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17 荒野の地ネネツ

 ホルモゴルィの町。

世界の北に位置するこの場所に、クラウスら一行が辿り着いたのは、もう夏の盛りを少し過ぎた頃であった。

 町の住民は、四人がネネツへ向かうというのを知るやいなや、皆口々に行くなら今のうちだと忠告した。

 この地は夏が恐ろしく短く、冬は呆れるほどに長い。

一年の大半は、雪と氷に覆われ、実質二ヶ月に満たない夏の時期が、人々を動かす原動力となっていた。

 さらに住民が言うには、サモヤジの地と言われるネネツは、ここよりもさらに北の最果てに位置し、豊かな森も何も無い、ただただ見渡す限りの荒野が広がっているのだという。

 そこは、ホルモゴルィよりも夏は短く、吹き荒れる地吹雪が支配する極北の地だ。

ならば比較的、天候が落ち着いている夏の時期こそが、行くには最適だと、人々は言った。

 そして一行は早々に旅支度を整えて、ホルモゴルィよりもさらに北の、サモヤジの地ネネツへと旅立った。


 道中の森の中。

ここは、町と言えるものなど、まばらどころか滅多に存在しない。

 今夜も野宿と相成ったクラウス一行は、未だ明るい空の元で食材調達に励んでいた。

 とは言っても、野生の動物を狩るのは、並大抵のことではなく、もっぱらツァガンが積極的に狩りに行く、ということになっていたのだが。

「たっだいまー、今日、これだけ、取れたぞー」

「おかえり、いつもありがとうな」

 腰にいくつものウサギと、手に鳥を持ち、ツァガンが笑顔で戻ってくる。

それを皆は、笑顔と空腹でもって出迎えて、口々に感謝の意を述べていた。

 血抜きは既に完了しており、後は調理するだけというのもあって、獣はあっという間に食料となり、四人の胃袋へと納められていった。

 その最中だった。

「ツァガン、それ何だ?」

 ウサギ肉にがっつく彼の、その部分を指して、クラウスは変な目をしていた。

「え、なに?」

「それだよ、それ、股のそれ」

「また?」

 肉汁でもこぼしたのだろうかと思い、ツァガンは下を向く。

「あっ、なにこれ」

 下を向いて驚いた。足の付け根部分のところから、茶色の傘を持つキノコらしきものが、にょきりと生えている。

「ツァガンさん、頭にも」

 サラの声に、彼は頭を触る。

頭にある、大きな狼の耳の根元部分にも、髪の毛ではない感触があった。

 他にもあるのでは、と思い、彼は自身の身体を見回すと、なんと脇のあたりにもそれはあった。

「ツァガンくん、後ろ、尻尾も」

 そうヴァシリーに言われて、尻を触る。

ふさふさの尻尾の付け根、ここにもそれは生えていた。

「え、え、な、なにこれ。なんで?」

 突如、自分の身に起きたことに、彼は戸惑いを隠せず、オロオロするばかり。

「うーん、ツァガンくん、森で何をしましたか?」

 ヴァシリーが、何か思い当たるらしく、問いかけてきた。

「な、何って、普通に、狩り。それだけ」

「どこか、茂みにでも入りましたか?」

「あ、は、入った。ウサギ、捕まえるのに、入った、気がする」

「……それですねぇ」

「え、な、なに、ヴァシリー、それって」

「それ、キノコです。人に寄生するキノコの一種です」

 キノコと言われて、クラウスは吹き出していた。

「ほ、本当かよ、キノコって、あはは」

「ええ、人のくさい臭いを餌にするキノコですね。森でうつされたんでしょう」

 くさいという話に、サラの眉間にしわが寄った。

「やっぱり、犬くさい……」

 苦虫を噛みつぶしたような顔で、彼女はツァガンを見た。

「でも、食べられるキノコですよ、一応は」

 そう言って、ヴァシリーはクラウスを見た。

「食べられるんですよ?」

「……お前さ、ヴァシリー」

「はい」

「食べたいと思うか?」

 二人は、キノコの生えている、ツァガンの股間を見る。

「それは、ちょっと……」

「俺だって嫌だよ、嫌なものを人に押しつけるなって」

「冗談ですよ」

「だよな、おいツァガン、こっちに来い」

 クラウスは、手招きをしてツァガンを呼び寄せる。

「なになに?」

 これから何をされるか、全く知らない彼が、脳天気な笑顔でやって来た。

「ったく、こんなの生やしてるから……」

 ぶちり。

クラウスの手が、ツァガンの尻から生えるそれを、引き抜いた。

「い、い、いたい!」

 キノコではなく、尻尾が抜かれたような痛みに、彼は悶絶していた。

「男のくせに痛がるなよ、少しはガマンしろって」

「く、クラウス、オイラの、尻尾、抜いた、でしょ」

「抜いてねーよ、キノコに決まってんだろ」

 ぶちぶちっ。

 尻を押さえて、うずくまる彼の頭から、さらにキノコが引き抜かれた。

「んぎゃああ!い、いたい!やめて!」

「ぴーぴー泣くなよ、ほら全部抜いてやるから」

「やだああ!オイラの、もげるうう!」

「あーもう、うるさいなああ!」

 逃げようとするツァガンを、クラウスが馬乗りになって押さえつけ、嫌がるのもお構いなしに次々とキノコを採集していく。

 そうして彼はふと思い出す。ふかふかの土が重なる森で、夏から秋にかけてキノコ狩りに精を出していた頃を。

 足元のツァガンは、倒れた木だ。そこにキノコが生えている。何も変わらない。

唯一違うとすれば、倒木が痛いと叫び、ぐねぐねと動くことぐらい。

「くっせーな、お前。洗ってない犬の臭いがするぞ、たまには水浴びしろ」

「い、犬違う!オイラ、狼!」

「同じだろうがっ」

「ちが……、いたああい!」

 狼の泣き声が、辺りにこだましていた。


 白い犬と、出会った。

ツンドラと呼ばれる、果てしない荒野のただ中で、一行はその犬に遭遇した。

 白くて、ふわふわで、普通の犬よりも大型の犬だ。

 犬は、人懐っこそうな、まん丸の目をしていた。

 頭の耳はぴんと立ち、長い体毛が極寒の地で生きる者の証のように、ふわふわと風に靡く。

 ホルモゴルィを出立してから、二十日余りになる。

北の大地に、無数に張り巡らされた血管の如き河川を利用して、一行は凍てつく荒野へと辿り着いた。

 今まで、飽きるほど目にしていた、生命多き針葉樹林は、どこにも見えず、吹き付ける風が、地表の短い草と苔むした岩を撫でつける、寂しい荒涼とした風景が、皆の目に映っていた。

 そんな荒野の中から、白いものが飛び出したのだ。

気づいた時には、それはもう目の前にまで迫っており、わん、と一鳴きして見せていた。

「きゃああ、ワンちゃんかわいいですうー」

 へはへは、と息をしながら、白い犬は首を少しだけ傾いでみせる。

まるで、微笑んでいるような、つぶらな眼と犬の表情に、サラはたちまち虜になっていた。


 ツンドラ地帯にある、ネネツの村。

一行は、白い犬に導かれて、茫漠の荒れ地の向こうにある、そこに辿り着いた。

 村と言っても、家を覆う柵や囲いがあるわけではなく、丸材を円錐状に並べた骨組みを覆う獣の皮の天幕と、そしてトナカイを繋ぐ立木がいくつかある、数家族だけが生活をする簡素なものであった。

 ネネツは、最北の遊牧民である。

彼らはトナカイを飼い慣らし、夏はツンドラに住み、冬は森林へと、季節によって居住地を変える。

 そうして、時には信じられないほどの距離を移動する。

 南方の、草原ステップに住まう遊牧民よりも、遥かに広い土地を、トナカイの餌である苔を求めて、彼らは動くのであった。

「わん、わん」

 犬が、天幕の前で吠えた。

「どうした、おまえ」

 その声に反応して、天幕の中から、一人の老人が姿を現わした。

「おや、君たちは……」

 黒髪を短く刈り揃え、あごひげを生やしたその男は、クラウスを見て、すぐに察したようだった。

 満面の笑顔で、男はこう言った。

「よく、来たね、勇者クラウス」と。


 天幕内に招き入れられて、四人は暖かなスープを振る舞われた。

器に注がれたそれは、家畜であるトナカイの骨と肉から作られたもので、骨を長時間煮込み、そこに具材である肉と、味付けに塩を少々混ぜ合わせただけの、至ってシンプルな料理であった。

 それでも、歩き続けて疲れ切った一行の身体に、それは染みるような暖かさと美味しさをもたらしていた。

「わたしは、ネネツのシャマン。ギィダンという名だ、初めまして勇者どの」

「初めまして、俺は……」

「ああ、みなまで言わなくともいい。ここに来る前にヴェプサに寄っただろう、ヤコフじいさんから聞かされているよ」

「えっ」

 ギィダンの話すには、クラウス一行がネネツへ向かった話は、ヴェプサのヤコフから伝わっているのだという。

 とはいっても、通信手段はシャマンの夢を介してというもので、北方諸民族のシャマンの中でも最も年上のヤコフのみが使える、高度な術であった。

「そんな術があるんですか……」

 ヴァシリーが、初耳だという顔を仮面の下でしていた。

「そうだよヴァシリーくん。我らシャマンは様々な術を持っていた、だがそれも長い年月のうちに、少しずつ失われていったがね」

「他に、他には、どのような術が、あったのでしょうか」

 焦る声で、彼は問うた。

「さあ、それはわたしにも分からない。ずっとずっと昔の話だからね」

 すまない、という目をギィダンはした。

「でも、こんな僻地に、人がいるなんて、信じられないです」

 白い犬を撫でながら、サラが言った。

 彼女は、この犬に出会ってからというもの、片時も側を離れることはなく、ずっとふわふわの毛並みを撫で続けていた。

「ルーシ人は、皆そう言うけどね、我らネネツはずっとここに住んでいた。ルーシが来たのは、ここ最近の話だよ」

 ルーシの国であるノヴゴロド公国が、彼らネネツと接触したのは、つい百年ほど前のことであった。

彼らは、毛皮や海獣の牙など、西の世界でも貴重なものを欲しがり、ホルモゴルィなどの町を建設しては、大山脈を越えようとしていた。

 北の海と、大山脈の交わるサモヤジの地は、冬になれば海が完全結氷して氷の道が出来上がる。

 そこを通って、人々は東方世界へと進出したがっているのだが、如何せん冬があまりにも厳しいために、その歩みは遅々として進んでいなかった。

 ここより南は、険しき山脈と深き森と谷が立ちはだかり、そしてここより北は荒れ狂う海が広がる。

船など、浮かべた端から永久氷に挟まれて、木っ端微塵に粉砕されるのが、決まりであった。

「でもね、我らはルーシ人が進むのを反対している。彼らは畏れを知らない、それに……」

「うー、ぐるるる……」

 犬が、突如うなり声をあげた。

「クラウス、何か、来るよ」

 ツァガンも、尻尾をぴんと立て、頭の耳を忙しなく動かす。

 犬と、ツァガンが表に飛び出したのは、ほぼ同時であった。


 小さな村の外で、一人と一匹、そしてそれは対峙していた。

「うー……、わんっ!」

「まだ、吠えるな」

 白い犬が、威嚇のために吠えたのを、ツァガンは諫めた。

「いいか、もっと、引きつける、飛びかかる、距離で、吠えろ」

「ぐるるる……」

 荒野の向こうの、冷たい風が吹く、その果てから、大きな影が見えていた。

 犬の牙が剥き出しになり、目は獲物を見据えたまま、唸りはより一層低くなる。

 ツァガンは大きく息を吸い込み、その影目がけて、あらん限りの遠吠えを放った。

 背後で、家畜のトナカイたちが、ざわめき暴れる音がする。

それでも彼は、探りの遠吠えを止めはしなかった。

「怯まない。獣、じゃない?」

 徐々に大きくなる影に、ツァガンの身が屈んだ。

「ツァガン、何が来ている!」

 天幕から出てきたクラウスらに、ツァガンはそれを指さした。

「何だ、あれは」

 影は、四つ足の獣だが、何かがおかしい。

 それに気づいた時、彼らは思わず息を呑んだ。

 土煙を上げて走るのは獣だ。それはトナカイらしいのだが、頭の角から炎を上げていた。

「サラちゃん!魔法の準備を!」

 ヴァシリーが太鼓を叩き、風が一行を守るように包み込んだ。

 トナカイの数は十数頭だが、その全てが炎によって狂乱状態に陥っていた。

「いけます!ヴァシリーさん!」

 詠唱を終えたサラが、八端十字架の杖を構えた。

 クラウスとツァガンの二人は、サラとヴァシリーを庇うように前へと進み出る。

「では、あの角を狙ってください!」

「はいっ!」

 その声と同時に、燃え盛る獣の角目がけて、サラの魔法が放たれた。

魔法は的確に、角の何本かに命中し砕けさせるも、一度暴れだした獣は、そのスピードを緩めはしなかった。

 トナカイは、目を血走らせ、よだれを垂らしながら、一行に襲いかかった。

「直接叩くぞ!ツァガン!」

「うん!」

「わん!わん!」

 クラウスは剣を、ツァガンは拳を握りしめながら、迫り来る獣に立ち向かった。

 トナカイは、聞いたこともない、甲高い鳴き声を放っていた。

 まず最初に、犬が飛びかかった。

 白い犬は、勇敢にもトナカイの一頭の頸に食らいつき、そのまま引きずり倒す。

 次に黄金の狼が走り、瞬く間に三頭を倒していた。

 ヴァシリーが、サラが続けざまに魔法を放ち、さらに獣の数を減らす。

 クラウスも、背後の二人を守りつつ、流れるような動きで二頭ほどを倒した。

 残る獣はどうしたかというと、ギィダンの魔法により、その場で深い眠りに落とされていた。

「かわいそうに、酷いことをするヤツがいるもんだ」

 水に濡らしたボロ布で、トナカイの炎を消しつつ、ギィダンは呟いた。

 このトナカイは、異形のものでは無かった。

その証拠に、倒されたものどもは消えることはなく、その場に倒れ伏していたからだ。

「わたしたちは元トナカイの氏族、家畜用のものは割り切れるが、それでもこんな残酷なことはできない、一体なぜ……」

「ギィダンさん、ごめんなさい!」

 突然、ヴァシリーが膝をつき、頭を下げた。

「これは、私の兄の仕業です。本当に申し訳……」

「ヴァシリー、まだお前の兄貴と決まったわけじゃあない」

 泣きそうな目の彼を、クラウスが止める。

「いいえ、きっと兄です。ここまで炎を的確に操れるのは、兄しかいません」

 トナカイの、頭に生える角のみに炎を宿らせる。

その繊細かつ豪放な魔法のかけ方は、炎に精通した兄だけができるもの。そう、ヴァシリーは主張していた。

「わたしは、違うと思うよ」

 ギィダンが、ボロ布をヴァシリーに見せた。

「見てごらん、角には黒い油のようなものがついている。何も魔法でやった訳でも無さそうだ」

「で、では……」

「おそらく、君のお兄さん以外の何者かだね」

 その言葉に、ヴァシリーの全身から、力が抜けていた。


 ギィダンの天幕にて。

狂ったトナカイの骸を片付けてから、ギィダンはシャマンの盛装姿で四人と向き合っていた。

 頭に被る金属の帽子からは大きな金属の角が生え、そこからは色とりどりの紐が結垂らされている。毛皮の衣服を飾るのは、両肩に小型のナイフ様の飾り。腹部には紐と小さな金属の鈴が下げられて、手にはヴァシリーと同じような、大きな丸い太鼓があった。

「ヴァシリーくん」

 タン、タン。

 ギィダンの手にある、丸い片面張りの太鼓が、音を立てていた。

「今から君に、歌を教えよう」

 タン、タン。

「これは、今は無きカマスの歌だ。我らネネツがまだカマスと共にいた頃の、太古の歌になる」

 寝そべる白い犬に、小柄なサラは身体を預けつつ、ギィダンの声に耳を傾ける。

 ツァガンは眠そうになるのを堪え、何度も瞬きをして二人を見る。

 クラウスは退屈な目で、それを眺めていた。

「カマスは、我らの祖。偉大なる太初のシャマンを持っていた」

 そう、前置きをしてから、ギィダンは大きく息を吸った。


 歌が、始まっていた。

 昔、むかし。

この西方世界に住む、北方諸民族は、大山脈の東側の世界に住んでいた。

 そこは、緑多き大樹林と、どこまでも続く大草原のある、自然豊かな土地だった。

 森には、獣や鳥が駆け周り、草原には、草花と昆虫が飛び、人々と共に暮らしていた。

 その東方世界南方の、草原と森林と山地の交わる、一筋の河のほとりで、一つの氏族が細々と生活をしていた。

 それが、ネネツの祖である、カマスであった。

 その時のカマスは、まだ獣の特徴も、祖霊となる獣も有してはおらず、度々争いに巻き込まれては、奴隷のような扱いを受けていた。

 だがある日、争いを嫌って、カマスは北へと移動を開始した。

 歩きはじめた人々は、次第にいくつかのグループに分かれだした。

 分かれた一つは、白鳥の庇護を。

 もう一つは、トナカイの庇護を得た。

 その過程で、カマスは太初のシャマンをも得た。

 太初のシャマンは、天と地を結び、氏族を導く役割を果たしていた。

天に人々の声を届け、地には天の声をもたらし、氏族の繁栄のために、来る日も来る日も祈り続けていた。

 悪しきものを鎮め、自然や精霊と対話をし、げに恐ろしき術を操る者。

 人々が、シャマンを持つようになる、ずっとずっと、昔の話だった。


 ギィダンの太鼓が、鳴り止んだ。

「聖剣は、カマスが守っている。この歌があれば、聖剣は目覚める」

 ヴァシリーは、その言葉に大きくうなずいて返答した。

「ん?ということは、カマスってまだ生きているのか?」

 クラウスが、ギィダンに問いかけた。

「いいや、カマスは死に絶えた。太初のシャマンを失い、周辺氏族に溶けこんで消えた。今カマスを知るのは、子孫であるネネツ、それもわたしだけだ」

 ギィダンの歌うそれが、あまりにも心地よかったのか、サラとツァガンはいつの間にか眠り込んでいた。

「そして、ネネツも氏族の特徴を失った。いずれは西の人間と同化するだろう」

 天幕の外から、低い、腹に響く音が聞こえてきた。

「わたしたちよりも前に、西の世界へ辿り着いた者たちもいる。その者らは鳥の氏族だと聞く」

 語り終え、一息ついた瞬間、外が激しく明るくなり、次いで空気を切り裂く音がした。

「ふふ、どうやらカマスが聞いていたようだ……」

 ギィダンは、そう言って微笑んだ。

「ギィダンさん、ご指導ありがとうございます。私、ヴァシリーは、父に代わって使命を成し遂げます」

 そう、深く、深く頭を下げるヴァシリーに、ギィダンは何度もうなずいていた。

 夏とはいえ、極北の夜は厳しく冷え込む。

一行は、風邪をひかないよう、幾重にも毛皮を被って眠りにつく。

 サラは、暖房代わりの白い犬を抱き、男三人は寄り添って寝息を立てる。

 荒野の地を、北からの風が吹き渡っていた。

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