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それから数日間は、何事もなく穏やかな日々が続いた。その間、ティアナは外に出ることなく室内で過ごした。ヴァレッドたちは話し合いを続けているようだったが、難航しているらしく、ティアナはヴァレッドたちが今何の話し合いをしているのか、今後どうするのかをまったく知らないでいた。
十月ももう半ばにさしかかり、エリックの誕生祭は刻一刻と近づいている。
問題は色々と山積みだが、ティアナの頭を一番悩ませているのはここ最近のヴァレッドの態度だった。
「はぁ……」
ティアナは窓の外を見ながらため息をついた。
彼女は自室にとあてがわれた部屋の中にいた。手元には針と布。
こんな時、彼女の心を慰めてくれるのは得意の刺繍だった。簡単な悩みならばこれを刺しているだけですっきりと忘れてしまえるのだが、今回の悩みはそう簡単に消えてくれないようだった。
「ティアナ様、あまり気にされない方がよろしいのでは?」
そう声をかけてくれるのは、カロルだった。彼女はティアナに紅茶の入ったカップを差し出しながら、顔を覗き込む。
「ヴァレッド様の態度がよそよそしくなるのなんて、前から何度もあったことじゃないですか。放っておけばまたすぐにいつも通りですわよ」
「そう、ですわね」
カロルの励ましに、ティアナは笑みを浮かべようとする。しかし、うまく笑えていないことは彼女自身が一番わかっていた。
ヴァレッドの様子がおかしくなったのは、軽食を届けた翌日からだった。その時もどこかヴァレッドの様子に違和感を感じていたのだが、ここまでのことになるとはその時は思っていなかった。
別に無視をされるわけではない。ただ、極端にふれあいがなくなったのだ。まるで癖のようにティアナの頭に伸ばされていた手も、今では彼女の頭に触れてくることはない。いや、触れようと伸ばしてくることはあるのだが、彼は決まってティアナに触れる直前で思いとどまり手を引っ込めてしまうのだ。
そしてそれと同時に、彼から話しかけてくることが少なくなった。避けられているというよりは、距離を置かれているといった感じで、これもティアナの心を締め付けた。
(なにか気に触ることでもしてしまったでしょうか……)
ヴァレッドが変わってしまったあの日から、ティアナは何度もそう自分の言動を思い返した。しかし、思い当たる節はない。むしろ最近のヴァレッドはティアナにとても優しかった。夜会のドレスを仕立てに行ったときも、夜会でも、馬車の中でも。彼はずっと出会った頃からは考えられないぐらいティアナを甘やかしてくれた。ティアナもヴァレッドが甘やかしてくれるままに彼に甘えていた。
だから、ティアナには、思い当たるフシが一つしかなかった。
(もしかすると、私の気持ちが知られてしまったのかしら……)
心のままに甘えていたその言動で、もしかすると悟られてしまったのかもしれない。特にここ数週間はティアナはヴァレッドに対して気持ちを隠すようなことはしていなかった。だからこそ、ヴァレッドはティアナの気持ちに気がついて、彼女から距離を取ったのかもしれない。
(もっとちゃんと、心づもりをしておくべきでしたね)
いや、ティアナなりに心づもりはしていたつもりだった。でも、それでも間に合わなかったのは、最近の彼があまりにも優しすぎたからだ。だからティアナの心ゆくまで甘えてしまった。
ヴァレッドといるのが楽しかったし、彼が甘やかしてくれている事実に少しだけ有頂天になっていた。最近の彼の態度は何もかも特別で、もしかしたらこのまま一緒に仲良くずっと過ごせるのではないかと思ってしまっていたのだ。
ティアナは息を一つついた後、顔をあげる。
「だめね。弱気になってばかりじゃ!」
両手を挟み込むようにして頬を張った。
まだ、そうと決まったわけではないのだ。これ以上ぐだぐだ考えていても仕方がない。
それに、これ以上落ち込みたくもなかった。
本当に離れるというときになってしまったら、きっと自分はこれ以上なく落ち込むだろう。だからそんなものはその時まとめて落ち込めばいいのである。
ティアナは意を決したように立ち上がる。そして、カロルを振り返った。
「カロル、もしよかったら付き合ってくださいませんか?」
「どこかに行かれるのですか?」
「このままではちょっと色々考えてしまいそうなので、お外にでも出ようかと。無理そうなら、ヒルデさんにでも付き合っていただくのだけれど……」
「いいえ、お供しますよ。あ、それならば少し買い物でもしませんか?」
カロルはそう言って口角を上げる。
「買い物? なにか欲しいものでもあるの?」
「いいえ。ただ、もう少しでエリック様の生誕祭じゃないですか? まだ祭り本番というわけではありませんが、きっともう街はお祭りムードが漂っていますよ」
「それは、楽しそうね!」
「ですよね?」
カロルはにっと頬を引き上げた。
その表情にはどこかティアナへの気遣いも見て取れる。無理やり笑っているわけではないだろうが、ティアナを元気しようという気持ちが伝わってくる。
「それでは一応レオポール様に報告をしておきますね。止められることはないでしょうが、私たちがいなくなったとなると彼らもびっくりするでしょうから! あぁ、でも護衛はつけないといけないので、どちらにしろヒルデさんには声をかけないといけないですね」
「ありがとう、カロル」
ティアナは様々な意味を込めて、そうお礼を言った。
..◆◇◆
明かりのついていない暗い執務室には、ヴァレッドとレオポールがいた。
彼らはかまぼこ型の窓の付近に立ち、書類を突き合わせていた。
視線を窓の外に移せば、カロルとティアナが何やらヒルデと話をしている。楽しそうな彼女たちを見ながらヴァレッドは頬を緩めた。
「ティアナ様、午後から街へ行かれるそうですよ」
そう言ったのは、レオポールだった。ヴァレッドは視線をティアナたちから目の前の男に移動させる。
「そうか」
「いいんですか?」
「ここ数日は待機だ。護衛を付けているのならば、好きに動いてもらって構わない」
「そうではなくて」
レオポールが言葉を切った。彼は逡巡した後に思い口を開く。
「離縁の件ですよ。本当になさるんですか?」
「ああ。そのほうが彼女にとってはいいだろう?」
「事が事なので、今回ばかりは表立って反対はしませんが」
レオポールは視線を外し、眼鏡を押し上げる。
「でも、理由を告げずに離縁のことだけを言うのはやめてくださいね。それでは、あまりにもティアナ様が可哀想ですから」
「……そうだな」
ヴァレッドは静かに告げながら視線をそっと落とした。




