第五回~序章~「コロンバージュ」
数十分ほど、夜空を行く汽車に揺られていた。
対面式の客車の座席にフィルマンと向かい合うようにして座っていた。
車窓からは遠くなった大地と、点々とした家々の電気が密集して粗い点描画のようになった
夜景が見えた。それは実に感動的な光景で、思わず息をのんだ。
こんな光景を見たのは、きっと私だけだ。そんな優越感に浸ろうとすると、
間もなく不安がやって来る。
私は、物語の主人公そのものになったのだ。陰キャの私が、その職務を全うできるのだろうか。
よく考えてみれば、いくら異世界とはいえ「一国の女王」となる重圧は
決して軽いものではない。
―――『シュッシュッシュッ…』という汽車独特の音が絶え間なく客車内にも
響いてきていた。一定間隔で鳴り続ける、どこか心地の良い音だった。
列車の音といえば、線路の繋ぎ目を通る時にきこえる『ガタンゴトン、ガタンゴトン』
という音は聞こえてこなかった。空中に物理的な線路が浮かんでいるわけではなさそう
なので、納得は行く。
しばらくして、車窓から見える景色は夜景から突然深い霧へと変わった。
雲の中に入ったのだろうか。
「そろそろアムール王国に入ります。」
そのフィルマンの一言の直後、今度は車窓の景色が霧から一瞬でコンクリートの
壁に変わった。
『ガタンゴトン、ガタンゴトン!』という音が大きく客車内に響いた。
「このトンネルを抜けたら、アムール王国の首都・アルカンシェルに入ります。」
その言葉のおかげで、今自分の乗っている汽車がトンネルの中を走っているのだと
気づいた。
突然、強い光が客車に入り込んだ。
今までずっと暗い景色だったから、視界が急に明るくなり、反射的に手で目を覆った。
ある程度目が慣れたところで、改めて車窓の外の景色を確認する。
・・・そして私は、その景色に釘付けになった。
今まで見たこともないような、美しい世界がそこに広がっていた。
背の高い、色とりどりの木組みの家が立ち並んで、まるで町全体が花畑の
ような鮮やかさと華やかさだった。
路地脇に一定間隔に置いてある花壇には本物の花が愛らしく咲き、
桜が舞い散る大通りらしきところには露店が点々と並び、賑わいを見せていた。
まるで冬を知らないかのようなその街は、"異世界"と呼ぶには十分すぎるほどの
景観だった。
「すごい、綺麗…。」
私は思わず涙を零していた。
気づかないうちに泣いてしまったのは、これが初めてだった。
―――列車は徐々に減速した。駅に到着するようだった。
『キィーッ』という微かなブレーキの音と共に、『シュッシュッ』という
蒸気機関の音も途絶え、列車は駅に到着した。
「さあ、着きましたよ。行きましょう。」
フィルマンと一緒に立ち上がり、客車を下りた。
「あ、そう言えば私、荷物とか全然持ってきてないですけど、大丈夫なんですか?」
「生活に必要な物は全てこちらで用意させていただいています。」
さすが女王。VIP対応だ。
大きなドーム型の駅には、私が載ってきた汽車の他に4本の電車がすべてのホームに
停車していた。
フィルマンの後ろについて駅を出ると、そこには車窓から見た景色の街並みが
そのまま広がっていた。
駅前の広場でやっていたジャズバンドの演奏が、より街の景色に味を加えている。
久々に…いや、もしかしたら人生で初めて味わったのではないかと思うほどの高揚感だった。
フィルマンが私の方を見て、くすっと笑った。
やばい、表情が出過ぎたか。
たぶん今私は、まるで小さな子どもが初めて遊園地に来たかのように
目を輝かせているんだと思う。
「さあ、エルミール様、これから私と一緒に王宮へ向かいましょう。」
初めて見たフィルマンの笑みに顔を赤らめながら質問する。
「それって、ここからどれくらいのところにあるんですか?」
校内ニート気質の人間特有の、できればあまり歩きたくないが故の質問だ。
「あの丘の上に建っている建物がそうです。」
「・・・え・・・うそ・・・。」