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ラーメン屋 アルハラ26時

「店長と課長のどっちの言うこと聞けばいいんすか?」


 赤い顔をした蘭治の問いに、岸はニヤリと笑った。そして、取皿に乗ったチャーシューの上の葱を箸で避け始める。


「ランちんの好きな方でいいんじゃね」


「おれは、怒られない方がいいです」


 蘭治は餃子を青りんごサワーで飲み下した。


「ふふん」


「ちゃんと答えてくださいよ。明日からの過ごしやすさがかかってるんですから」


 いつにない押しを見せる蘭治だった。ブラック企業にアルハラは付き物、なら受けて立とう、と妙な決意をした彼は気付いたら絡み酒になりかけていた。

 岸はそんな蘭治を見ながら笑っていた。蘭治を連行した時の苛立ちぶりはどこへやら。ほんと気分屋だな、と蘭治は思う。


「じゃあさー、ぶっちゃけついでにうちの店の中でランちんのタイプの子を発表しようよ」


「い、いないです」


 蘭治にとっては中学生以来のリアルな恋愛ネタ振りだった。答え方もその頃と全く同じだった。とっさに頭に浮かんだサキとの至福のクッキングタイムはかき消した。

 何回か言え、いない、の問答が繰り返されたのち、ハイボールをテーブルに置いた岸は急に表情を消して言った。


「でも付き合うもんじゃないよ、キャバ嬢とは」


 岸の上に漂う黒雲を見て蘭治は戸惑った。今度は谷底へGOかい。対応に迷いながらもふとあの日の記憶が蘇った。

 潜んだ女子トイレの色あせた壁紙。閉まりきっていない更衣室のドア。そう、居合わせてしまった勤務中のイチャつき。男の声は岸、女は……?誰だったのか分からずじまいのあの件。

 いっちゃえ!酔った勢いだ。


『でえ、岸さんの彼女は、だ〜れなんですかあ』


 なんて!…

 いくら飲んでも言えない。代わりに出たのは


「ヤキモチ、ですか」


 地雷度合いはたいして変わらない台詞だった。


「生意気なっ」


 岸は蘭治に向かって割り箸の袋を投げつけてきた。すいません、と言って蘭治はうなだれた。そうだ、パッと見とは言えイケメンと同じ地平になんか立てるわけはないのだ。


「腹立つ」


「すいません」


「ほんと今日腹立つ日!」


 やっぱり何かあったのか。八つ当たりかよ、と蘭治は眉をひそめた。


「話題を変えろよ。ネタ出せ」


 突然の要求に焦った蘭治は、とっさに問いを投げた。


「楓さんとミレさんレミさんは、仲悪いんですか」


 岸の眉が動いた。また地雷か?


「ランちんはどっちが好き」


 酒で緩んだ目を、岸は向けてきた。蘭治の脳内にあの三人の顔が浮かぶ。

 …選び難い。

 いや、そういうことじゃない、じゃないよね。もう一回、はい再生し直し。


ミレ『マニュアルに当てはめないで』

レミ『わかったあ?』

 楓『延長、取れたよ』


「……楓さんです」






 



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