美姉妹。気後れ。酒。
蘭治は、幼稚園児の頃、覚えてる限りで一番初めに見た虹を思い出していた。
その頃住んでいたアパートの裏手にて。梅雨の終わりのある夕方。当時好きだったカタツムリを探しに母親とともに近くの用水路へ向かおうとしていた時。
「ほら、虹だよ蘭治」
母親が高揚した声を出した。その指差す方を蘭治は見る。
虹というものはアニメなんかで見たことあるけど。
それよりもっと透明な上曖昧だった。粒子という言葉は知らなかったけど、無数の色の粒だと分かった。それが常に弾けて消え、同じ数だけ同時に生まれてるのも、分かった。
なんでだっけ。
その日見た虹の彩りを思いながら画用紙に色を乗せるってことをしなくなったのは。
「みくもの絵、へん」
「さいこ!さいこぱす!」
なんていう拙い言葉を背中に受けながら筆を置いたんだったっけか?
「画伯になるかもって私たち期待してたのに」
なんて言って母親は今でも掘り起こす時あるけど。その度にあっほらし、と蘭治は思う。
*
「やばいトリップしてた」
蘭治は我に返った。ブルーのドレスを纏ったミレの煌めきを見て目が眩んで、つい白昼夢を見てしまった。
やっぱり見慣れないものはマズイな。慌てて手元の焼酎の箱に視線を移して平静を取り戻そうとラベルの原材料を読み始める。
「ミレ似合うよ買っちゃえば?あ!ちょっと待って」
蘭治がつい振り向くと、ミレの相棒……いや妹だということを蘭治は昨日知ったのだが……そのレミが別のドレスを手にしていた。ミレの着ているのと同じ質感と煌めきを持った、でもクリーム色のそれだ。
「これ同じシリーズのデザイン違い?二人で着ちゃう?」
「いいね。レミもたまにはそーゆう大人っぽいのいいんじゃん」
女優風情のミレと対象的に幼顔のレミだが、その細身のシンプルなドレスはマイルドな色合いもあってか違和感なく馴染んでいた。
しかし、二人で意気投合しかけたところで店員の女性が大げさに遠慮がちな声を出した。
「すみませんねー、それは売約済みになっちゃったのよ」
「え!そうなの?」
鏡の前でクリーム色ドレスを当てながら勢い良く問うレミ。
「そう、さっき楓さんがね…」
その瞬間ミレとレミから表情が消えて、二人は言葉もなくおもむろにドレスをラックに戻した。
蘭治は不思議に思った。まあブツが売約済みになっていたレミはともかくなぜミレまでがはたと温度下がる?
首を傾げた時、蘭治は焼酎の名前を思い出した。
「百年の孤独!」
彼は急いでその箱を探し出し、早足でその園を後にした。
「ふう〜。脱出」
閉めたドアを背に、安堵のため息をついた。




