい、そう思った蘭治の背筋が伸びた。

 おっさんは口角を上げながらゆっくり発声した。


「明日からよろしく」


 蛇に、睨まれた。そう感じた蘭治はとっさに「はい」と答えていた。



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