線香花火
それはコンビニに週刊マンガ雑誌を買いに行ったテディの他愛無いお土産だった。
はい、ママにプレゼントと、極上の貴公子スマイルを添えて手渡されたのは、夏の醍醐味としてよくあるお徳用花火セット。
ママと言われた言葉はともかく、コンビニにスタイリッシュなモデルファッションで行くのも、帰ってすぐにアニメTシャツに着替えるのもどうかと思う。
女心の気配りはできるのに、自分の見た目をなぜ正確に配慮できないのだろう?
テディ、どうして装いに中間がないのかな。見た目が非凡だと中庸とか凡庸とか知らないのかな? 君のファッションは0か100しかないの?
眩い金髪に海のような碧眼を持つ、童話の王子様か貴公子そのものな美形なのに、爽やかなくらいに服装が残念だな!
そんな残念系貴公子からのお土産、正直に言えば花火はすごく嬉しかったりする。
子供のころなら、お父さんとお母さんと花火で遊んだ記憶はあるけど、二人が死んでしまってからは、花火で遊んだことが殆どなかった。児童会のキャンプファイヤーのお楽しみで花火が配られたりしたけど、私の分は従姉妹に「家に住ませてやっているのに、花火なんてゼイタク!」と取り上げられてしまったんだ。それでも人の目を気にしてか、お情けで貰った線香花火を一人でやった記憶しかなかった。
「花火かぁ……」
楽しみだな、やりたいなと、お徳用セットを掲げて笑っていたら、私の様子に気づいてわらわらと集まるジョナサンの息子たち。
なにこのイケメン圧迫面接。こんな見た目はホワイト、精神的にはブラックな企業には就職したくありません!
「ママ、それなぁに? ――花火? へえ、これが? 日本の花火は綺麗だって有名だよね」
きらきらした緑色の瞳を笑みの形にし、愛らしい天使系美少年のトニーが話しかけてくる。――なぜ君はまだ通ってもいない高校の夏服のままなのか。今は夏休みだ。私の学校に留学して登校もまだまだだよね?
「火薬の扱いなら俺も得意だぞ? C-4とかセムテックスとか」
赤い髪も鮮やかな不良系の鋭い美貌なジン。――珍しく上半身裸じゃないですね、露出の多い生地少なめタンクトップだけど! 裸族か、イケメン裸族か! 顔と肉体が装いとでも言いたいのか!
「お前が得意な火薬は、ママが持っている花火とは別物だろうが。だが興味深いな。ママ、みんなで今夜は童心に帰って、試してみないか?」
黒髪で知的な眼鏡のクールビューティ、ベン。怜悧な美貌とか、マンガの世界だけだと思っていました。――家でもサマースーツのままなんですね。企業戦士お疲れ様です。あとあなたの“ママ”が一番ダメージ大きいです。
服 装 に 統 一 感 を 持 て !
まあ、ファッションセンスはともかくね?
離れろ。囲むな。長身イケメンの密着型かごめかごめは望んでないから!
あと、ジン。君が言う火薬の種類は平和的な花火セットとは隔意があるものだと思うよ! 怖いから詳しく聞きたくないけど!
結局、密着かごめかごめの圧力に負けた私は、アパートの庭で花火大会を敢行するのでした。
花火は楽しかった。
お約束でトニーが私以外の男たちに花火を向けたり(よいこは真似しちゃダメだ!)、蛇花火の気持ち悪い動きを真面目な顔でベンか検証したり、足元に投げられたネズミ花火をビーサンで余裕たっぷりに踏みつけてジンが駆逐したり。
テディは自分でやるより、ベンチに座ってラムネを飲みながら綺麗だねって笑っていた。
いい大人がちゃちな花火で騒ぐなんておかしくて、楽しくて。
いっぱい笑っていっぱい遊んで。
最後は、もちろん線香花火。
児童会で従姉妹にそれしか貰えなかったのと、なんだか小さく火花を散らす線香花火が物寂しくてすきじゃないなって言ったら、みんな少しだけ真面目な顔になってしまった。
失言。
気をつけよう。
私を気遣ってか、スマホで花火の遊び方を検索していたトニーが、線香花火はくっ付けて大きくできるんだという話をして、それに全員が食いついた。
もちろん、私も。
よく考えたら、独りで線香花火するんじゃないもんね。
一人一本。
線香花火に火をつけて、ぱちぱちと小さく爆ぜる音を聞く。次第に小さく丸くなったオレンジ色の玉を、私、ベン、ジン、テディ、トニーがそっと寄せれば、五本の線香花火は一つの線香花火になった。
「……綺麗……」
片隅で一人ぼっちでやった線香花火はあんなに光が頼りなくて悲しかったのに。五つ集まると大きくて明るくてとても綺麗だ。
心の中まで暖かいオレンジ色に染められたみたい。
ああ、そうか。
もう、独りぼっちじゃないんだ、私。
独りじゃない世界をくれたのは、大好きで大事だった、もうここには居ない人。
その大きな玉の中に笑ったジョナサンの顔が見えた気がした。
鼻の奥がツン……となったのはね、花火の火薬がしみただけだよ、ジョナサン。