ナンバー123の摩擦
「困るよね。もう5回かけてるけど出ないよ」
今井は開け放した助手席の窓に左腕を乗せてため息をついた。
「そうですか」
ハンドルを握ったまま蘭治は応えた。
今、二人がいるのは低層の白いマンション前に寄せた車の中。一年で一番長い6月の日も暮れた宵。マンションの向かいの公園からはオケラの声が聞こえる。
蘭治は昨日から送迎という新しい仕事を始めていた。道順を教わるため今は先輩に同乗してもらっている。
「毎月2日と17日にレミさんの迎えに当たると大変だよ」
鈍い蘭治でもこの今井の言葉に少しは思い当たるところがあった。
昨日、6月1日の終礼を蘭治は思い出していた。
蘭治の働くキャバクラshellは給料の締め日が月に二回ある。そして翌日、その期間の成績が発表される。今回は5月15日から31日までのものだった。
「前期の一位、ミレさん。110ポイント」
ミレが当たり前のようにさっと立ち上がり賞金の入った封筒を受け取る。他の皆は拍手をする。
彼女がもう三年以上一位を保っているという話は、蘭治も入店してすぐに聞いていた。皆にとってこの発表と拍手のセットは当たり前のルーチンのようになっているのだろう。
「二位、楓さん。78ポイント」
楓。蘭治の中で彼女の顔と名前が一致したのも早かった。黒髪で、ゴテゴテした派手さはないけど妖艶な女性。年齢が蘭治より3つしか上ではないことを知って驚愕したのですぐに覚えたのだ。
「三位レミさん。70ポイント」
発表する店長の眉がピクリと動いた。そして更衣室やトイレのある方へ向かって叫ぶ。
「レミさーん」
終礼のため集まった女子たちの中にレミがいないことに蘭治は気付いた。そして裏で酔いつぶれているのか?と思う。そんな憶測をしてしまうのも、入って三日目のぎょっとした体験があったからだ。
そこは修羅の場だった。
更衣室の前に女がマネキンのように転がっていたのだ。長い髪がワカメのように床に広がっていた。髪の中に口でもありそうな気がして恐る恐る近づくと、妖怪ではなくてミアだということが分かった。すっかり化粧は剥げてお稲荷となり、寝息を立てていた。振り返るとトイレのドアが開いていて、そこからの移動経緯を辿るようにミュールが転がっていた。
翌日ミアは課長の説教部屋に呼ばれていたが、店長は『よくあることだよ』と淡々とつぶやいていたものだ。
今夜のミレもマネキン化しているのだろうか。
店長は慣れた様子で
「寝てますね、はい次四位は……」
とスルーする。
そこから明けて今日この結果。
蘭治はハンドル上部に両手を乗せて今井に聞いた。
「たしか月末近くまでずっと、二位がレミさんで三位が楓さんでしたよね」
「毎回そんな感じで追い上げられて負けるの。それでレミさん毎回ヤケ酒コース」
「で、二日酔いですか?」
「姉妹でナンバー1、2取りたいみたいよ。そしたら看板として話題性出るじゃん。その時は夜系サイトで特集組む話もあるみたいだし。でも間に楓さんが入っちゃうから叶わないんだと」
蘭治は今井の説明を聞きながら、ドレス屋行商の日の試着の時のミレレミを思い出した。そんな相手とは服被りたくないわな、と納得。
「三位だってすごいのにな。おれの二倍稼いでるって」
そう言うと今井は車を降りて蘭治を手招きした。付いていくと彼は目の前のマンションのエントランスまで行き、ボタンを押してインターホンを鳴らしたようだ。
すると何回かけても出なかったレミが今井の電話を鳴らした。
「今シャワーから出たからちょっと待っててだって」
電話を切った今井は蘭治の顔を見て眉をひそめた。
「レミさんのちょっとは30分だから」
車に戻ると今井は蘭治に発進するように言った。蘭治は頷いた。かわいそうだけど、しようがない。
「置いてくんですね」
今井は首を振った。
「ううん、先に次の人乗せちゃう」
蘭治は指示通り車を走らせあるコンビニの駐車場に入り、そこでノアを乗せてまたレミのマンションへの道を辿った。
「ねえ今日家出る時点で化粧してるよ。すごくない?」
ノアが後部座席から雁首を並べてきた。気安いけど静かな声だった。相棒ミアといる時と違って普通のヒトだ、と蘭治は思う。少しだけ警戒度数が下がった。
「ほんとだねえ、美しいや」
「見てないじゃん、今井さんてきとー」
蘭治は誰かが見なくてはならない気がしてつい振り返ろうとしたが、車体が蛇行したため今井とノアが叫んだ。
「前見て前!もーそういうんだから岸くんにいじられるんだよ」
のあにそう言われ蘭治は街灯が途切れて暗くなったのをいいことにむくれた。
*
タイムロスがあったため、店に着いた時は既にオープン時間を過ぎていた。ノアはなんの咎めもなくオープン8時から時給が発生とのこと。それは分かる、被害者だから。
でも。なんで自分、そして今井が怒られるのか。それは納得行かなかった。
課長は言う。
「もっとさ要領よくやればできるんだよ!女子の管理もボーイの仕事だから」
“女子”も“管理”も蘭治には全く分からない世界だった。




