地味にストレス解消の宴の夜
今日は週に一回の休み。
夕方五時まで寝た蘭治は、やっと仕事による筋肉痛が治まったことに喜びながら、約束通り吉沢の家へ赴いた。そして二階の吉沢の部屋に招き入れられる。
『先にやっててくれ』という林の言葉を受けて、蘭治と吉沢の二人はいくつかの菓子を開封し、コーラや緑茶を開栓し飲み食いを始めた。
「この人いくつくらいかな?」
蘭治はふとテレビを見ながら呟いた。流れているのはほぼ同局番宣のためと言っていい特別バラエティ番組、今映っているのは今季のドラマでデビューした女優だ。
「ああ、三野りさ?だっけ?二十三か四じゃなかった?」
「へえ」
蘭治はサキさんを思い浮かべていた。彼女は幾つくらいなのだろう。自分よりは上みたいだけど、具体的に当たりをつけられないでいた。この女優が同じくらいの年齢に見えたから参考にしようと思ったのだ。
「三雲、三野りさ好きなのか?」
「ああいや、ふつう」
「あ、そう」
無関心そうにそう答えた吉沢は、その後一瞬だけためらってから話し始めた。
「そういやおれ、今のカラオケ屋で主婦の人に年齢聞いたらなんか……結果怒られて。っていうか、キレてはないけど、他の人には聞くなよ、とか。おれ自身が働きやすくなるためだ、とかなんとか」
それから『意味分かんなくね』と言いながらコーンスナックの袋に手を突っ込み、転じて明るい口調を作った。
「だから、三雲もキャバ嬢に歳聞かない方がいいぞ!ぶっとばされるよ」
ざっくりと蘭治の店の話を聞かされていた吉沢は『ぶっとばされるよ』という言葉を半分冗談半分本気で言っているようだった。
「別に聞いてないけど」
とぶっきらぼうに答えながら蘭治は内心ほっとしていた。よかった、聞かなくて。サキさんはぶっとばさないかも知れないけど、なにこいつ、と思われたら嫌だ。
そこで、携帯ショップで働き始めた林から『着いた』というメッセージが届き、続いて階段を上る足音が聞こえて、部屋のドアが開いた。
おう、と言おうとして蘭治が振り向いたら、扉の前に立つ林は両腕を目いっぱい上に伸ばして親指と小指を立てていた。やな予感がした。林の口がゆっくり開く。
「エヌ、イー、イー、」
やっぱ?
「ティー!」
三人の声が揃った。辞めたんだ、林辞めたんだ?
「お前、条約破棄か!」
クビ以外で辞めちゃダメルール。それが蘭治たち三人の間で締結された“条約”だった。
しかし林は首を横に振った。
「おれ、パソコン得意〜、とか思ってたけど、全然だめだった。ネット閲覧・書き込みとSNSしかできないんじゃ」
蘭治は息を飲んだ。林は続ける。
「接客中も無愛想らしい」
「クビなのか?」
吉沢が核心に触れた。蘭治は彼の何の悪気もないストレートさに、気まずさを感じるどころか逆に笑ってしまった。
「笑うなよ!」
林は軽い怒りの体をとりながらも、内心は場に起こった笑いによって気持ちがほぐれ始めているようだった。
「やっぱムリなんだよ、おれらがあんなチャキってるソツなきイケメンみたいになるのなんて!」
その林の開き直りの言葉に、吉沢と蘭治は同時に返した。
「おれらとかって一緒にするなよおい!」
それから、吉沢が立ち上がり『今日は宴会だ!』と叫んで部屋を出ていき、多分親のものであろう焼酎の瓶と氷の張った製氷皿を持って再び現れた。
そんな訳でその夜……蘭治がボーイになってから初めての休日は、クビになった林を肴に、もとい盛りたてる宴となった。
ひとしきり林の愚痴の放出が終わると、話題は蘭治が勤め始めたキャバクラshellに移った。
「ホントに美人なんか、キャバ嬢ってのは」
「エロい客とかいるのか!」
「ボーイとキャバ嬢付き合ったりしてんの?」
吉沢と林は次々に質問してくる。淡々と答えていた蘭治だが、途中で我慢しきれないように頬が緩んだのを吉沢たちは見逃さなかった。そして追求する。
「その笑いは?詳しく説明希望」
「まさかお前がキャバ嬢となんかあった?うわーおれがボーイ引きゃよかった!」
「いや、落ち着けよ。そんなわけないだろ、おれだぞ」
「確かに」
「でもなんか面白いことあったのか?」
蘭治は口をつぐんだ。
「なんか、言っちゃダメなんだよな、バレるとヤバいらしくて」
「おい!おれらがそこの店の店長にチクるなんて物理的にあると思うか?」
「そ、そうか」
蘭治は納得すると、ほっとしてあの日のことを回想し始めた。




