マセガキと妖怪と美女
そう、鳥の雛が初めて見た動くものを親と信じて慕うように……?
蘭治がボーイとしてshellに入って初めて、正面から顔を見て話をした女性、それがキッチンで働くサキだった。
そこでもう決まってしまった。その後何人美人のキャストを見ても、蘭治の胸にトキメキ様のものは起こらなかった。
*
今日は店の近くの神社で大きな祭りをやっている。
「みんな好きなの食べて」
午後四時の厨房。サキは部屋中央の調理台に屋台で買ったらしい食べ物を並べる。
焼きそば、たこ焼き、りんご飴、あんず飴、焼きイカ、他。
「お店に来る前にお祭り寄ったら、会長に行き会ってね。いっぱい買ってくれたの」
「うわ、なっつ〜」
岸が『おれ、これいいすか?』と問いながら有名キャラクターのプリントされた綿飴を手に取る。
蘭治は『なっつーとかアホ語使うな』と眉をひそめたくなったが、しかし今はそれどころではない。もっと気になるものがサキの横にいた。
「あたし綿飴べたべたするからキライ」
こまっしゃくれた言葉を放つ、女児……小学校低学年くらいか?前髪は緩くカーブしてる。黒目がちの目は少し離れ気味だ。
「あはは、でもヨーヨーは気に入ったみたい」
サキが子供を見てそう笑う。
「これレトロでかわいっしょ?それにアナログ遊びで手を使うのって大事でしょ?」
子供は両手に持ったヨーヨーを弾ませながら小難しい言葉を放ちご機嫌だった。
「リエちゃんはいろんなこと知ってるなあ」
今井がイカ焼きを頬張りながら子供に微笑む。それを横目で見ながら、蘭治は思い切ってサキに聞いてみた。そうであってくれ、と思いながら。
「親戚のお子さん?ですか」
「ん?娘だよ」
サクッと返された。終わった。終わりました。はい終了です。
「あたしの範囲小6までなのに。中年男子にばっかモテちゃって、かいちょーとかパパとかさ。そんでこんな食べ物だらけになっちゃったの」
父?そうか父と娘、親子3人、いいねえ微笑ましいね。蘭治は放心する。
「今日パパに会ったんか、楽しかった?」
岸が綿飴を齧りながらリエという娘に聞くと、娘はふん、と無関心そうに頷く。
え、ということは?別々に住んでる?イコールサキさんはフリーのか?しかし蘭治は既に萎縮していた。人生経験のキャリアの差のようなものに。
「てかあんた達もあたしの対象外だからね!」
リエは女王のように言い放つ。
「いやこりゃまいったな〜。イケメン小学生の知り合いいたら紹介したいけど、なんせおれ顔狭くてねー」
岸はリエに頼もしさと辟易の混じった笑みを向け棒読みでそう答える。
蘭治はもそもそとたこ焼きの咀嚼を続けていた。楊枝を落としそうなくらい脱力しながら。
*
「つーかなんでこんな日に衣装屋ぶつける?」
「渋滞で送迎手間取ったり祭り帰りの一元客来るかもでゴタゴタなのにな」
今井と岸はそうぼやいていた。
今日は月一度の、ドレス屋が行商に来る日。この店は繁華街から外れた場所にあり周りに店がないため、課長の提案でこういうシステムを取り入れている。よその土地から流れて来て足もなく土地勘もないキャストは助かっているらしい。
オープン二十分前。蘭治が例の裏の廊下に酒の買い置きを取りに行くと、そこはさながらセール中のファッションビル・レディースフロアのようになっていた。
ラックにかかった色とりどりのヒラヒラやキラキラ。狭い更衣室で試着を済ませたキャスト達が、廊下に置かれた姿見を覗き、はしゃいでいる。
傷心してる場合じゃない、また試練だ!
気後れした蘭治は後ずさりしたくなる。でも入るしかない。そう、仕事だよ、仕事だから。行け!
「すっごい似合いますよ。もうー二千円引きしちゃう!どう?」
「うわーい。買うでしょ」
そんな会話を繰り広げる店員の女性とキャストたちを尻目に、蘭治はできる限りの瞬速で棚の前に走ろうとする。と、
「お、ラ〜ンちん、ちょっと投票してよ!」
名前を呼ばれてビクッとする蘭治。呼びかけてきたのはかのお稲荷ことミアだった。隣には相棒のモアイことノアが並ぶ。
いや、二人とも“使用後”状態、つまりメイクを施していたから、そう呼ぶのは間違いかもしれない。今は立派な花と蝶だ。初日、蘭治は“使用前”とは別の人と思ったくらいだ。
「え、投票とは?」
蘭治は噛みそうになりながら答える。その気分はライオンの前のシマウマさながらだった。
「いまさ、どっちのドレスがエロいかって話で」
とノアが言う。
「あたしエロい方が買いたいんだよね!ランちんだけに一応男子だから投票しろよ!」
ランちんの「ちん」の部分を強く発音しながらノアは続けた。お稲荷……いやミアは『ちゃんと見ろよ』と言ってカカカ、と笑う。
蘭治は消えたくなった。
ノアの纏う赤い総レースのロングドレスは食虫植物みたいで、ミアの着る前面がウエストまで切り込んだ編み上げの黒ドレスは胸の辺りがパカパカしていた。蘭治にはそれをどう表現すればいいのか分からず、何も言葉など浮かばない。
「おっそー、もういいよ!」
ミアの蹴りが蘭治の股間に入った。手加減したのか、痛みは軽かった。なんにしろ解放されたとみなしていいんだろうか、と思った蘭治は素早く酒のある棚に向かう。
たしか、赤霧島と、百年の?千年の?なんだっけ?蘭治は動揺したためか酒の名前を思い出せないでいた。
「うわーこれラインきれいー。買おかな」
「いいんじゃないの?」
「ほんとほんとミレさん細いからこういうタイトなのキマりますね!」
蘭治がふと振り返ると鏡の前に立ったミレの姿があった。左右に店員と、相棒のレミがいる。
宝石を模したような石が散りばめられたスカイブルーのドレス。肘上までのレースのロンググローブがセットのようだ。
まばゆい。
蘭治は息を飲んだ。




