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イケメン?いや意外とふつう。

 あの初出勤の日。

 サキさんの揚げた唐揚げをテーブルに運び、厨房に戻ろうとすると、リストから出てきた岸が早足で店の裏に引っ込むのが見えた。


「説教されてむくれてるのかな」


 蘭治は、ざまあみろ、と思った。

 と、カウンターの中から今井に呼び止められた。


「三雲くん、ちょっと裏からジン持ってきて」


 は?じん?


「酒だよ。JINってラベル貼ってあるから。透明でカッコイイ瓶のやつ」


「分かりました」


 蘭治は本当は厨房に戻りたいけど、我慢してそこを通り過ぎ奥のドアを開けた。売上グラフの掲示してある場所だ。

 そして酒のストックが置いてある棚の前に立ってジンとやらを探しながら、そう言えば、と不意に気付いた。


 さっき岸がここに入ってたっけ。でもいない。


 と思った時、ボソボソとした声が聞こえた。


「腹立つー。客におを付けなかっただけでなんで怒られんのって」


 岸だ。誰と喋っている?蘭治は更衣室のドアに近寄ってみると、そこは閉まりきっていなかった。今日の夕方店の中を案内してくれた課長が、更衣室のドアは建てつけが悪いんだよね、と言っていたのを蘭治は思い出した。


 岸が続けざまに二言三言愚痴を言い、一段落ついたところで、女の声が聞こえた。


「オガちんのお説教はまだかわいいもんだってえ、十分で終わるんだから」


 声を聞いても蘭治には誰だか全く分からない。


「そっか、今日来るんだっけ?ベートーベン」


 これまた誰のことかさっぱり分からない。客だろうか。


「そ、今日も三時間説教コース。しかもヘルプのリラは自分のお客来るからあんま付けないって。

もう一人付けなきゃ。ね、誰が適任かな?」


「酔っぱらいの説教はうっとーしいからなあ。上回るくらいの酔っぱらいがいいんじゃないの?サラとかは?」


「あは、いーかもー、あの子ベートーベンに指揮棒代わりにマドラー持たせてみたいって言ってたし。それにいっぱい飲んでくれるしね」


 ベートーベンとは客らしい、そしていつも酔って説教くれるメンドウなやつらしい、と蘭治は合点がいった。


「やっぱミツ冴えてるね、じゃサラに頼むわ」


 ミツ?岸の下の名前か?と蘭治は思う。くそ、女子にファーストネームで呼ばれやがって、とも。


「で。今日行くね」


 急に女が囁き声になった。どこに?と蘭治は心の中で問う。


「え、今日ベートーベンとアフターじゃないの。リラが言ってたよ、三人で串揚げ屋行くんだって」


 岸の声から苛立ちの色は消えている。その代わり冗談混じりに不貞腐れた風情が混じった。


「いいよ、中止中止!」


 女はきっぱり言い切る。対して岸はあえて勿体ぶるような声を出す。


「え、でもおれの方がどっか行く予定あったらどーすん?」


 ふふ、と女の声がして、少しの間があり、岸の弾んだ声が聞こえた。


「ま、うちにいるけどー」


「でしょ?じゃ、後でね!」


 完全なカップルの会話だな、と思いながら蘭治は慌ててドアから身を離し、廊下の反対側にある女子用トイレに滑り込んだ。そしてカチャッと音の立たないよう寸前まで扉を閉め、息を潜める。というか会話の間の間に何が起こっていたのだろうか…気になって仕方がない。


 更衣室にいた二人のどちらか……おそらく足音からして岸が、店内へと続く扉から出ていく音がした。そしてすぐに蘭治の潜む個室の隣にあるもう一つのトイレに誰か入る気配がした。


 そっとトイレを出た蘭治は、既にさっき発見していたジンの瓶を掴むと、忍び足で店へと戻った。


 カップルだ。ホンモノの。テレビと違う、漫画とも違う、いや同じよう、だけど違う。なんてゆうか息づかい?のようなものを伴ってる。


 腑抜けた顔で今井に酒を渡した蘭治の混乱は、その先で客席の前に跪く岸を捉え、増した。そして今日の朝礼の課長の言葉を思い出した。


『キャストと男子の私的交際は罰金50万。会長が地の果まで追いかけて闇に追いやります』


 蘭治がぼんやりしてると、岸がトレーに空いたグラスやらをいろいろ乗せてカウンターに戻ってきた。


「ランちん、ほら、カウンター入って、これ洗う!あ、吸い殻は下のバケツへGOね」


 説教されたのも忘れたようにご機嫌だ。今度は蘭治が内心むっとしながらカウンター内の流しに向かう。


「ランちん、グラスは青スポ、灰皿はピンスポね」


 去り際に岸は流しのスポンジを指しながら言い残した。青スポ。ピンスポ。自分への呼び名プラスその言い方に蘭治は無性に腹が立った。それを堪えグラスを洗いにかかる。

 岸はそのまま厨房へ向かって行った。


「さーきさーん。会長のすっしーあるう?」


 伸ばして呼ぶな。岸の浮ついた声がそれ以上聞こえないように、蘭治は水道の水の量を最高値まで上げた。



「ほんとチャラいよな」


 すっかり顔を赤くした林は眼鏡を外しながらぼやいた。


「な、腹立つだろ」


「そいつよっぽどのイケメン?」


 吉沢は警戒するように蘭治に質問した。


「何日か見てたらけっこう普通って気付いてきた。パッと見はすごいイケてそうに見えたけど」


 そこで横たわっていた林がむっくり起き上がり再び眼鏡をかけた。語り出す合図だ。


「だよな、意外とそうなんだよな、よく見ると普通だったりすんだよな!」


 吉沢も流れに乗る。


「そう、うちの先輩とかもさー」


 しばし『イケメン』論が続いた後、性別を逆にした『すごく美女そうで意外とふつう』にテーマが変わり、はたまた『ふつうーに見えて実は可愛いがよいよな』などと言いたい放題に展開し、やがて夜は更けて行ったのだった。


 そうして蘭治の入店後初の休日は幕を閉じた。


 

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